穴龍の里

穴龍がr6sのSSをupする欲望の吐き捨て場。

GSG9まとめ(過去作)

 

1.LAST・NIGHT〜前編〜

 


片割れはいつの日か、目の前から居なくなった。

『帰ってくるから、ドミニク。そんな顔するんじゃない』

あんたは嘘つきだ、セドリック…ー。

勇敢でも賢くても幸運でも、死ぬときは死ぬさ。

これは『始まり』にしか過ぎない。
俺と、嘘つきセドリックの最期の『戯れ』の幕開けに過ぎないのだから…。

 

 

【LAST・NIGHT】

 

 

雪積もる墓地、花束を手向けるために行けば丘から見える景色は嫌味ととれるくらいには広大だった。

「セドリック、あんたばっかり綺麗な風景見て相変わらずズルいなぁ。俺を置いて先に逝きやがって」

もうこの世にはいない、最愛の兄。
大切な片割れ、そして尊敬していた大切な人。

そんなあいつの名前を呟いて、
兄が眠る墓地に花を手向けてやる。
生前、兄が好きだった鈴蘭なんて洒落た花を用意してやった。

「…俺に対して嘘ばっかりつきやがって。勝手に死んでるんじゃねぇっつうの」

兄はきっと、俺を空から見守っているに違いない。墓を見て俺は勝手に死んでいった馬鹿な兄貴のことを思い出していく。

 

 

 


「ドミニク、今日俺遅くなるから先に寝ていろよ」
「んー…、どっか行くの?仕事か?」

真夜中に兄・セドリックはラフな格好に銃を隠し持つという物騒な格好をしていたのだ。

…セドリックは裏稼業として麻薬売買に手を出してお金を稼いでいた。そんなことをしなくても生活はできるのにどうしてだろう、そんなことばかり考えていた。

「帰ってくるから、ドミニク。そんな顔するんじゃない」
「心配なんだよ、兄貴。俺はあんたが心配なんだ…」

俺よりも数秒早く生の産声をあげたから、セドリックは兄で俺が弟。ただそれだけのことなのに。

勇敢で、賢くて、幸運の持ち主で。
俺はそんな兄が酷く羨ましかった。

妬むほど、羨ましかった。
比較されていつも過少評価ばかりされていたのは弟の俺だったから。

「じゃあ。また明日の朝には帰るから」

セドリックは背中を向けてドアから出て行く。

…これが『最期』になるなんて、この時の俺は思いもよらず止めておけば良かったと、酷く後悔したことを今でも思っている。

 

 

次の日の朝。
目を覚ませば帰ると約束した兄貴は何処にもいない。
そしてリビングに鳴り響くのは一本の電話だった。

「…もしもし」
「ド、ミニク…」
「…っ、セドリック?!おい…!」
「兄ちゃんな、お前に謝らないと…、うっ…」
「何処に居るんだ?!セドリック…っ!」
「か、帰るって約束、守れない、お前を…」

プー…、と電話はそこで途切れてしまう。

俺の『第六感』は嫌な予感だけは当ててしまう。兄貴より幸運もなければ賢くもない。自分にあるのは度胸だけ。

…だからこそ、早く行かないと。
ジャケットと護身用のナイフを片手に寒い冬の空気に包まれた外へと飛び出した。

 

 

家の近くの公衆電話に踞るのは、一人の男。そこには辺り一面血の海と化していた。

「…セド…リック…??」

近くに寄れば、瞳を閉じて眠っている兄の姿。そこで寝るなよ、風邪引いちゃうだろう?

青白い顔、滴るのはセドリックの血溜まり。

「…兄ちゃん…、帰る約束したよな?なんで死んでるんだよ、俺を置いて誰が逝っていいと言った?!目を覚ませ、セドリックっ…!!俺を独りにしないでっ…」

自分は強いと思っていた。
自分自身、強いと思っていた。
だけれど、それは嘘だよ。

最期のやり取りにしては随分と質素だった。青白い顔を見つめながら俺は一粒だけ涙を流すことにしたのだ。

 

 

セドリックを殺した奴は簡単に警察へと捕まった。しかしセドリックもまた違法な麻薬売買に手を出していたために死んでいながら罪を背負うことになった。

俺自身が許せないのは、自分自身。
そして黙って殺されたセドリックだ。

復讐の賽は投げられた。

セドリック、待っていろ。
俺が全てを片付けてやるから…。
その時までどうか、安らかに…。

先に眠っていてくれ。

…next…

 

 

2.LAST・NIGHT〜後編〜

 

復讐の賽は投げられた。
実に簡単に死んで逝った兄は俺に何を伝えたかったのか。

…復讐の業火はゆらゆらと燃えあがる。セドリック、待っていろ。

あんたを死に追い込んだ全てをこの俺がぶっ壊してやる。

***

「最近どうだ、取引は上々か?」
「いいや、不景気だよ。…それよりも俺と気持ち良いことしようぜ?あんたに抱かれた方がよっぽどクスリ売るよりかは金になる」
「ふん、さすがは懐に入るのが得意な若造だ…」

照明が落とされた狭い部屋のベッドの上。麻薬売買組織のトップの男娼として組織に入り込み、気に入られるように取り繕って身体を重ねたのは何回あっただろうか。

…どうでもいいか。

目の前の男はグラスに入っているウイスキーを口に含めば、俺の身体を汚い手で弄ってくる。

「昨日も抱かれたから、すぐ入るぜ?愛撫なんていらないから早く…」
「とんだ淫乱め、はは…尻をたくさん犯してやるよ」

熱い昂りを無理やり入れられて、後はこの汚らわしい男が達するまで我慢をする。…もちろん、中で出してくるから料金は上乗せだ。

***

「気持ち良かったぜ、ブルンスマイヤーっ…ぐふっ…」
「あんた馬鹿だろう?ウイスキーに致死量のクスリ混ぜて置いたんだ。もう少しでこの世とバイバイだ」

服を着て、金を受け取りながら泡を吹き始める目の前の組織のトップは俺を睨んでくる。

「お前っ、こんなことっ…」
「….あんたら組織がセドリックに、兄にした仕打ちに比べれば優しいだろう?はは、あの世でセドリックに詫びろ」

額に銃口を押し当てて、躊躇なく引き金を引く。目の前の男は倒れていき、温かな血が広がっていく。

「セドリック、もう少しで俺の復讐劇は幕引きだよ。もう少しだからな…」

血で汚れた身体を洗うため、そして中で出された精液を掻き出すためにシャワーを浴びて部屋を後にしよう。

持っていける金は全部持っていくかぁ。

 

 

***

「ドミニク・ブルンスマイヤーってあんたか?」

暗い牢獄の中。
一人の面会者が俺宛てにやってくる。

「そうだ、それが何だ」
「あんた、麻薬売買に売春、そして殺人の多重容疑で服役してるんだろう?若いのに可哀想だ」
「だからどうした。あんたには関係無いだろう」
「スパイとしての潜入能力と、あんたの抜け目の無さを求めている場所がある。勿論、あんたが求めている亡き兄の『情報』だって所有してる。どうだ、俺と手を組めばここから出してやる」

面会者は目を細めて俺を見てくる。
俺より若いだろう、その男は俺に何を期待しているのだろうか。

「俺は人を信用なんてしない。絶対にな」
「ほう、随分と歪なことを言うもんだ」
「…で、あんたは俺に幾ら支払える?俺は金で動く、それ以外では一切動かないぜ?」
「お前が望む額を口座に振り込んでやるよ…、そうだな。ざっとこんなもんでどうだ」

男は通帳を見せて額を提示する。

…セドリックの墓と同じくらいの額だ。いいだろう…。

「あんたと組めばいいんだろう?全ての真実を教えてくれ、俺は亡き兄の為に復讐をやってきた。燃え広がる業火は鎮火寸前だがな」
「ふん、じゃあ決まりだな。直ぐにここから出れるように手配をしてやる。そうだ、自己紹介が遅れたな」

目の前の面会者は俺を見て目を細めて呟いた。

「マリウス・シュトライヒャーだ。あんたの生活を全面的に支援させてもらう。GSG-9はあんたの力を求めているからな」

これが今後、俺の人生を大きく変えて行くなんて思ってもいなかった。

後の『イェーガー』との初めての出会いは牢獄の中だった。

 

 

***

懐かしい記憶を辿っていた。

雪積もる墓地、広大な景色が嫌味ったらしい丘のベンチに俺はいた。隣には共に着いてきてくれたマリウスがいる。

「セドリックと俺は親友だったんだ。あいつ、正義感は無駄に強くて賢くて…。聡明だった。GSG-9の奴らはみんなセドリックが大好きだった」
「生きていた頃、確かにセドリック…、兄はそんな感じだったな。だから麻薬売買組織に身を潜めて組織壊滅を目論んだのか」

正義感は一人前で、誰よりも明るかったセドリックはその正義感のせいで殺されたような物だった。

「バンディット、お前に獄中で会ったのはもう今から五年以上も前のことだったな。セドリックは良くお前のことばかり自慢してた。『イタズラ好きだけど明るくていい奴だ』って。お前を危険な目に合わせないようにGSG-9のエージェントとして裏稼業に手を出していたことは伏せていたみたいだ」
「一番最期の会話がさ、『お前を…』で終わっちまった。セドリックめ、あいつは相変わらず…」
「その事何だが、実は俺宛てにセドリックから最期のメッセージが来ていたんだ。六年前のメッセージ、お前に見せないとな…」

イェーガーは俺に携帯を差し出し、
セドリックからの最期のメッセージを見せてくる。

日付はあいつが殺された日。

『親友であるマリウス、俺がこのメッセージを送る時俺はもうこの世には居ないだろう。お前に大切な弟を任せたい。俺が裏稼業でエージェントをしていることをドミニクは知らない。あいつは俺がこそこそ何かしていれば昔からずっと俺にべったりだった。きっと俺が危ない橋を渡っていること知ったらドミニクは真似するだろう。だからあいつが独りにならないように、どうか力になってくれ。…口座にある金はもしもの時、ドミニクのために使ってやってくれ』

…あぁ、あんたって奴は本当に馬鹿な兄だよ…

「バンディット、お前を保釈する為に使った金やお前をGSG-9にスカウトした時に使った金はセドリックが昔から溜め込んでいた金だ。あいつは最期までお前の身を案じていたんだよ。『兄貴』の最期を見届けたお前にとっては辛いことかも知れないが。全て真実だ」
「…まったく、本当に馬鹿な兄だよ。セドリック…」

勝手に死んで逝った兄は本当に自分勝手だと思う。正義感が有りすぎたせいで命を落として、俺は結局あんたを殺した組織をぶっ壊した。

視界が涙で歪んでいく。
六年越しの兄の遺言を今では相棒のイェーガーが持っているなんてな…、あぁ、もう。

これは『宿命』って奴なんだな。

「バンディット、俺は確かにセドリックと親友同士だったしお前のことを任されていた。だけどこれからは一人の人間としてお前を独りぼっちになんてしない。セドリックに顔向け出来なくなっちまうからな」

涙が流れるのは実に兄が亡くなって以来だ。

「…本当に俺もセドリックも双子なのにまるで正反対の人生だよ。イェーガー、お前があの時面会に来てくれて、今では本当に良かったと思ってる。セドリックの『真実』も知れたし。今なら言える」

ベンチから立ち上がり、セドリックが眠る墓の前にイェーガーと共に向かう。そして俺はイェーガーに手を伸ばす。

「ありがとう」
「…やめろよ、水臭い。お前らしくねぇってセドリックも絶対に言ってるに違いない」
「そうかも知れないな…」

差し出し手をイェーガーも握ってくる。

復讐の賽は投げられた。

しかし真実は実に至ってシンプルだったのだ。

 

 

「…またな、セドリック」

眠る兄の墓地を後にしてイェーガーと共に雪解けの丘を下りていく。手向けた鈴蘭は風にふわりと揺れていた。

…生まれ変わったとしても。
俺は何度だって思うのだろう。

『あんたの弟で良かった』

ありがとう、
そして『さようなら』・・・ー。

 

 

LAST・NIGHT 【完】

 

 

3.Electrical*spice

それはそれは茶目っ気のある瞳で俺を見てくる。

おいおい?
お前は分かっているのかい?

その行動自体が、
全身で好きだって言ってきていることが俺にとっての幸福だということを。

 


【Electrical*spice】

 

 

「バンディット、俺の顔がそんなに面白いかー?ん?」

食堂で味付けの濃いコンソメスープを飲みながら、ブリッツは目の前に座る歳上の同僚を見つめた。

「…あんた、俺の気持ち知っていている癖に、『お昼一緒に食べないか?』とか普通言って来ないだろう」

「そんなこと言われても、俺とバンディットは友達で仲の良い同僚じゃないか。確かにお前の気持ちは知ってるさ、ただ、昼の食事くらい誘っても良いだろう?」

「…本当にお前は酷い奴」

バンディットはそう言うと、
食事に視線を落として黙々と食べ始めてしまう。

ブリッツとバンディットはGSG9に所属する仲間として、そしてプライベートでは友人としてそれなりに信頼関係を気づいてきた。

しかし、
バンディットは友人以上の気持ちをブリッツに対しては抱いており、そしてその気持ちにブリッツ本人も気がついていたのだ。

「そんな事言わないでくれよ、バンディット。確かにお前が俺を思ってくれていることは知ってる。だけどその気持ちを直接俺に伝えてくれたこと、有ったっけ?」

その言葉を聞いたバンディットは
黙々と食べていた食事の手を止めて黒々した無機質な瞳を、僅かながら細めてブリッツを見つめた。

「…俺はあんたに伝えていたつもりで、アピールだってしていたつもりだった」

「『つもり』だろう?俺はきちんと言葉を口に出して伝えてくれる人が好きだなぁ。バンディット、お前の口から言って欲しいんだ、俺に対して抱いている気持ちを」

ブリッツはニコニコと笑顔をバンディットに向けた。いつの間にか、塩辛い味付けのコンソメスープは空っぽになっていた。

「…あんた、こんな人がいる場所で告白大会でもおっ始めるつもりか?悪趣味な奴だ」

「だったら周りの人に聞こえないくらい、小さな声で俺の瞳を見て『好き』って言って?ね、出来るよな。『盗賊』の異名を持つドミニクくん?」

バンディットは黒い二つの瞳をパチクリとさせ、数秒後に顔を真っ赤に染め上げた。

普段から冷静沈着な性格のバンディットがこうも表情を崩すなんて珍しいことだ。

「…好き、なんだ。ブリッツ、あんたが好きだ!もう、勘弁してくれよ。こんな羞恥プレイ…」

「はい、合格!ふふ、俺もお前が好きだよ、バンディット」

食事を終えたブリッツは、バンディットの頭をポンポンと撫でながら立ち上がる。

「午後からの演習、遅れないで来いよ?ドミニク」

ブリッツはそう言うと、トレイを持ちながら手を振って食堂を後にする。

バンディットはそんな彼の背中を見つめて、一言呟いた。

「…名前は反則だろう、エリアス」

彼の口の中にはほんのりと食事のときに飲んだスープのスパイスだけが残っていた。

 

 

4.【NEXT DOOR..】

 

 

knock.1 彼が彼女に願うこと。

 

 

『モニカ・ヴァイスってあんたか?』

第一印象は何処か冷めた印象だった。
黒々とした瞳には人の感情なんて綺麗なものは映ってはいない。

『私がそうよ、私がモニカ・ヴァイス。あなたは誰?』

警戒しながら目の前に座る男を見つめれば、抑揚のない平坦な声で名前を呟いた。

『…バンディット、だ。秀才なお嬢さん。あんたの瞳には穢れなんてものがまるでない。純粋な、綺麗なアイスブルーだ』

『何が言いたいの?…あなたの瞳には混沌しか映っていない。希望や光なんてものがまるで感じられない…』

『俺の経歴をお嬢さん、知っているだろう?人殺し、裏切り、麻薬。人の汚いことを全てやってのけて来た。そんな俺と、穢れのないあんたが共にバディを組んだら…、あんたもきっと…』

目の前の無感情な男はただただアイスブルーの瞳を見つめて消え入りそうな声で言い放つ。

『俺のように真っ黒な闇に身を落とすことになるだろうな。お嬢さん、それでもあんたは俺と組むことができるか?』

『私がこのGSG-9にいる理由は、この国の治安と人々の安全を守るためよ?バンディット、あなたと組もうが、あなたが闇を抱えていようが私には関係なんてない。あなたを一人の人間として見ているのだから』

(…あんたみたいな人間は初めてだ、モニカ・ヴァイス。あんたになら、安心して背中を任せられるかもな)

『そうかそうか。なら話が早い、これからどうか同僚として宜しく頼むよ』

黒々としている瞳を幾分か柔らかくして、僅かにだが口元に笑みを浮かべ目の前の彼女に手を差し出した。

『宜しく、バンディット』

アイスブルーの瞳は彼をしっかりと捉えて差し出したされた手を握り返した。

(…信じさせてもらうよ、俺の第二の始まりなんだから。裏切りなんてのは、もう二度とごめんだ)

彼女の瞳を見つめて思うのは、哀しい過去による決別の決意なのであった。
この出逢いが無駄ではなかったことを、この先の未来に繋がればいい。

そんな気持ちが無機質な男に宿りつつあるのであった。

***

「バンディット、またあなた私のお菓子食べたでしょ?!午後の休憩に食べようと思っていたのに」

「ん?あぁ、悪いな。名前書いてなかったから食べた」

お昼近いGSG-9の事務所には人はまばらで、モニカとドミニク、そして他の同僚が数人ばかりである。

「まったくもう、名前を書いてないからって食べるなんて子どもかしら。私のお菓子返してよ、馬鹿バンディット」

「そんなに怒るなって、あ、これから昼だろう?何かお詫びにご馳走するよ、それでチャラにしてくれ。女性を怒らすのは趣味じゃないんでね」

「それで良いわ、仕方ない。さっそく食堂に行きましょう?早く席混まないうちに…」

二人は事務所から少し離れた食堂に向かって歩き始める。目の前を歩くドミニクを見て、モニカはぽつりと呟いた。

「私たちが初めて顔を合わせたとき、まさかこんな、一緒に食事するまでの付き合いになるなんて思わなかった。出会った頃のあなたは何処か冷めて
いたから」

「そう思われても仕方のない経歴しか俺には無いからなぁ。でも、俺はIQ、お前と一番最初に顔を合わせた時にお前の真っ直ぐな瞳に救われたんだぜ。…闇を抱えているのが、どうでも良くなるくらいには」

ドミニクの声音は穏やかで、昔のように冷たくはない。むしろ、優しい口調であった。

「…それは、言い過ぎじゃない?」

「この俺が人を信じて歩み寄るなんて本当に昔だったらありえないことだったんだ。IQ、お前には感謝しかない。この俺を闇から救ってくれてありがとう」

食堂の出入り口でドミニクは足を止めて、モニカに一言お礼を述べた。そんな彼の言葉を聞いたモニカはアイスブルーの瞳を細めて微笑んだ。

「…お礼は食事の後のデザートで良いから」

「はいよ、お嬢さん」

二人は食堂へと足を進める。穏やかな昼下がり、ドミニクは日常の細やかなやり取りに温かい幸せを感じていた。

 

 

knock2.言葉より、思い。

 

 

「何で休みの日までお前の顔を見なくちゃいけねぇんだ…、ったく、体調管理くらいしろっての!」

「そう言ってくれるなよ、イェーガー。仕方無いだろう、頼れるのがお前だったんだ」

今、バンディットは風邪で寝込んでいてイェーガーに助けを求めて看病をしてもらっているという状態だ。

身体だけは強く、体力が自慢だったのに柄にもなく風邪を拗らせてしまったのは自分の不覚だった。

ブリッツもIQも遠征でドイツ国内には居らず、頼れてすぐに返事に気づいてバンディットの自宅に駆けつけたのがイェーガーなのだ。

「お前、友達の一人や二人いないのか?…家族だって居るんじゃねぇのか」

ベッドに潜り込んで横になっていたバンディットの近くに腰を落として呟いた。

「俺の性格をお前は知ってるだろう?部隊内でも信頼してるのはほんの数人なんだ。IQやブリッツ、あとはお前くらいだ。家族はそうだな、中々俺が危ない橋を渡ってるもんだから連絡をして来ない」

その声音はどこか寂しさを感じるものがあった。いつだってバンディットは飄々としていて掴みどころのない、まるで風船みたいな性格の人間なのだ。

イェーガーは風邪で弱りきっている相棒の顔を見て深いため息をついた。

「まぁ、確かにお前の性格は分かってる。ただ身を固めて、風邪を拗らせてしまった時に看病してくれる嫁さんくらい探した方が…」

いつまでも、俺に頼るのは良く無いだろう?

そう、伝えなかったのに。
その言葉が最後までイェーガーの口から伝わることなんてなかった。

「んっ…」

バンディットが彼の顔を引き寄せて、熱を持っている唇で言葉を言わせないように塞いでしまったのだから。

 

 

唇を離されてしまえば、
イェーガーの顔は熱を出しているバンディットよりも真っ赤に染まっていた。

それはまるで、熟れた禁断の果実のような色だった。

「お前は俺がどうしてこんなことしたのか分かってるか?」

バンディットは唇を離して、呆然としているイェーガーの頬に手を当てて彼の瞳を覗き込む。

「イェーガーが好きだから。初めてなんだ、こんなにも信頼出来て、大切だと思える存在が出来たのは」

熱でバンディットの黒々とした瞳は僅かに揺れていた。イェーガーはバンディットの瞳から目を逸らして声を震わした。

「…ドミニク、お前はズルイ奴だ」

彼の本名を呟けば、イェーガーはバンディットの着ている寝巻きの胸倉を掴んで、泣きそうな表情を彼に向ける。

「今日ここに来たのだって本当はお前が心配だったからなんだ、悪態ついちまったけど、お前が…、あんな辛そうに『助けて』とか言ってくるのが珍しくて、本気で心配したんだぞ?!…なのにお前は『好きだ』とか告白してくるし、色々ズル過ぎるんだろうが…」

胸倉から手を離して、今にも涙が出そうな顔を隠すためにバンディットの肩に顔を乗っけて消えてしまいそうなほど、小さな声で呟いた。

「…マリウス、俺は嫁さんなんていらないよ。お前が隣に居てくれればそれ以上に望むことなんてないさ。俺には細やかな幸せだけで充分だ」

バンディットはイェーガーの本名を愛しそうに、そして優しい声音で呼んだ。

「ドミニク、金輪際一人で無理するのは駄目だ。戦場でも、プライベートでも必ず俺の側から居なくなるんじゃねぇ。好きなんだろ、俺のこと…」

「あぁ、好きだよ。間違いなく、世界で一番には」

イェーガーの顔は例えようのないくらいに熟れていて、そんな様子をバンディットもまた幸せそうな表情を浮かべて見ていた。

「…っくそ、お前の気持ちに気がつけなかった時間が悔しい。もう決めた、バンディット。今日は泊まってお前の看病してやっから、とにかく今は眠れ」

バンディットをベッドの端へ押しやれば、イェーガーは布団へと潜り込んでくる。

「マリウス、お前意外に大胆なんだな」

「うっさい!良いから病人はしっかり暖を取ってさっさと寝ろよ。恥ずかしいんだ、こっちは…」

イェーガーを抱き枕にしてバンディットは彼の身体をしっかり抱きしめながら、やがて穏やかな睡魔へと引きこまれていく。

 

 

「….俺がどれだけお前を想っていたかなんて、この鈍感な盗賊には絶対に言ってやらねぇ。ドミニク、俺の方が…」

ずっと前からお前を想っていたよ。
戦場でも背中を預けていた時からずっとな。

イェーガーはバンディットの温もりを感じながらそっと目を閉じて彼への思いを馳せていった。

 


knock3.瞬光と稲妻の戯れ

ニコニコと楽しそうな笑みを浮かべているのはGSG9のムードメーカーであるブリッツ。本名をエリアス・ケッツと言う。

ドミニクとエリアスは年齢がそんなに離れては居らず、腹を割って話せる気のおける友人同士であり、よき同僚でもあった。

久しぶりに帰宅の時間帯が重なり、二人はバーにてお酒を酌み交わしていた。

「ドミニク、最近部隊ではどうだ?お前、経歴が経歴だからあんまり周りの奴ら近づいて来ないだろう?こんなに子どもみたいに悪戯ッ子な性格して面白いのに」

「お前なー…、仮にも人生の先輩に悪戯ッ子とか言うもんじゃないぜ?最近はそうだな、意外に色んな奴らが声をかけてくる」

「はは、スマンスマン。でも色んな人が声をかけるってことは、ドミニクー、彼女妬いちまうんじゃないか?」

「あぁ、彼女っつーか、恋人な。お前も知ってる奴何だけど」

「まさか、モニカっ…」

「違うっつーの!イェーガーと最近恋人同士になったというか。想いが通じあったんだ」

その言葉を聞いたエリアスは驚いた表情を浮かべながらも、ニコニコと人好きする笑みをドミニクに向けた。

「そっかそっか、マリウス先輩にも春が来たんだな。ドミニクー、お前絶対に幸せにしてやれよ?俺もモニカを死ぬまで手離さないし、一生愛し抜くって誓ったからな」

エリアスはグラスに入っていたマティーニを飲み干した。彼の顔はアルコールにより仄かに紅潮していた。

「あぁ、そうだな。俺も『本当の意味』で人を愛したいと思えたのはあいつが初めてなんだ。まったく、自分でも驚いてるさ。そうだ、お前は彼女の何処が好きなんだよ?そういう話、中々普段出来ないから教えろよ?」

ドミニクもグラスに入っていたジントニックを飲み干した。彼は中々の酒豪だから何杯か飲んでも表情一つ変わらないのだ。

エリアスは少し恥ずかしそうな表情を浮かべれば、嬉しそうに口を開いて話し始めた。

「IQ…、モニカは最初キツそうな性格だなぁって思ってた。学歴もあるし、見た目も美人だから近づきにくかったんだ。だけど段々話すうちに、彼女の完璧主義なところ。…才能だけじゃなく、そこに劣らず努力してるところとか、あとはたまに見せてくれる笑顔がもう可愛い。俺は彼女の輝いている笑顔が見れるなら何だってするさ。それくらい、愛してる」

エリアスはお酒が入っているのも起因してか何時になく雄弁に愛する恋人の話をしてくる。

(….あぁ、これが『幸せ』ってヤツなのか?)

ドミニクは嬉しそうに話すエリアスの顔を見て、自身の心に感じたことのない気持ちが芽生えたことに幸せを感じていた。

「俺ばっか話すんじゃなくて、ドミニクもマリウスのこと好きならどこに惹かれたんだよ?今日は帰さないぜ、明け方まで呑み明かそう」

「….そうだなぁ。普段はプライド高くて、喧嘩っ早いだろ?だけど一度決めたことに対して、絶対に最後まで諦めずに立ち向かうんだ。芯が強い所とか、あとは悪態つきながらも面倒見てくれたりとか、たまに見せる子どもっぽい笑顔なんかも好きだなぁ。可愛くてずっと側に居たくなる。なぁ、エリアス。今日はお開きにしないか?」

「…そうだな、俺も彼女のこと話していたらモニカの顔見たくなってきたから今日は帰るか!俺の奢りでいいよ、ドミニクの幸せな話聞けただけで充分」

「そりゃ恩に着るぜ、エリアス」

「恋人出来てもたまには飲もうぜ、俺はお前が良い方向に変わっていく所が見れて素直に嬉しいんだから。友達だろ、俺とドミニクは。親友だと思ってんだから」

ドミニクは口元に笑みを浮かべて「そうだな」と静かに言葉を返した。身体の中に残るジントニックは疲れた身体に程よく染み渡る。

(今日はマリウスが泊まりに来るから、好きそうな酒とおつまみ買って帰るか。そして伝えよう、「お前を好きになれて良かった」と…)

大切な友人とのやり取りの中、ドミニクは恋人である彼への思いを馳せて帰路へと向かっていく。

かつて、自分の心にあった喜怒哀楽なんてものは前職で必要とはしなかった。

捨ててしまった人間らしい気持ちを再びドミニクは思い出して心を躍らせていた。

 

 

last knock.【NEXT DOOR..】

 

 

「お前たちに出会えたこと、俺は素直に感謝してるよ。モニカ、エリアス、そしてマリウス。ありがとう」

ドミニクは終業後、GSG-9のオフィスに3人を集めた。たまたま3人とも同時間にいたために実現した時間だった。

「お前らしくないぞ、ドミニク!そんなに改まる仲でも無いじゃないか」

「そうよ、私たちはGSG-9のチームの中では一番付き合い長いんだから。隠し事も、悩み事も禁止っていうルール、あなたは知ってるわよね?」

エリアスとモニカは口々を揃えて呟いた。いきなり改まって感謝なんてされる仲でも無いのに。

『4人で一つのTEAM』

それがそれぞれの合言葉でもあり、モットーでもあった。

ドミニク、そしてモニカとエリアスのやり取りを黙って聞いていたマリウスは口を開いて言い放つ。

「…こいつは…、ドミニクは、俺とモニカ、エリアスだけがレインボー部隊に引き抜かれて自分だけがドイツ国内に残ることを寂しがってんだ。馬鹿な奴だよ、本当に。一生の別れじゃねぇのに」

『レインボー部隊』

各国の特殊部隊が集められ、それぞれの特性を持つスペシャリストによる、対テロリストカウンターユニットである。

ドミニク以外のGSG-9のメンバーはすでに招集が決まっており、早ければ直ぐにでも国内から出て行ってしまう。

自分が唯一、心を許して側に居てくれた仲間や恋人が離れてしまうのに、強かったはずのドミニクの心は折れてしまいそうだった。

「…泣きそうな顔見せんなよ。柄にも無く、泣いちまいそうだ」

苦笑いを浮かべながらドミニクは3人の顔を見つめた。そしてその視線はやがて、それぞれの瞳へとぶつかる。

「モニカ、お前は秀才で完璧主義だ。だけどその才能だけじゃなく、努力している所を俺は知ってる。出会い方は最悪だったかも知れないが、お前に出会えたおかげで毎日が楽しかったよ。本当にかけがえの無い小さな幸せを見つけさせてくれてありがとう」

黒々とした瞳はアイスブルーの瞳と交わる。モニカの瞳からは大粒の涙が零れ落ちる。

「確かに最初はあなたが苦手だった。闇を抱えて生きてきたあなたと私は正反対だと思ったから。だけど本当のドミニク、あなたが穏やかで優しい人ってこと、私は知ってるから…っ!」

モニカは涙を拭いながら強く強く言い放つ。そんな彼女の頭を優しく撫でながらエリアスも、ドミニクに己の気持ちを伝え始めた。

「俺は多分、お前との付き合いが一番長いかもしれないな。GSG-9に入って来たばかりのドミニクは本当に人を信じることをしなかったし、壁を作って遠ざけていただろ?だけどお前の過去はあくまでも過去であって『今』とは関係ない。打ち解けてしまえば、ドミニクは本当に愉快な奴で、俺は…最高の友人に出会えた。感謝しなくちゃいけないのはこっちなのに…」

普段ムードメーカー的な存在であるエリアスも、親友との別れが近いとなると泣くことしか出来ないようだ。

「…二人とも、泣かないでくれ。可笑しいな、ずっと昔に泣くことを忘れてたはずなのに。エリアス、俺だって親友と呼べるのは少なくともお前だけだから。はは、国内に戻ってきたらまた酒を酌み交わそう。約束、しろよなっ…」

ドミニクの瞳にも、ほんの僅かな涙が浮かんでいた。忘れていたはずの『悲しみ』というものが彼の心を強く揺さぶる。

涙を流しながら、モニカとエリアスはドミニクの顔を見つめていた。その様子を見ていたマリウスは本当に一言、簡単に言葉を紡いだ。

「…俺はお前の相棒で、そして恋人だ。ドミニク、絶対にお前も来い。何年経っても良いから俺たちはレインボー部隊でお前を待つ。だから、泣くんじゃっ…ねぇっての。くっそ…」

…本当にお前は、強がりで、悪態ばっか付くけれど…。

マリウス、俺はお前が好きだよ。

だから。
だからこそ。
俺は皆に感謝したいんだ。

「ありがとう。俺は本当に今、幸せだと思う。俺たちは離れていても絶対に四人で一つの『TEAM』だ。俺もすぐ追いつくから。離れてしまうけれど、待っていてくれ…!」

ドミニクは3人の顔を見て力強く呟いた。そして3人もまた、ドミニクの瞳を見て真剣な眼差しを交わす。

それは言葉では表現出来ない、
力強い絆そのものであった。お別れではなく、再会を願う四人の思いは今、たった今、一つとなっていった。

 


***

 

 

…あの時の誓いから、約3年。
ドミニク・ブルンスマイヤーは遠く離れたイギリスの地に立っていた。

GSG-9の3人がレインボー部隊に招集された少し後、ドミニクもレインボー部隊への招集が決まった。自身の功績が評価されるのに、少し時間がかかってはしまったが、ようやく仲間のいる場所まで追いついた。

 

 

(マリウス、エリアス、モニカ。俺はこの3年、お前たちに再会するためにがむしゃらに任務をこなして来た。俺の努力は無駄じゃなかったこと、早くお前たちに伝えたいんだ)

レインボー部隊の拠点がある基地へ入ると、見慣れた姿の女性が基地の門に立っていた。

「…ドミニク、なの?」

「っ…モニカか?久しぶりだな、元気だったか?」

アイスブルーの瞳は相変わらず綺麗な煌めきを持っていた。幾分か、さらに彼女の美しさには磨きがかかっていた。

「3年振りね、元気そうで良かった。私もエリアスも、マリウスも。ずっとあなたがここに来るのを待っていたから、嬉しい!そして改めてまたよろしくね、『バンディット』?」

モニカは彼のコードネームを嬉しそうな表情を浮かべて呼んでくる。ドミニクもまた、変わらない彼女に安心した表情と、穏やかな瞳を向けた。

 


基地のラウンジにモニカと共に足を運べば、そこには3年ぶりに再会する親友と恋人がすでに集まっていた。

「エリアス、そしてマリウスも!ドミニクがレインボー部隊に来たの、また四人が集まった。こんな奇跡、無いよ…」

二人に声を掛ければ、
エリアスとマリウスはドミニクに思い切り飛びついた。

「ドミニクっ、本当に久しぶりだな?!元気だったか、俺もマリウスもなかなか慣れない任務で連絡取ることもままならなくて。本当に心配だった。特にマリウスは今日まで本当に暗かったんだから」

「エリアス、余計なこと言うんじゃねぇ。久しぶりだな、ドミニク。元気そうなら良い。俺はお前が元気なことか確認できて、ようやく3年分の肩の荷が降りた。…恋人で相棒なのに、なかなか連絡出来なくて済まなかった。今日からまた、同じ場所で改めて一緒だ。もう、離れねぇから安心しろよ」

ドミニクは3年ぶりに再会した仲間、そして変わり無い恋人の様子を見て安堵した表情ともに、嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「『奇跡』なんて信じてなかった。だけどまた、大切な仲間であるモニカ、気の置ける親友であるエリアス、そして俺の大切な恋人であるマリウス。また四人が集まれたこの『奇跡』に俺は感謝してるよ…、3年の溝なんて俺たちには関係ないさ。今日からまた、新しい時間が始まるんだ」

「あぁ、そうだな!俺たちはTEAMだよ。離れていた3年なんてすぐ埋まる。また四人で新しい未来を、共に作りあげて行こう」

「3年間、お前を想ってた。だけど必ずドミニクなら俺たちと再会できると信じていたから辛くはなかった。もう、離れるんじゃねぇよ。馬鹿バンディット」

モニカ、エリアス、そしてマリウスは3年越しに母国から遠き地にやってきた大切な仲間との再会に、輝く未来を感じ取る。

「もう離れないよ、マリウス。そして2人とも、待ってくれてありがとう。昔の俺に会えるなら伝えてやりたい、『必ず信じた未来はやってくる』ってな」

遠き日の自分は未来なんて信じられず、そして信頼できる仲間、友人なんていなかった。

抱えていたものは闇ばかりだった。

…だけれど、かけがえのない『宝物』である仲間、そして恋人に出会えた今は違うのだ。

(…「さよなら」だ。俺にはもう、影なんて要らないさ。今を生きるこの時があれば…)

それだけで充分さ。

ドミニクの瞳には広く輝く、明るい未来の色だけが浮かんでいた。

 

 

5.馬鹿が付くほど愛してる

 

 

俺自身、こんなにもアイツにのめり込むなんて思っていなかった。歳上なのにいたずらっ子のような微笑みが可愛くて、そして時折見せる見せる無機質な瞳が好きなんだ。

…苦しいくらい大好きで、時折泣きたくなるほどに俺はアイツを……。

世界に一人しか居ないお前を愛してしまっている。

 

 

【苦しいくらいの恋情】

 

 

久しぶりのまともな休みを貰った俺とバンディットは俺の部屋で休日を過ごすことにした。恋人関係を築いて約4年。仕事柄、なかなか休みが被ることもなく久方ぶりに休みが被った俺たちは一緒に過ごせるこの時間がたまらなく嬉しかった。

「…なーに笑ってんだよ」

バンディットは俺の隣に腰かけて顔を覗き込んでくる。無機質な瞳の中には僅かながら穏やかさが秘められていた。

「いや、久しぶりにお前と休み過ごせて嬉しいなー…とか思ってただけだよ。悪いのか?」

今日は素直になってやろう、そんなことばかり考えてしまっていた。バンディットは口許に嬉しげな笑みを浮かべて、俺の頭をぽんぽんと撫でてくる。

「可愛いな、お前は」

「…38歳の男の俺に、可愛いって。別に可愛くはねぇだろ…」

「イェーガー、お前は可愛い」

バンディットに「可愛い」と何回も言われた俺は自身の顔が熱くなるのを感じていた。今更ながら、こんなことを直球で言われることに慣れていない俺は、バンディットの服の袖をきゅっと掴む。

「…バンディット、俺はお前が好きだよ」

恐らく、俺の声はあまりにもか細くきちんと伝わらなかったのかもしれない。バンディットは俺の手に自身の手をそっと重ねてきた。その手の体温の高さに俺は驚いてしまった。

「…イェーガー、もう1回言ってくれないか?」

「…え、何を…」

「俺のこと、どう思っているかだよ…。分かるだろう?」

「聞こえただろ?」

「ちゃんと俺の顔と目を真っ直ぐ見て言ってくれ」

「……っ、分かったよ!」

バンディットは俺の手を引き、強く強く俺を腕の中に閉じ込める。腕の中は兎に角広くてそしてバンディットの鼓動は少し早く胸を打っていた。

「緊張してるのか、俺よりも歳上なのに」

「…悪いのか、俺はイェーガーが伝えてくれる思いの一つ一つが愛しいんだよ…」

…あぁ、こんなにも無機質で感情の起伏もあまり無いコイツが可愛いなんて。先ほどまで俺に可愛いと言っていたバンディットが今はとても可愛くて仕方ない。

「…1回しか言わねぇから、よく聞け。俺はお前が大好きだよ。苦しいくらいに大切なんだ、誰にも笑顔見せて欲しくないし独占したいくらいには………」

「イェーガー、顔真っ赤だな」

「う、うるさいっ……」

「やばいな、俺も同じ気持ちだよ。こんなにも【思われる】ことが嬉しいなんて初めてかもしれない。イェーガー、好きだよ」

「…そうかよ、あぁくそ。恥ずかしすぎる」

こんなにも気持ちを伝えることが恥ずかしいなんて。だけど嫌な気持ちなんて何一つ無かった。むしろ、バンディットに対しての思いが更に深くなってしまったのかもしれない。

そんなことを考えていると、バンディットは俺をソファにゆっくりと押し倒していく。

「…イェーガー、久しぶりにお前を抱きたい。あんな可愛いこと言われたら我慢出来るわけないだろう…?」

「い、いきなりだな……っ!!」

「嫌なのか?」

「……嫌だって言っても、止めてはくれないくせに」

「止められる訳ないだろう?…お前を抱くんだから」

「好きにしろよ、馬鹿バンディット」

「…あぁ、じゃあ好きにする」

バンディットは俺の首筋に顔を埋めて、首筋にキスをしていく。そしてその感覚に俺は溺れてしまいそうになってしまう。

彼に乞うかのように広い背中に腕を回す。バンディットの背中は広い。広くて逞しい。

熱はやがて、欲情と共に降りてくるだろう。

 

 

***

 

 

「マリウス、気持ち良い?」

「んっ………、バンディッ……ト」

「そんな可愛い声出しても、俺を喜ばせるだけだ…っ」

「やっ………、やだっ…」

狭いソファで俺はバンディットに何度も何度も抱かれていた。それこそ、久方ぶりの情事だからお互いに火がついて鎮火することを知らなかった。

「嫌なら、そんなに締め付けるな。…俺を受け入れてくれてる証拠だろ」

「だ、だってお前がっ……しつこいからっ………!」

「イェーガー、そんなに可愛い声出すなって」

「…んっ……!」

唇は何度も何度も重ねられて腫れぼったくなってしまっていた。最早、重ねられる唇と絡められる舌に刺激されるだけで俺はもう、たまらなく気持ちが良かった。

離された唇、そしてバンディットの時折見せる余裕の無い表情が俺の胸を痛めさせる。この気持ちは何と言えば説明が付くんだろうか、苦しくて胸が痛い。

「…バンディット……っ、俺っ……」

感情が高ぶってしまった俺の瞳からは涙が一筋、ぽろりと流れ落ちた。バンディットは俺を見て涙を拭う。

「…どうしたんだよ、何で泣いて…」

「お前が……っ、好きすぎて苦しいんだっ……」

「…イェーガー……」

静かにバンディットは俺のコードネームを呼び、グッと腰を強く引き寄せる。感じてしまう部分をしつこく攻めてくる。

「…っ、なんでっ……、馬鹿バンディットっ、や、気持ち良い…っ」

「…俺のこと、本当に好きなんだな。もっともっと泣かせたくなる。イェーガー、愛してるよ」

「んっ………」

今はただ。

バンディットから受ける快楽と彼を思う気持ちに身体を任せるしか無かった。薄れ行く意識の中で俺は何度もバンディットを求めてしまった。

 

 

***

 

 

「腰が痛ぇ…」

「まあ、あんなに何回もしたら痛くなるだろ」

「お前が何度も何度もするからだろ?!」

「イェーガーも求めて来たからお互いさまだな」

情事のあと、お風呂に入り寝室のベッドで俺とバンディットは横になっていた。久方ぶりの恋人との情事は確かに気持ち的にも身体的にも満足ではあった。

「お前が好きなんだよ、全部受け止めたいくらいにな」

ぽつりと、無意識に出たのは本音だった。バンディットは俺の顔を見た後穏やかな表情を向けてくる。そして口を開いた。

「…なあ、一個だけ頼みがあるんだ」

「何だよ?」

バンディットは俺の手に小さな鍵を乗っけてきた。それはバンディットの家の鍵でも俺の部屋の鍵でも無かった。

「…一緒に暮らしてくれないか。こんな仕事柄、休みも合わないし中々一緒に過ごせる時間も作ってやれないかもしれない。だからせめて、帰る場所や眠る場所くらいは一緒が良いと思ってな。俺はもう、たまらなくお前が大切で仕方ない。だから過ごせる時間を出来るだけイェーガー、お前と共にしたいんだ」

「……俺が、俺が拒否する訳ないだろう?」

「じゃあ決まりだな」

「…バンディット………、ありがとう…」

「愛してるお前と居たいだけだよ……。って、お前は泣き虫だな」

子どものような、屈託のない笑みを俺に向けて頭を優しく撫でる。瞳からは涙が出るがそれは嬉し涙で。

これから始まる新たな未来へと、俺は期待と不安を込めて呟いた。

「…バンディット、お前と共に生きて行けるなら俺は何だって幸せだ」

寝室の窓には月明かりが入り込む。それは優しく優しく、俺たちを照らしてくれていた。

 

 

6.【TEAM!〜歩き出す未来〜】

 


いつだって周りの奴らは俺を馬鹿にする。

『あなたは変わり者ね』

いつだって俺を笑い者にして見下して楽しんでいる。

『お前は他の人よりも劣っている』

いつだって浴びせられた言葉はトラウマになるようなものばかり。

…だけどそんな俺を変えてくれたのは仲間だった。

『あなたは独りじゃない』

『お前はチームの一人であり、良き友人だ』

『…暗い顔は似合わないぞ』

いつだって励ましあって、
いつだってチームメイトとして。

支えてくれた仲間が俺にはいるんだ。

これはそんな俺の物語。

 

 

***

EP.1 【才女とエンジニアの在り方】

 

 

基地にあるヘリコプターのメンテナンスをする時間が一番楽しい。大学にいた頃から周りは俺を変わり者扱いばかりするのだから、一人の方が楽なのだ。

「機械は嫌味を言わないから良いよな」

誰もいない格納庫の中で独り言を呟いた。

GSG9にスカウトされてから約5年。それなりにベテランになり、難易度のある任務を任されるようになってきた今日この頃。

新しい隊員が今日一人、入るという話を上司から聞いていた。

「ろくでも無い奴だったら面倒だな…」

どうして面倒かと言うと、
『新人の面倒はお前が見ろ!』と上司からの命令だったから。

過去のトラウマが少しだけ蘇りそうだから。

「エンジニアにとって余計な感情は邪魔だよな。お前もそう思うよな…。って機械に何を言ってるんだ」

ヘリコプター技術者の親族に育てられ、その影響でこの道を選んだことに悔いはない。

だからこそ。
だからこそ、俺は一人が好きだと言うのに…。

周りに散らばったネジや工具を片すために立ち上がった時だ。

「あの、マリウス・シュトライヒャーさんはこちらに?」

格納庫の外から声をかけてくる一人の女性がいた。身長は自分よりも10cmくらい低いが、すらっとした身長に凛々しい顔立ち。

「俺がマリウスだ。だがあんたは誰だ?関係者以外は立ち入り禁止だぞ」

スーツ姿の女性はこちらに歩いてきて、やがて無表情で格納庫へと足を進めてくる。

(…や、やめてくれ、俺のテリトリーに入らないでくれ…)

例え同僚であったとしても、この場所は誰にも入れさせたことはなかった。俺の自分らしくいれるこの場所に、他人を入れさせたくは無かったから…。

「すごい、こんなにちゃんとメンテナンスをしているエンジニアを初めてみた!私、ここでならずっと働いていけるかも!」

「…え…?」

格納庫に並べられたヘリコプターや、その他の機械たちは俺にとっては家族のようで、かけがえのない宝物なのだ。

それを評価してくれたようで、
俺は少しだけ警戒心を解いてやろうと思った。

「ここは元々、俺の叔父が管理していた場所でな。身体壊して仕事を退職するときに頼まれて俺が今は管理をしているんだが。…あんたは機械が好きなのか?」

仕立ての良いスーツが汚れそうなのを気にもせず、彼女は格納庫の中を楽しそうに歩きまわっていた。

「うん、私は機械がすごく好き。自分が頑張った分、必ず応えてくれるから…。ここを選んだのも優秀なエンジニアがいるって話を聞いたからなのよ?…あ、自己紹介が遅れたわね…」

彼女はにこりと微笑んで手を差し出した。

「今日からGSG9に入隊する、モニカ・ヴァイス。コードネームはIQと呼ばれてるの。あなたとあまり年齢は変わらないけれど、あなたが私のトレーナーということで聞いているから。よろしく、エンジニアさん?」

…あ、この人が俺が面倒を見る新人なのか。

履歴書を少しだけみたことがある。
新人の経歴を見ておけ、という上司の命令でちらりと見たことがあるから…。

情報が正しければ、目の前にいるIQは相当なエリートであり、優秀な人材で間違いはない。

俺は油で汚れたツナギ姿と軍手という出で立ちだが握手を求められたなら答えるしかない。

「今日からよろしくな、ちなみにコードネームで呼んでくれ。俺のコードネームはイェーガーだ。まあ、あんたは優秀な人間なんだろうけども、基本的に分からないことがあったら聞いてくれ」

「よろしく、イェーガー」

軍手を外してIQと握手を交わす。

これが初めての出会いである。

秀才である彼女と、エンジニアの俺。

技術者として今の俺が在るのは彼女のおかげでもあるのだ。

交わした握手の温もりを俺は今でも記憶の中に焼き付けてあるのだから…。

***

 

 

EP2.【笑顔と太陽と、時々稲妻っ!】

 

 

IQがGSG9に加わって、早くも1年以上が経過した。今日はドイツ軍空挺部隊の基地へ二人で赴いていた。

「ここにいる人物ですごく優秀な人間がいるらしいんだが…IQ、何か情報で知っていることあるか?」

「うーん、さすがにドイツ軍に友達なんていないけれど、陸上競技大会とかで優れた選手がいるらしいの」

 

 

どうして俺たちがここにいるかというと、理由は至って簡単だ。人手不足のGSG9に優秀な人材をスカウトするためである。

「IQと同い年くらいなんだよ、名前は…」

「君たちか、俺を探しに来たスカウトマンたちは」

「「うわっ…!!びっくりしたっ…!!」」

基地内を探索しているときに、背後から声をかけてきた人物こそがスカウトしようとしていた、ご本人様だったらしい。

「そんなに慌てるなよ!俺に用があって来たんだろう?ここで立ち話は何だから、良かったら休憩室でコーヒーの一杯でも飲みながら一息つかないか?」

「お、おう…」

「お言葉に甘えるわ、行きましょう。イェーガー」

俺とIQはニッコリと眩しく笑う彼の後を追いかけることにした。

 


「俺をGSG9の一員に?うん、君らの役に立てるなら構わないさ。明日にでも基地に顔を出そう。行動は早い方がいいよな?」

ついて行った先にあった休憩室で俺とIQ、そして目の前にいる彼はコーヒーを飲みながら話をすることにした。

「自己紹介もしていない俺たちのことをよく警戒しないで招き入れたな」

「君がマリウス、そして女性の方がモニカだろ?俺はエリアス、エリアス・ケッツって名前なんだが。え、何で知ってるかって?今日スカウトに来る二人は工学に優れている優秀な人たちだから失礼のないようになって、上司から言われていたんだ」

「…なるほどね、エリアス。あなたはここの軍の陸上部に入って優秀な成績を修めているのにも関わらず、どうしてGSG9のスカウトに応じたの?入隊したら陸上からは…」

IQが呟くと、エリアスは少しだけ悲しそうな笑みを俺とIQに向けてくる。

「怪我をしてしまってね。リハビリで任務に就くくらいには回復はしたんだけれど、スポーツはもう無理だと医者に言われたんだ。なーに、俺は人の役に立てるならこの話を受ける。俺の力で良ければ存分に使ってほしいな」

コーヒーをくいっと一口飲み、悲しそうな笑みをエリアスは顔から消しさった。そして彼の顔は太陽みたいに眩しい表情へと変化していく。

「人間だから挫折だって何だってあるよな。俺はエンジニアとしてこうしているけれど、ずっと変わり者扱いだってされてきて独りが好きだった。俺はどんどん新しい人間がこの部隊に入ってくるのが正直怖い。…だけど、エリアス。お前の話を聞いて思った。どうか、GSG9で俺たちと共に歩んで欲しい」

俺は誰よりもプライドだって高いし、
人の気持ちに疎いと言われたことだって何度もある。

だけどそれじゃいけないなと、彼を見て俺は思った。

「あぁ、これからよろしくな!そうだ、お二人にはコードネームって有るのか?有るならそっちで呼びたいな」

ブリッツは俺とIQの顔を見て呟いた。

「私は知能の高さに由来して、IQという名前にしているわ」

「俺は戦闘機とか好きだから…、ドイツ語でイェーガーって、戦闘機って意味があるみたいだし。あ、GSG9のヘリとか機械とか武器は全部俺管理だぞ!」

ブリッツは俺とIQを見て顔をくしゃくしゃにして大笑いした。

そして言葉を漏らす。

「俺にもコードネーム考えてくれないか?なにぶん、何か考えないといけないのは分かるんだが思い浮かばなくて」

「…blitz、ドイツ語で【稲妻】という意味を持つの。あなたに相応わしいと思うのだけれど、いかが?私たちはこれからチームで共闘していく。あなたのような明るくて、太陽みたいな笑顔を持つ人が必要だから。明るくて、眩しい。そんな意味を込めたコードネームをあなたに」

 

 

IQが提案したコードネームを気に入ったのか、ブリッツはIQと俺の肩を抱きしめて気持ちいいくらいの、キラキラした笑みを向けてきた。

「最っ高だ!ありがとうな、明日から俺たちはチームだ。そして今から友人だ。そうだ、飲みに行くか!イェーガー先輩のおごりで!」

こんな風に笑うのが楽しいと思ったのが本当に久しぶりのことだった。仲間と呼べる人間が近くにいることがこんなにも安心できるなんて。

「…仕方ねぇ、終わったら基地の外に集合だ!」

「イェーガー、あんまり飲めないよね?」

「今日は祭りだ、ようやくチームができかけたんだ。ブリッツ、これからよろしくな!」

「おう!!よろしくな?お二人さん♪」

 

 

稲妻のように明るく、
そして太陽のように温かい心の持ち主が加わることによって俺の心の中の、僅かな氷が溶けていった。

ブリッツが加わってくれたことにより、俺もIQもだいぶ助けてもらったことはここだけの秘密である。

 


***

 

 

EP.3 【第一印象は***】

 

 

「てめぇ、なんつった?!」

「何度も言わせるな、何であんたらのママゴトに付き合わなくちゃいけないんだ、と言ったんだ。本当にあんた、最古参なのか?」

 

 

 


今、俺は目の前にいる男に憤怒していた。どうしてかと言われると、ブリッツが一員になってから半年後。

新たに隊員が増えるということで、俺はその人物がいるという別室に足を運んだ。

すると目の前に座る男は偉そうに腰を椅子に深く沈め俺をちらりと見つめた。

「なぁ、あんたが最古参の隊員か?」

「そうだ。俺の名前は…」

「別に名前なんてどうでもいい、あんたがリーダーなんだろう?もう少しこの俺が入るんだから待遇くらい良くしろよな。…あ、悪いけど俺は気に入った奴の言うことしか聞かないから」

(…こ、こいつっ、偉そうに!!若造のくせにっ…!!)

偉そうに踏ん反り返るこの男に腹が立って俺は仕方なかった。こいつが本当に新しく入る隊員なんだろうか。

だったら俺はこいつを認める訳にはいかなかった。

「俺以外にあと二人、隊員がいるんだ。人がいないからそれぞれの分野で優秀な人材を集めているんだ。…俺たちはフォーマンセルだ。一人一人の勝手な行動が命取りになる。お前もそのくらいわかるだろ?!」

「綺麗ごとばかりじゃ上手く行かないぜ、良いことを教えてやる。今日はチームでも、明日から違うかもしれないだろう?」

そして感情の籠っていない瞳を俺へと向けて言葉を吐き捨てた。

「何であんたらのママゴトに付き合わなくちゃいけないんだ、と言ったんだ。本当にあんた、最古参なのか?」

「てめぇ、なんつった?!一発殴らせろ!!」

俺の頭には血が昇る。
IQやブリッツと出会ったときには感じたことのない憤りを感じた。

「好きにすればいいさ、ただ俺を殴ればあんたの信頼はがた落ちだろうな。さあ、どうするんだ?度胸もないくせに偉そうにするなよ」

「っこんのクソ野郎がっ…!!」

俺が目の前の男の胸倉を掴んで殴りかかろうとした瞬間だった。

 


「ちょっ、二人とも何やってるんだ?!」

俺たちのいる部屋に、
ブリッツとIQが入ってきたのだ。

ブリッツは俺と男の前に立ち、俺と男を交互に見渡した。

「何で殴り合いが始まろうとしてたのかな?…理由聞かせてくれるよね?正当な理由が無いのにこんなことしているんだったら…」

笑っていない目元がとても冷たく感じれ、背中には冷や汗がたらりと垂れて来るのを感じた。

「二人とも両成敗だ。さあ、殴り合いが始まろうとしていた理由を説明してもらうよ?」

ブリッツが切れたところを見たことはない。ただ怒ると厄介なのは充分理解していた。

 

 

 


「なるほど。新しく入るこの人がそんなことを…」

「そうだ、だから頭に俺は来ちまってな。あいつ、俺たちのことをママゴトだなんて言いやがった。そんなこと言う奴を俺は認めたくない。ブリッツもそうだろう?!」

殴り合いが始まろうとしていた経緯をブリッツに説明すると、彼はため息をついて俺と男を交互に見つめた。

「なぁ、君。なんでママゴトとかって言ったんだ?イェーガーは君の先輩になるんだぞ?GSG9はチームだ。決してママゴトなんかじゃ…」

「あんたもこいつと一緒なんだな、俺の経歴見てないのか?…俺はあんたらよりも歳上だ。そして元は潜入エージェントだった。裏切られることも、裏切ることも慣れている。人殺しや薬の売買。汚いことをしてきて見てきたからこそ、あんたらの言ってることが…」

その言葉は最後まで言われることはなかった。ずっと黙っていたIQが男の胸倉を掴み、勢いよく右ストレートをお見舞いしたのだ。

(おい、マジかよ…)

男はばたりと床に倒れ、頬は赤く腫れあがっていくのがよく分かる。

「あなた、好き勝手言ってくれるじゃない?!何を偉そうにしてるのよ、この大馬鹿野郎!私たちはフォーマンセルで行動しないといけないの。あなたの過去なんて今この場じゃ関係ないの、言いたいことはご理解いただけたかしら?」

IQの切れたところなんて、今の今まで見たことなんかある筈もなく、俺とブリッツはただただ黙っているしかなかったのだ。

俺は仕方なく、殴られた男に手を差し伸べた。

「…おい、大丈夫かよ」

声をかけて手を差し伸べてみれば、
案外そいつは手を掴んで来るではないか。

「…いってぇ、口の中が鉛の味しかしねぇ。彼女、なにもんだ?女性に殴られたのは初めてだ」

男は立ち上がり、IQをじぃっと見つめて呟いた。IQは居心地が悪そうに苦笑いを浮かべいるではないか。

「え、えーと、頭に血が昇ってしまったようね。申し訳ないわ、私はモニカ、モニカ・ヴァイス。コードネームはIQよ、さっきあなたを問い詰めていたのはエリアス。コードネームはブリッツ。私もブリッツもスカウトされてGSG9にいるの。イェーガーはずっといるから彼はベテランよ…?あなたより歳上なんだから!敬意を払った方が良い。…なにか奢ってくれるかも?」

そんな話を聞いていた男は殴られたところを痛そうにさすりながらいきなり笑い始めたではないか。

「あはははっ、俺の負けだ!こんなにも面白い奴らなら付いていっても良い。俺はドミニク・ブルンスマイヤー。コードネームはバンディット。潜入エージェントをしていた時からずっとこの名前を使っているんだ。あ、歳はちなみに俺が一番上だぞ?童顔が悩みなんだ」

…あ、笑うと子どもみたいに可愛いじゃないか。

偉そうな態度も、
無関心な振る舞いも。

恐らくバンディットは確かめていたのかもしれない。

「俺はイェーガーだ。GSG9では最古参だ。そしてエンジニアとしてGSG9と武器や車両、ヘリなど全て管理している。まあ、わからないことあったら聞いてこい。生意気や奴は好かないが、お前は子どもみたいだから構わん

俺は再びバンディットに手を差し出した。掴んでくる手は俺よりも大きく、そして何を物語っているのか。

「先ほどはすまないな。これからどうか、チームの一員としてよろしく頼むぜ、イェーガー先輩」

闇夜に消えそうな瞳がくしゃりと笑顔と混じって行くのを初めてみた瞬間だった。

 

 

***

EP.FIN【TEAM!〜歩き出す未来〜】

「俺たちも年を重ねたな。出会った時はまだ20代、30代とかだったのに。バンディットはもう40代…、早いな…」

「…イェーガー、お前だって40手前だろ?」

「う、うるせぇ!!結婚出来ないのは出会いが無いからだ!」

「ほら二人とも、喧嘩するなって!美味い酒が不味くなっちまう。喧嘩続けんならゲンコツだぞ?」

「「ごめんなさいっ!!」」

「よし、許す!!」

「仕事終わりの飲み会で喧嘩できる元気があるならまだまだ若いわ」

今、俺たち四人は久しぶりに盃を交わすために静かなバーに集まっていた。対テロリストカウンターユニット、レインボー部隊に召集されてからは集まる機会が減ってしまったのだ。

「出会った最初の頃は俺もIQもブリッツも、バンディットも。言い争いばかりしていたな。だけど今じゃこうして仲間として酒を呑める中にまで絆が深まって…」

酔いのせいなのだろうか。
俺の瞳からは涙がぽろりと零れ落ちてしまう。

「イェーガー、何で泣いて…」

IQは俺にハンカチをすっとさり気なく渡してくれる。

「俺、お前らと出会う前はずっと独りが好きだった。周りの奴らからは疎まれるし、変わり者扱いばかり受けていたんだ。…今でこそ、チームとして、友人としてお前らに会えたこと感謝してる。本当に、ありがとうなっ…!!」

ハンカチで涙を拭うと、周りに座るチームメイトは口々に呟き始める。

「あなたは独りじゃない、あなたには私たちがいるわ。エンジニアは機械に固執しまいがちになるけれど、あなたは違う。イェーガー、私はあなたに出会えて新たな可能性を見つけることが出来た。感謝するのは私の方。いつもデバイスのメンテナンスとかありがとう」

「…イェーガー、お前は良きチームメイトであり良き友人だ。俺をスカウトしてくれてありがとう、友人としてはいつも悩み聞いてくれたり、それこそ任務の時も的確なアドバイスに感謝してるんだぜ?男に涙は似合わないぜ?」

「暗い顔はお前には似合わない。相棒として言わせてもらう。俺はお前に出会えて、暗闇から抜け出すことが出来たんだ。…それこそ、出会いは最悪だったかも知れないが。イェーガー、俺を導いてくれてありがとう。これからもどうか、よろしく頼む」

「お、お前ら…、俺の方こそ感謝しきれねぇ。こんなリーダーについて来てくれて本当にありがとうな、お前らに出会えて、人生変わった。…俺たちはチームだ。これからも、この先も…」

共に歩み、
共に未来を創造する。

四人揃っての「TEAM」だ。

「どうか、よろしく頼む。この絆が、このメンバーが誰一人欠けることの無いように、祝杯だ!!」

「「「おうっ!!」」」

 


明るく照らされた未来を、
このメンバーに出会えたことに祝杯を挙げて。

 

 

SASまとめ(過去作)

 

1.その背中は隣り合わせ

 


「…聞いているのか、司令官?」

「…………zzZ………」

「…サッチャー!!…起きてくれ…」

「…す、済まん。昨夜から続けて軍の作戦会議だったからな。ろくな睡眠もとれてなくてな…」

「あなたはこの部隊、イギリスの…特殊空挺部隊SASの最高司令官なんだぞ?!」

基地の中に併設されている、最高司令官の部屋で居眠りをしていたサッチャーは、傍らに立つスレッジに怒られる。

「悪かった悪かった。…そんなにカリカリするなよ、スレッジ」

…スレッジ、と心地のよい声で名前を呼ばれサッチャーに対する怒りが徐々に薄れていくのが分かる。

(あなたは司令官になっても何も変わらないな…、サッチャー)

スレッジは部屋の窓を見つめて、ふーっとため息をついた。

「おい、溜め息なんてつくんじゃねーよ。幸せが飛ぶだろ?」

窓を見つめ、ため息をつくスレッジにサッチャーは抗議の声をあげる。

「…少し、懐かしい記憶を思い出していたんだ。サッチャー、あなたとの始まりを」

「…お前は相変わらず俺に対して律儀だな」

「今はあなたの隣に並び立つ、平等な関係だからな…」

スレッジは部屋に設置されているソファにサッチャーの腕を引っ張り、そのまま座らせ抱き寄せる。

「まだ仕事中だろ?…欲深いんだな、スレッジ」

「少しだけ、このまま思い出に浸らせてくれ」

サッチャーを抱き寄せながら、記憶を辿っていく。

 


***

(…ここが、SASの基地か…)

初めて来た、この基地の厳かな雰囲気にジェイマス・カウデンはただただ息を飲んで立ち竦んでしまっていた。

この春から、
自分が所属する部隊の拠点で働くことになった彼にとって、始まりにしか過ぎないのだ。

(…誰がこの先、待ち受けていても俺は自分自身のため、そしてこの国のためにやるんだ……)

期待と不安が入り交じった気持ちを胸に、スレッジは基地へと足を踏み入れる。

 


広い基地内を見渡し、
スレッジが辿り着いた部屋は上官がいるであろう、会議室だ。

『…失礼、いたします』

部屋をノックし、『どうぞ』という声が聞こえ部屋に入った時である。

(…この人が、俺の上官なのか?!…信じられん…)

部屋の椅子に偉そうに腰を掛け、足を机の上で組む、中年の男が目の前にいるではないか。

目付きは鋭く、
目尻には歳なのか皺が深く刻まれている。

しかし、
顔立ちはいたって端正なのだ。

会議室に入ったスレッジを射抜くようにその男はじっと見据える。

『お前、新入りか?』

『…そうです、話聞いていないんですか?』

そうスレッジが聞き返した瞬間、男は椅子から立ち上がり目に見えない速さでスレッジの目の前に立ち塞がった。

…顔の横には、ナイフが突き刺さっている。

(…な、なんなんだ…)

『俺を誰だと思って、そんな口を聞いているんだ?』

『…あなたが俺の上官であることしか、聞いていませんが。…ナイフを抜いてはくれないんですか?』

至って冷静なスレッジのリアクションをみたその男はつまらなさそうにナイフを抜き、ニカッと笑いかけた。

『意地悪して悪かった、俺の名前はサッチャーと言うんだ。ここで新入りの教官として、隊員の指導にあたってるんだ。…度胸があるかどうか、試させてもらったよ』

(…《サッチャー》って言ったら、SASの中じゃ一番最年長じゃないか!?…しかもこの人はかなりの……)

………大物なのだ………。

近接戦闘の名手であるサッチャーは部隊の中で最も最年長、戦争の経験を誰よりも多く積んでいる。

『…あなたが、そんなにすごい人だとは思わなく無礼な態度を失礼しました。…俺はスレッジ、今日からこちらの基地に配属になったばかりなんです。…あなたが、直属の上官なんですよね?』

スレッジが謝ると、サッチャーはソファに腰を落とすように促す。

『…スレッジだっけ、お前のその冷静な所気に入ったよ。…決めた…』

サッチャーの口から言われた一言で、スレッジの人生は360度変わることになる。

 

 

『お前、俺の右腕になれ。…これは命令だ』

 


『…いきなり過ぎませんか、あなたのような方の右腕にはもっと優秀な人がいるだろう?!』

隣に腰をかけたスレッジは半ば怒るように反論をする。

そんな反論に、サッチャーは有無を言わさず切り返す。

『…俺はこの仕事柄、部隊で一番場数を踏んでいるんだ。だからある程度信用に値するか否か。こんなの朝飯前なんだぜ?…俺の命令は絶対だ、文句など受付はしない』

(…もう何を言っても、無駄な気がする)

半分諦めた気持ちを胸に、スレッジはサッチャーに手を差し出す。

『…改めて、よろしくお願いいたします』

『こちらこそ、頼むぞスレッジ』

二人は初めて握手をし、熱を交わす。

それが二人の初めての交わりだったのだ。

 

 

***

 

 

それから月日は流れ、サッチャーとスレッジは歳こそは離れてはいるが、チームメイトとして、そしてプライベートでは親友と呼べるほどの関係を築き上げていくことができたのだ………。

(…親友……なのか、俺はあなたのことを片時も………)

基地で歩いているときも、
任務に集中しているときも、
一緒に居る時間も。

…一人で居るときも。

(…忘れたことなんか、無いんだ)

スレッジの頭の中は任務と、ほぼ毎日一緒に過ごしているサッチャーのことで頭が一杯だった。

(…あなたには誰か大切な人がいるんだろうか。…そしたら俺には何もすることなんか出来ないじゃないか…)

悶々と考えていると、目の前に意中の人物が歩いてくるではないか。

『スレッジ、お前に用があるんだ。悪いけど今すぐ会議室に一緒に来てくれ…!』

サッチャーはスレッジの顔を見て手を掴み、引っ張っていく。

『…お、おい……!?…待ってくれ…!』

手を引かれ、行き着いた会議室には部隊の同僚であるスモーク、ミュートが居るではないか。

『全員集まったな?』

会議室にはサッチャーとスレッジ、そしてミュートとスモークという四人だけしか部屋にはいなかった。

サッチャーは真剣な口調で三人の前で話を始める。

『俺達SASの中からレインボー部隊に招集されることが決まった奴等だけに集まって貰ってる。…意味は分かるよな?』

口調は既に《軍人》としての彼であった。

スレッジを始めとする三人は真剣に耳を傾ける。

『…あぁ、俺は分かってるぜ?レインボー部隊は各国の特殊部隊の先鋭が集まる部隊だと。…命を賭けろってことだよな、あんたが言いたいことは』

スモークは口許に笑みを浮かべながら、サッチャーを見つめた。

サッチャーは頷く。

『あぁ、スモークの言うとおりだ。俺達は今後、命がけの任務をこなして行くことになるだろうな。…作戦によっては、バディを組んで行動して貰うことになるな』

 

 

コホン、とサッチャーは咳払いをして三人を見つめる。

『レインボー部隊での作戦時、スモークとミュート、俺とスレッジという組合せで行動して貰うからな。…ミュート、異論は受け付けないぞ』

『……なんで俺がこんな馬鹿と行動しないと行けないんですかね』

ミュートはスモークに対して、
嫌みたっぷりに言葉を吐き捨てた。

しかし、スモーク本人はあまり気にしておらずミュートの頭をがしがしと撫でるだけだったのだ。

『まあとにかく、この組合せが一番作戦での相性がいいんだ。………いきなりだが、明日はテロリストが潜んでいるアジトの全滅作戦が実施される。…俺は誰一人、命を落として欲しいとは思ってはいない。このレインボー部隊に招集されたSASの司令塔として言わせてもらう……』

 

 

 


『…絶対に、誰一人死ぬんじゃない。…皆で基地に戻るんだ…!』

サッチャーの言葉に三人は見つめあい、そして力強くうなずいた。

 


そして解散し、
それぞれが部屋へ戻っていくなかサッチャーはスレッジに声をかけ自室へ来るように促した。

(…明日は全滅作戦なのに、俺は………)

スレッジはサッチャーが自室に来るように促したことには何かがあるに違いないと感じていたのだ。

 

 

***

 

 

『取り合えず、座ってくれ』

サッチャーはスレッジを部屋に迎え入れ、座るように促した。

『…あぁ、悪いな…』

スレッジがサッチャーの部屋に入るのはこれが初めてだったのだ。

部屋の中はサッチャーが普段から身に付けている香水の薫りとサッチャー自身の匂いだけが漂っている。

スレッジの鼻腔を刺激するかのように、それは心地よく、そして背徳的なものでもあった。

(…やはり俺はあなたを………)

…胸が苦しくなるくらいに、恋焦がれているんだ……。

それを自覚してしまったスレッジは、サッチャーの部屋の中をくまなく見つめていた。

すると、
本棚の隅の方に写真立てが飾ってあった。

(…これは、サッチャー…と……女性と、お子さん…?)

手に届く位置にあった写真立てを無意識に手に取り、眺めてしまう。

その写真に写っていたのは、
若き日のサッチャーと、その隣には幸せそうに微笑む女性、そして小さな女の子の三人が写っていた。

『…驚いたか?』

『…サッチャー…』

スレッジの背中に、サッチャーの声が降りかかる。

『勝手に見て悪い………』

小声で謝ると、サッチャーはスレッジに珈琲を出し、隣に座り込んだ。

『構わないさ、もう昔の話なんだ。…もう、この二人は居ないんだ』

スレッジから写真立てを受け取り、サッチャーは静かに微笑んだ。

『この二人は俺の奥さんと娘なんだ、大分前に事故で亡くなったんだ。何、今はもう大丈夫だから』

その声はどこか悲しそうで、
今にも崩れそうなほど脆いものだった。

『…そうやってあなたは、死にたがるのか?』

『バレていたか、流石は俺の右腕だ。………明日の作戦で、わざと死んだって誰も哀しまないだろう?』

 

 

スレッジの中の、心の枷がぷちんと音を立て崩れ去る。

ぎゅっと、サッチャーの肩を抱き寄せて呟いた。

『俺があなたの側にいる、いきなりいなくなったりなど絶対にしないから。独りになんかさせない、だから、だから………』

抱き寄せる力は強くなる。

『…誰も哀しまないなんて、二度と言わないで欲しいんだ。絶対にあなたを幸せにするから、俺を隣に置いてくれ…』

スレッジは自分の心に溜まっていたものを、一気に放出させてしまったのだ。

サッチャーはスレッジの言葉を聞いて、ぽつりと一言呟いた。

『…本当に居なくならないのなら、死にたがりはやめてやる』

初めて聞いた過去も、
亡くなった家族のことも。

…すべて引っくるめて《サッチャー》なんだ。

スレッジは心に誓い、やがて口を開いた。

『約束する、俺はあなたを置いて居なくなったりなど絶対にしないから』

 

 

サッチャーはただただ、
スレッジに抱きしめられたままその日の夜、動くことはなかった。

 

 

***

テロリスト全滅作戦が決行されるまで、サッチャーとスレッジは何も会話をせず、潜伏先のアジトへと慎重に向かっていく。

(…あなたが望む未来を、一緒に歩むんだ……)

そんな気持ちがスレッジの原動力となっている。

ツーマンセルで行動しているなか、スレッジが先頭を歩いているときだ。

『…っっ危ない!』

サッチャーがスレッジの背中を守るように、敵からの狙撃に撃ち返す。

『すまない、助かった…』

二人は背中を合わせて、周りに敵がいないかを確認する。

『…スレッジ』

『なんだ、サッチャー

敵が前方や後方に居ないことを確認しながら、クリアリングしていく中でぽつりとサッチャーは呟いた。

『…この作戦が終わったら、一緒にお墓参りに行ってくれないか?妻と娘が眠る、お墓に………。前に進めためだ。…いいか?』

『…サッチャー、あなたは…………』

 


二人の会話はそこで終わってしまった。

(…とにかく今は、サッチャー。あなたの命と全滅作戦が優先だ………)

スレッジは目の前の作戦に集中するために気持ちを切り替え、前に進んでいく。

 

 

 

***

 

 

テロリストの全滅作戦は無事に終了し、基地へと帰る途中のことである。

『…妻と娘のお墓、すぐ近くなんだ。…悪い、お願いだ。一緒に来てくれ』

武装解除した状態ではあるが、サッチャーが自ら懇願してくることが非常に珍しかった。

スレッジはサッチャーに手を差し出し、優しく笑った。

『あなたの右腕なんだ、どんな結末であっても俺は答えるからな』

『…あぁ、お前の性格はよく俺もわかってるからな。…行こう』

二人は墓地へと向かった。

 

 

 

途中にある花屋に二人は寄っていった。

夕陽が赤く照らす小高い丘に、サッチャーの亡き妻と娘が眠る、お墓があった。

サッチャーとスレッジは手を合わせ、花を手向ける。

長い間、二人は無言で祈り続けていた。

 

 

『…スレッジ、俺はお前に対して何もしてやれないかもしれない』

『それはどうして?』

祈り終えた二人は顔を見つめ合う。

サッチャーは苦しそうに呟いた。

『…お前よりも20歳以上は歳上だし、俺は一度結婚だってしているんだぞ。…こんな俺をお前は、俺が死ぬまで隣にいて幸せにしてくれるのか? 』

部隊では誰よりもプライドだって高く、責任感の強いサッチャーですら、今はただの男なのだ。

スレッジは強く、そしてはっきりと言い放つ。

 

 

『愛することに年齢なんて関係ない、俺は好きだと思った人には一生かけて幸せにする。…確かに過去は変えられない。…けれど、未来を紡ぐことはできるだろう?奥さまやお子さまのことを忘れろなんて言わないさ。 …だから………』

 

 

『俺と未来を、紡いでほしいんだよ、サッチャー

サッチャーの手を取り、
スレッジは手の項に口づけを落とす。

『…も、もう。降参だ。…スレッジ、俺はお前が………』

ざー、っと爽やかな風が頬を撫でる。

 

 

『……すき、だ………。』

『うん、ありがとう。…俺だけのサッチャー……』

歳なのか、涙もろくなってしまったサッチャーはスレッジの腕に自ら飛び込み、答えを出した。

未来への扉は、紡がれて行くのだ……。

 

 

***

 

 

その後、テロリスト全滅作戦の功績が称えられたサッチャーSAS最高司令官へと昇進していく。

(…な、懐かしいな…)

スレッジはサッチャーを抱きしめたまま、眠っとしまったことに気がついた。

「あなたは歳を重ねても、まだまだ綺麗だな…………」

懐かしい記憶と目の前に眠る、最愛の人を見て呟いた。

基地の司令官室は二人だけしか
入室は許されていなかった。

サッチャーの顔は相変わらず整っていて、最高司令官になった今でも輝き続けている。

スレッジは我慢できず、そっと唇にキスをする。

 

 

するとサッチャーは目をパチリと開き、にやっと笑う。

「相変わらず、スレッジはむっつり! 」

「司令官、それは駄目だ!」

…むっつり!と言われた一言がかなり心に響いたスレッジは反論をする。

「俺はお前に出会えて、この未来を紡げてよかった。…ありがとう」

再びサッチャーはスレッジの膝に頭を乗っけて呟いた。

スレッジは柔らかく微笑む。

「…俺もだよ、サッチャー……」

お互いの瞳を見合わせ、そしてやがて落ちてくる唇も愛しそうに啄む。

 

 

いつだってこの恋は、
背中合わせなのだ。

 

2.無期限×恋愛

 

【無期限×恋愛】

雪が舞う12月のイギリスは寒くて、
息は白く、そして冷たい風が頬を掠めて身体に堪えてしまう。

サッチャーは仕事帰り、首元が冷えないようにしっかりとマフラーを巻いて帰路を歩いていた。

「…あ〜…寒ぃ。今日アイツ帰ってくる日だよな、俺を出迎えてくれないとEMP投げてやるからな、スレッジ」

『生きる伝説』の持ち主にも、
恋人と言える大切な存在がいるのだ。

歳下の、ジェイマス・カウデンだ。
恋人の名前を呟けば口から白い息が漏れ出てくる。

遠征中のスレッジは約半年ぶりに母国へと帰国する予定なのだ。サッチャーは自分が思っているよりも彼を愛してしまっている。

「…さーて、もう少しで暖かいmy homeに帰れるかな。待っていろよ、スレッジ」

疲労困憊の身体を引きづりながら、
サッチャーは愛しき彼が待つであろう自身の家へと歩みを進めて行ったのだ。

***

 

 

「帰ったぞー、スレッジ」

 

 

サッチャーが帰宅すると、
見慣れたスレッジの大きなスニーカーが玄関にきちんと並べて置いてある。

コードネームを呼べば、
いつもなら大柄な身体を惜しみなくサッチャーに押し付けて彼を抱き寄せるのに。

「…俺を出迎えてくれないなんて、生意気な奴め。久しぶりに顔合わすの楽しみにしてたのに。…って、何を女々しいことを」

サッチャーはマフラーと上着についた雪を払い、リビングへと歩いていく。リビングには電気だけ付いてた。

 

 

「暖房点けてある…、アイツ帰って来てるなら何処に居るんだ。ん…?」

部屋は暖かく、電気も点いていたからスレッジは間違い無くこの家にはいる筈だ。

サッチャーが無駄に広いリビングを見渡すと、大きなキャリーバックとソファーで体格の良い身体を丸めている大柄な男がいる事を確認した。

「…スレッジ、寝てるのか?」

ソファーにサッチャーが近寄れば、
穏やかな寝息を立てているスレッジが眠っていた。

「お前があんなに会いたがっていたサッチャー様が仕事から帰って来たんだから寝てんじゃない。…ま、遠征から帰って来たばかりだから大目に見てやるか」

スレッジの頬を冷えた手でサッチャーは愛しそうにそっと撫でる。スレッジはサッチャーの手の冷えたさに少しばかり、眠りながら身じろぎをした。

(…お前が帰って来てくれただけで満足なのにな、俺はそれ以上を望んでるんだよ。まぁ、今は勘弁してやるさ)

サッチャーも部屋の暖かさと、
スレッジの寝顔を見て睡魔へと引き込まれていく。

ソファーに眠る恋人の手に自身の手を重ねて、サッチャーは恋人が目を覚ますまで温もりと睡魔に身を委ねることにした。

***

目を覚ますと、
サッチャーの肩にはタオルケットが掛けられており、近くで眠っていたスレッジの姿が見当たらない。

サッチャー、お目覚めか?」
「…スレッジ、あれ…俺、寝てたよな」

寝起きのサッチャーはぼやける眠気眼(ねむけまなこ)を擦りながら久しぶりに帰って来た恋人の顔を見る。

「俺の方が先に眠ってしまってたようだ、コーヒー淹れるけど飲むか?頭が冴える」

「…ん?あぁ、だけどその前に…」

サッチャーはソファーから起き上がり、久しぶりの恋人の温もりを感じるためにスレッジの大きな身体に腕を回す。

「スレッジ、無事に帰って来て良かった。…お前の温もり、久しぶりだわ」

サッチャーの方が幾分か、スレッジよりも身長が低いから抱きしめた際に、丁度良く胸に耳を当てることができる。

心地よい心音がサッチャーの耳を幸せで満たしていく。スレッジも久しぶりの抱擁にしっかりとサッチャーを抱き寄せた。

「…ただいま、サッチャー
「…ん、お帰りスレッジ」

互いの温もりがこんなにも心地よいなんて。離れていた時間がまるで嘘のような気がしてならないくらい、じわりと体温が溶けあって行く。

「キス、したくねぇの?」

身体を離し、サッチャーは2回りは離れているスレッジの顔を覗き込む。スレッジはスレッジで、サッチャーからパッと目線を逸らした。

「何で目線を逸らしたんだ、スレッジ」

「…察してくれよ、サッチャー

「遠征先でお前、まさかっ…」

『浮気でもしたのか?!』と言いたかったのに、最後までその言葉が口から出ることはなかった。

「ふっ…あ、んっ…」

スレッジが思い切り、サッチャーに深く深く唇を重ねて言葉を漏らさないように塞いでしまったからだ。

絡めてくる舌の熱はサッチャーを虜にしてしまうほど、熱くて溶けてしまいそうだった。

唇を離せば、スレッジはサッチャーの頭をぽんぽんと優しく撫で回した。

「…俺はあなた以外に興味なんてないし、ましてや好きになったことはない。浮気なんてする筈が無いだろう。まったく、サッチャー、あなたは本当に俺の理性を食い千切るのが上手だな」

「久しぶりにお前の顔見ちまったから、その、悪かったよ。いきなりキスを求めてさ」

「構わないさ、俺だってあなたに会いたくて触れたくてずっと遠征先でも我慢してたからな。…サッチャー、好きだ。あなたが大好きだ」

「あぁ、俺もだ…」

ソファーに座りなおし、
二人は久しぶりの再会、互いの熱を味わうためにそっと視線を交わして静かに微笑みを交わした。

***

 

 

翌昼、
久しぶりに互いの体温を求めて貪りあって眠ったのは明け方のこと。サッチャーが目を覚ましたのはお昼の12:00過ぎのことだった。

「…スレッジ」

「あ、ようやく起きたのか?おはようサッチャー

スレッジはサッチャーが起きたのを確認し、寝顔を見て穏やかな視線を彼に見せた。

「…昨日は無理をさせたよな、済まないサッチャー。痛いところはないか?」

昨日の鮮烈な交わりを思い出せば、サッチャーの頬には熱が集中し、体温が上がってしまうのを己で感じ取る。

「…別に大丈夫だ、ただスレッジ。俺はお前よりは若くないんだからもう少し加減して欲しかったぜ。ま、あんなに求めてくるお前が見れて俺はラッキーだな」

「まったく罪な男だよ、サッチャー、あなたって人は…」

ぐっとスレッジはサッチャーの顔を引き寄せて唇を奪い去れば彼が喜ぶことを昨日の夜に知ったのだ。

 

 

「強引だ、スレッジ!」

唇を離せばサッチャーは横で寝そべるスレッジを睨んで顔を赤くする。スレッジは少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべてサッチャーを見つめた。

「…半年ぶりのあなたの温もりを感じてしまったからな。サッチャー、俺はあなたを最期まで愛し抜くし戦場でも、あなたを絶対に守り抜くから…。だから、これからも俺だけを見ていてはくれないか?」

手を重ねられ、
こんな風に最後は真剣な表情で愛を囁かれてしまえばもう、抗うことなどサッチャーには出来ないのだ。

「お前以外、最初から興味なんて無いし、俺だってずっとずっと半年間お前を待ち侘びてたんだ。簡単になんか手離してやらない、一蓮托生だぜ。戦場でもプライベートでもな」

「…あぁ、サッチャー。俺の愛は無期限で重いから覚悟してくれ」

「上等だ、ジェイマス」

サッチャーはスレッジの大きくて広い背中に自身の腕を回す。それをスレッジは無言の肯定だと感じて、サッチャーに覆いかぶさる。

伝わる熱が二人の気持ちに火を灯す。

決して消えるのことのない、愛の灯火と共に。

 

 

3.【10cm差のlove*story】

1,惚れ込んだもん勝ちです

 

 

イギリスに拠点を持つレインボー部隊に召集されたスモークは共にメンバーとして集められたミュートとは同僚であり、恋人同士という関係でもあった。

(…っくそ、今日は久しぶりにデートしようって約束してたのに、あの野郎、約束の時間になっても起きねーじゃねぇかっ!!)

スモークは待ち合わせの時間になっても来ないミュートに怒りを感じていた。スマホにメッセージを送っても返事は来ないし、電話をかけても折り返しかかって来ない。そんな状態でかれこれ一時間は経過しているだろう。

(仕方ねーな、あいつの部屋に行って起こしに行くか。つくづく、ミュートには甘いんだよな、俺ってば。優しい俺に感謝しろよな)

怒りを感じつつも、可愛い恋人なのだから心配になったスモークはミュートの部屋へと足を運ぶことにした。

 

 

部屋の前へ着き、
ミュートの部屋のドアをノックすると案の定、部屋の中からはテレビの音が聞こえてくる。

(…あいつ、どうせ本読みっぱなしで寝落ちしたとかそんなんだろう?まったく仕方ねーよ。可哀想だけど、起こさせて貰うぜっ!!)

スモークはミュートの部屋のドアノブに手をかけて、部屋を開けた。

「ミュートっ、てめー起きやがれっ…て、何してんだ?」

「〜〜…っ!!いきなり入ってくる奴が居るかっ!!」

開口一番、
ミュートはスモークの顔を見て、自身の顔を真っ赤に染め上げる。

「お前が何時まで経っても来ないから心配になって来たんだ、電話もメッセージも返事がねぇからさ」

「…それは済まない」

「それで、お前はどうしてそんなに部屋中に洋服を並べているんだよ?」

スモークはミュートの部屋のドアを閉めて、部屋をぐるっと見渡した。辺りには洋服が散乱しているではないか。

「……………」

「…悪い、聞き取れねぇんだけど…」

顔を赤くしたミュートはスモークを思いっきり睨み付けて声をあげたのだ。

「あんたとの、出かける時に着る服が決まらなくて遅れたんだっ…!!」

(…そんな可愛い理由かよ、ああもう。さらに惚れ直したぜ)

スモークはミュートに近づいて、
強く抱きしめた。

「お前がどんな服着ようが、可愛いことには変わらねぇよ…。少なくとも、そういう健気なところが知れて俺はなんつーの、嬉しいぜ」

「…あんたにかっこ悪いところ見せたくなかった」

ミュートの頭をスモークはポンポンと撫でて微笑んだ。

「ばーかっ!可愛いんだよ、お前は!早く着替えて出かけようぜ、お前とのデートは毎回、色々発見が有るからよ?」

スモークはミュートを早く着替えさせるために部屋の隅で座って待つことにする。

結局は
惚れたもん勝ちなのである。

 


2,新たな一面を見つけた二人

〜ミュートの気持ち〜

久しぶりに休みがあった二人は、
基地から程近い専門店が並ぶショッピングモールへと出かけることにした。

ミュートは傍に並んで歩くスモークを見つめて、心の中でつぶやいた。

(この人、背が小さいくせに男前なんだよな…。顔立ちは整ってるし、見た目はチャラチャラしてるけど性格も面倒見良いし。一途だし…)

スモークは確かにミュートと比べたら歳上だし、身長は低いけれど誰よりもミュートを想っていて、誰にでも頼りにされる兄貴的な存在なのだ。

…少なくとも、ミュートにとっては最愛の人なのだけれども。

ミュートは自然に顔が綻んで、
口元には僅かながら笑みが浮かんでいた。

そんな様子を見たスモークはニカッとミュートに笑顔を向けてきた。

「何笑ってんだよ?!」

「…いや、改めてあんたが好きだなーっと思っただけだよ」

「お前からそんな事言うなんて、何だか珍しいな…」

「たまには悪くないだろう?…今日はとことん付き合って貰うぞ」

「あ、当たり前だろっ!久しぶりにお前との休みなんだから!!」

ミュートは珍しく、素直になってみようと思ったようで。傍に並んで歩く恋人を見つめて柔らかく微笑んだ。

 

 

〜スモークから見たミュートの萌え部分〜

ショッピングモールでミュートがずっと行きたかったというカフェに二人は来ていた。

ウエイターに席を案内され、
メニューを見ると女性に人気のありそうなスイーツがたくさん書かれているではないか。

(…見るだけで胃もたれしそうだな…)

スモークはどちらかというと、
甘い物よりもコーヒーとかの苦いものを好んで飲む傾向があった。

ちらっと正面に座るミュートを見つめると、子どもみたいに目を輝かせていて、いつもの仏頂面の彼は居なかったのだ。

「お前は甘いもん好きなのか?」

「…わ、悪いか?頭使った後には糖分を補給しないとイライラして仕方ない」

「いーや、悪くない。ミュートの好みをまた一つ知れて嬉しいなって思っただけだよ」

スモークがにこやかに言うと、
ミュートは少しだけ恥ずかしそうにスモークを見つめた。

「…俺はあんたの好みを知らない。何が好きなんだ?」

「俺か?俺はどちらというとカフェイン好きだからコーヒーばっか飲んでるな。甘いもんは得意じゃねぇ」

「意外だな、俺が作ったチョコレートとか食べてただろう?あれはレインボー部隊の女性陣に作り方教わったんだが…。相当甘かっただろ?」

「お前が作ったもんは特別食える!!お、そろそろオーダー決まったか?」

「あぁ、決まった」

二人はウエイターを呼び、
メニューを注文した。

スモークとミュートは初めてお互いの味覚的な好みを知って、また一層お互いを知る事が出来なのだ。

 

 

3,良かったら、召し上がれ

 

 

ミュートが頼んだものを見て、
スモークは絶句していた。

「その生クリームの量はやばいだろ?!」

「…甘党を敵に回したな、あんたは」

甘い物が苦手なスモークはミュートの前に置かれた生クリームがたっぷり乗っているパンケーキを見てげんなりしていた。

ミュートはナイフとフォークを持ち、嬉々とした表情でパンケーキを食べやすい大きさに切っていく。

「ミュートくん、ご機嫌だな」

「この店のパンケーキは中々食べれないくらい人気があるんだ、今日は平日だから人が少ない。ラッキーだ」

器用に切りながら、
顔には年相応の少しばかり子どもっぽい表情を浮かびていた。

そして一口大に切ったパンケーキに生クリームをたっぷり乗せてミュートはそれを口に含む。

「…美味いか?」

「頑張った自分へのご褒美にはうってつけだ。すごく今、幸せかもしれない」

「そりゃ良かったよ」

「…あんたも食べたいのか?」

「んにゃ、俺はこれで充分だ」

スモークはミュートの唇の横に付いた生クリームを指で取り、ペロッと口に含んだ。

「…甘いな、これ」

「〜〜…っ!!恥ずかしいこと、良くできるな!?」

「ご馳走さまでした♪」

「…今日は許してやる、基地でやったら一週間無視するからな」

「はいはい、まあ、ゆっくり食べろよ。俺は待っててやるよ」

「…ん…」

スモークは頼んでいたホットコーヒーを一口含んで、美味しそうにパンケーキを食べるミュートを眺めていた。

その間、
無言ではあったけれど、二人の間には何とも言えない甘い空気が漂っていた。

 

 

4,初めてのお揃い

ずっと行きたかったカフェに行けて満足なミュートと、甘いものを見て胃もたれをしているスモークはカフェから出て、次の目的地へと向かうことにする。

スモークは普段耳にピアスを二つほど身につけていて、休みの日なんかはボクシングの大会なんかが無いと大体ピアスを身に付けて見えないお洒落を楽しんでいた。

「ミュート、ちょっと付き合って欲しいところが有るんだけど」

「あぁ、構わない。どこに行くんだ?」

「一緒に来てからのお楽しみだ」

「…??よく分からないが、とりあえず付いて行けばいいんだろ?」

ミュートはスモークの後を追って歩いていく。

 


少しばかりモールの中を歩いて、
スモークがミュートを連れて来たのは
オーダーメイドのアクセサリーショップだった。

店員とスモークは顔見知りのようで、
何か話し込んでいた様子であった。

(スモークは、こういう洒落た感じの店に詳しいよな。…確かに、俺とこんな関係になる前は周りに女性ばかり集まってたような気がする…)

少しばかり、ミュートの心にはモヤモヤっとした気持ちが広がっていく。付き合って3年以上は経っているのに、未だに知らないことも多い二人なのだ。

ミュートは無意識にいつもの仏頂面になっていて、それに気がついたスモークは店員に軽く頭を下げてミュートの近くへ歩み寄る。

「お前はまーた何か考えたんだろう、ほい、プレゼント」

「…俺にか?」

「おう、お前に渡したくてさ…。開けてみ?」

「あ、あぁ…」

仏頂面なミュートを、スモークは真剣な表情で見つめていた。そんなミュートにスモークは小さな箱を手渡した。

(…これは、ピアスか…?)

小さな箱を開けると、
そこにあるのは二つの小さなピアスだった。

紫色の小さな石が埋め込まれている、小振りだけど、とても良い品物だというのは一目見て分かるくらい、価値のあるものだった。

「これはお前の誕生石を使って作ってもらったんだ、誕生石はガーネット。誠実さや一途、そんな意味があるらしいぜ?俺もお前と同じ石で作ってもらった、初めてのお揃いだぜ。喜べよ?」

…この人の、こんな所がむかつく。

ミュートはそんな風に思ってしまう。
自分の中でモヤモヤしてた気持ちは気がついたら消えていて。

気がついたらミュートはスモークの手を掴んで、一言呟いた。

「…嬉しい、ありがとう。大切に身に付ける」

「おうよ、無くしたら泣くからな!」

初めてのお揃い。

二人の耳にはきらりと輝くピアスが付けられていた。

 

 

5, 10cm差のlove*story

 

 

二人は一日、共に出かけて回りたいお店を回って久しぶりのデートを楽しんだ。

普段見れない互いの一面を知ることが出来て、二人は満足だった。しかし、何かが圧倒的に足りなかった。

「…スモーク、ちょっと」

「ん…?!いきなり何だっ…?!」

帰り道にミュートはいきなりスモークの腕を掴み、誰も居ない路地裏へと彼を連れ込む。

壁際に追い込まれたスモークはミュートに壁に両手を押さえつけられて、見下されていた。

(…くっそ、ミュートの野郎!!俺より身長高いからって見下しやがって。しかもそんなかっこいい顔で見るなよな!!ばーかっ!)

外は夕方。
夕闇に染まるミュートの端正な顔がより一層、映えて見える。

「…あんたが好きだ、誰よりも」

そう呟くとミュートはスモークにそっと唇を重ねてくる。行動と口づけ、そして言葉は反比例していた。

「…んっ…、ミュート…」

いつもより速い鼓動、そして甘く優しく響くミュートの切なげな声がスモークの鼓膜を震わした。

唇が離されて、
ミュートは自分よりも10cm程身長の低い恋人を強く強く抱きしめた。

「…お前からくっつきたがるなんて珍しい」

「言ったはずだ、今日は言うことを聞いてもらうと。俺はスモーク、あんたが好きで好きで仕方ない。本当に、気がついたらハマってるくらいには」

ミュートの言葉を聞いたスモークは口元に満足げな笑みを浮かべて一言呟いた。

「…あぁ、俺もお前が可愛くて仕方ないよ。ただな…」

気がついたらミュートとスモークの立場は逆転していて、ミュートを壁際に追い込む体勢になっていた。

「…お前は俺だけを見ていればいい。最近、ミュート。お前は色んな奴からモテんだぜ?ヤキモチ妬いちゃう俺の身にもなれってんだ。今日贈ったピアスは、ある意味牽制になるかもな。…な、なに笑ってるんだよ?!」

「…ははっ、俺はあんたと恋人関係になれて本当に幸せだと思ってな。俺だって昔のスモーク、あんたを思い出して妬くくらい心が狭い。それだけ、俺はあんたに惚れてるんだ。責任、取ってくれるよな?一生懸けても構わないさ」

「〜〜…っ、お前なっ!!帰ったら覚えておけよ?!絶対に寝かせてやらねー!」

「…あんたになら、何されても構わない。好きだよ、スモーク」

「俺だって、ミュートが世界で一番好きだ。愛してるぜ?」

少しばかり、背伸びをしてミュートに深い深い口づけをスモークは施した。

夕闇は二人の影をゆっくりと溶かしていく。

きっと、この先も。

二人はお互いを思って、恋して愛し続けていくだろう。

…誰よりも、お互いを強く思っているのだから。

 

 

4.【猫を拾ったSASの二人】

 

 

「スモーク、あんた本当に…!」

「あぁ、悪いな…」

二人の間には妙な雰囲気が漂っているではないか。ミュートはスモークの顔を睨みつけて呟いた。

「俺はあんたを信じていた。…だけど、だけどまさか…」

『ミャー』

「猫を拾ってくるとは思わなかった!!俺が動物苦手なの知ってるだろう!!」

「ミュートくーん、この子猫ちゃん女の子だぜ?こんなカワイイ子を俺が放って置けると思うのか?」

「…お、思わない、思わないけど…」

スモークは三日前、ランニングをしている最中に道端に捨てられていた一品の子猫を拾って、自身の部屋に連れて帰ってきたのだ。

ミュートが動物を苦手としているのも分かってはいたが、スモークはどうしてもこの子猫を放って置けなかった。

「このキュートでカワイイ子猫ちゃん、お前に似てたんだ。出会って間もない頃のお前にな…」

スモークは子猫を愛しげに撫でながら呟いた。その様子をつまんなそうにミュートは見て言い返す。

「…どこがだよ」

「超反抗的で、生意気」

「あんたの腕の中にいる子猫は大人しいじゃないか」

「それは今の話だろう?拾ったばかりの頃は俺の腕や顔を引っ掻き回してだな。あ、俺の背中に傷を付けるのは相変わらずミュートくんだけだ」

「…俺は動物じゃない」

「そうだな、そんなもん見りゃ分かるさ。ほらお前もキュートなベイビーを抱っこしてみろって!」

スモークはミュートに子猫を渡して抱っこするかのように促した。ミュートはおずおずと子猫を抱きしめた。

「…あれ、大人しい」

ミュートに抱っこされた子猫は彼の胸に自身の顔を擦りよせて甘えてくる。ミュートは子猫を見て優しく撫でてやる。

「なんだよ、お前気に入られたんじゃん!動物苦手なのに!ちょっと寂しーなー…」

「ほら、あんたが親なんだろう?!あんたがちゃんと面倒見ろ。って、勝手にゲージに戻っていったぞ…」

「猫は気まぐれだからな〜、ミュート、ちょっとこっち向け」

「な、何だよっ…、んっ…」

ミュートの顔を引き寄せて、スモークは彼に唇を重ねていく。スモークの口付けは長くてミュートの呼吸が苦しくなるまで続けるのだ。

 


「…ちょっ、あんたいきなり過ぎるだろっ…」

「お前に少しムカついた」

「なんで」

「子猫ちゃんに優しくしてたから」

「あんただって同じことしてただろ?!妬いていたのは俺の方だ」

「…そうなの?」

「…悪いかよ」

「俺、ミュートくんのこと大好きだよ。子猫ちゃんはちゃんと面倒は見るけど俺の一番はミュートくんだから。抱き締めても良いか?」

「…うん」

スモークは満足気な笑みを浮かべてミュートの身体を抱き寄せた。彼の表情はきっとにやにやしているに違いない。

ミュートはスモークの背中に腕を回して、彼の耳元で囁いた。

「…ハグ以上だって、してくれてもいいんだ。スモーク、あんたになら何をされたって構わないんだから」

「もう、可愛い誘い文句だ。ま、するつもりだったけどな…、ミュートくん、好き、大好き…」

ミュートの身体をゆっくりとスモークは近くのソファに押し倒していく。やがて降りてくる愛しい恋人の体温に期待を込めてミュートは瞳を閉じていく。

愛を確認し合う二人の近くで子猫はうーんと背筋を伸ばして温かな日向の近くに身体を寄せていった。

スペツナズまとめ(過去作)

 

1.心、君の在処

(…もう嫌だ、こんな所での垂れ死にたくなんかない………!!)

3人兄弟の長男である、マクシム・バスーダは貧しい家で育ち、また下の幼い兄弟たちに食べさせるために法に触れる、触れないのギリギリの行為を起こしていた。

ついにそれも親に発覚し、勘当されてしまった彼に居場所なんか無く、そして帰れる場所すら無くなってしまったのだ。

(…お腹空いたな、3日も食べてない…)

…いっそのこと、死んで終おうか。

当時12歳だった彼にとって、この状況は生きていてもどうにもならないことくらい、頭の中では理解していた。

(…俺が居なくなったくらいで、誰も悲しまない。むしろ、消えてここで終わりにした方が良いに決まってる)

いつも持ち歩いていた護身用ナイフを喉にあてがい、そして突き刺そうとした時だった。

『……馬鹿野郎、何してるんだ!?命粗末にすんじゃねぇ…!!』

カプカンの側には誰も居なかったはずなのに、気がついたら近くには大柄の男が一人、カプカンのナイフを持つ手を捻りあげる。

『…っ…離せよ!!あんたには関係ないだろ、俺はここで死ぬって決めたんだ…!』

真夜中、この大柄の男とカプカンは誰もいない路地裏に対峙していた。

『親から貰った命を粗末にするような奴に、くたばる資格なんて無いんだよ…っ、ガキのくせにカッコつけようとしてんなよ?!』

捻りあげた手を離し、カプカンからナイフを取り上げる。

『…返せよ、それは俺のナイフだ!!』

カプカンは大柄の男に取り上げられたナイフを取り替えそうと手を伸ばす。

…しかし、身長差があまりにもありそれは叶わなかった。

『駄目だ、これは没収だ…』

大柄の男はカプカンに視線を合わせるようにその場にしゃがみ込む。

『お前、行く場所無いのか?』

『…俺は親に捨てられ、もう帰れる場所すら無いんだ』

その言葉を聞いた大柄の男は一瞬考え込み、そしてカプカンの頭をぐしゃりと撫でた。

『…とりあえず飯を食おう、お前も来い』

『…な、何すんだ!!』

大柄の男はカプカンの腕を引き、ニッと笑う。

『お前さっきから腹の虫、鳴きまくってるぞ~、大人の言うことを聞いた方が良いぜ』

『…五月蝿いぞ…』

腕を引かれながら、カプカンは大柄の男について行く。

…瞳には、ほんの少しだけ涙を浮かべながら。

 

 

***

 

 

『お、良い食いっぷりだな!やっぱ子どもはちゃんと食わないとおっきくなれねーぞ!?』

3日ぶりに食事にありつけたカプカンはひたすら食事を止めようとはしなかった。

(…なんなんだ、この人は…)

こんな大人、自分の周りには居なかった。

温かい食事を得るには、犯罪すれすれの行為に手を染めなくてはいけなかったからだ。

食事を美味しそうに食べる姿を、大柄の男は楽しそうに見ていた。

 

 

『…なんだよ、人の顔見て』

『いやー、お前も子どもらしい一面あるんだなーと思ってな。…つか、お前の名前はなんと言うんだ?』

初めて名前を聞かれ、
カプカンは食事の手を止めて呟いた。

『…マクシム・バスーダ…』

『…歳は?』

『…12歳だ』

『うっそ!?お前、そんなに歳いってたんだな…』

『…そういう、あんたの名前はなんだよ?人にばかり聞くのはずるいだろ』

カプカンの言葉を聞いた大柄な男は笑顔を向ける。

『アレクサンドル・セナフィエフ、24歳だ。職業は軍人だ、よろしくな』

それが二人の初めての出会いだった。

 

 

***

それから10年。

カプカンは『アレクサンドル・セナフィエフ』という名前を頼りに、警察官、そして自らも軍人の道へと進むことになった。

カプカンは22歳、
あの大柄な男も生きているなら34歳のはずだ。

(…あんたは何処にいる?俺をあの時暗闇から救ってくれたあんたに恩返しがしたいんだ………)

スペツナズという特殊部隊に身を置くことになったカプカンは名前と年齢を元に、『アレクサンドル・セナフィエフ』をひたすら探し続けた。

スペツナズの隊員の部屋は、二人一部屋という割り振りであった。

部隊では全員がコードネームで呼びあっているため、本名が分からない。

(…俺の部屋と相部屋のやつは《タチャンカ》か…)

新しく入隊したばかりのカプカンと相部屋になる《タチャンカ》という人間は、裏表がなくはっきりした性格の持ち主だと聞いていた。

(…あんたを思い出すよ…)

…10年前に自分をどん底から救ってくれた、あんたの顔を………。

カプカンは自分の部屋に着き、ドアを開けるとそこには体格の良い男が一人、ベッドで横になっていた。

『…おい、今日からあんたと同じ部屋で暮らすカプカンだ、よろしく頼む…』

カプカンはベッドで横になっている男に声をかける。

すると、
その男はベッドから身体を起こし眠そうに瞳を擦る。

『…お前がカプカンだな、俺はタチャンカって呼ばれている。…悪いな、昨日ロシア外の任務から戻ってきたばかりで…』

『気にしてなどいない』

カプカンはタチャンカを見つめて、そして椅子に腰かける。

タチャンカもベッドから離れて、カプカンの近くに腰かける。

(…この男、あの人に面影似てないか…?)

カプカンは近くにあるタチャンカの顔をじーっと見つめる。

整った端正な顔に、
少し目尻には年のせいか皺が深く刻まれている。

そして何よりも、タチャンカが助けてくれた恩人かもしれないという確証になった部分は、その瞳であった。

その視線に気がついたのか、タチャンカはカプカンを見てニコニコしはじめる。

『そんなに俺って格好いいか?ん?』

『…10年前、あんたは何してた?』

カプカンはタチャンカに真剣な眼差しで問いただす。

『俺はまだ軍に入って6年くらいしか経ってない、ただの軍人だったな。…なんでだ?』

『自分よりも10歳程度離れた、少年の命を救った記憶はないか?』

タチャンカは深く考え込み、やがて口を開く。

『…確か、ナイフで命を絶とうとしてた生意気なやつを止めた気がするな……、………って、お前あの時の子どもか?!』

合点が行ったかのようにタチャンカは驚いた顔をする。

『あんたに恩返しがしたくて、ずっとずっと探していた。…俺が知ってた情報は、《アレクサンドル・セナフィエフ》って名前とあんたの真っ直ぐな瞳だけだった。ようやく、ようやくあんたに恩返しが出来るな』

カプカンの言葉を聞いたタチャンカは名一杯、カプカンの頭をぐしゃりと撫でた。

『よくここまで元気にでかく育ったな。…良かった、飯を食わせた後お前は結局どこかへ居なくなってしまったから。…そうだ…!』

タチャンカは撫でてた手を離し、近くの引き出しから丁寧に包まれた箱を取りだし、カプカンへと手渡す。

『…なんだ、これは?』

『お前が持っていた護身用ナイフだよ、今はもう命を絶つために使うなんてことしなさそうだし、今度からは命を守るために使えよな』

受け取った包みをあけると、そねた刀身は綺麗に研がれていた。

(ずっと、持っていてくれたんだな…)

ナイフを懐にしまい、カプカンはタチャンカへ深く頭を下げる。

『…あんたに救われたこの命、あんたの為に使いたい。どうか、この先もよろしく頼む』

『そんな頭を深く下げんじゃねーよ、カプカン』

タチャンカはカプカンへ手を差し出す。

『俺たちは仲間だ、これからは同じ道を歩んでいく仲間同士だからな…、よろしく頼む』

差し出された手を、カプカンは強く握り返す。

それが二人の、本当の『始まり』であった。

 

 

***

二人が10年ぶりに再会してから約15年。

出会ってから25年。

タチャンカは49歳、
カプカンは37歳と年数ばかりが経過していく。

(…コイツは俺の気持ちに気がついてんのか?!…だったら、毎日生殺し過ぎんだろ?)

二人は長い年月、生活を共にしている訳で気がついたら恋愛感情を抱くくらい、タチャンカにとってカプカンの存在は大切になっていた。

…少なくとも、惚れ込んだのはタチャンカが先だった。

(出会った頃はあんなに子どもで、自分の影響で軍人になるって最早運命だろ、絶対にそうだよな…)

タチャンカに絶対的な恩を感じているカプカンは、彼の為ならどんなことだって、嫌な顔を見せずにやってのけてしまう。

…それはあくまでも、任務や仕事に対してだけだった。

毎日、タチャンカはカプカンへ愛の言葉をかけていた。

しかし、カプカンは表情1つ変えず必ずタチャンカに対してある言葉を返していた。

『俺はあんたをそんな目で見れないから』

冷たく突き放されてしまうタチャンカは毎日毎日、とにかくめげずにカプカンに自分の思いを伝えていたのだ。

(…俺はお前が好きなんだ、誰よりも大事にしてやりたい。…出来ることなら、他の奴になんかの目に晒したくない)

タチャンカの気持ちは何時だってカプカンにしか向いていないのだ。

しかし、
肝心なカプカン自身は年が経過していくたびに口数は減っていき、必要最低限のことしか口にしなくなってきた。

…俺って、もう要らないのか…?

タチャンカの精神はめっぽう強い方ではあったのだ。

しかし、カプカンの煮え切らない態度にその強さは崩れかけていた。

(…もし、もう一度俺の気持ちを伝えて駄目なら諦めるしかねーよな、アイツのためにも)

タチャンカは覚悟を決めていた。

 


***

その日の夜。

タチャンカは部屋でカプカンが任務から部屋に戻るのを待っていた。

(…これで最後だ、これで俺の思いが伝わらないのなら。…もう、俺は諦めるんだ)

出会って、
生活を共にして、
そして惚れ込んだ男は、自分が命を助けた男で………。

不安と、なんとも言えない気持ちばかりが心を覆いつくす。

 

 

そんな気持ちで、
カプカンの帰りを待っていた時だ。

部屋のドアが開き、待ち人が帰って来た。

「…おかえり、カプカン」

タチャンカはいつもより暗く、それがバレないようにカプカンへ笑顔を向ける。

すると、何かを悟ったのかカプカンはタチャンカを引き寄せて熱を測る。

「…ただいま、あんたがそんな暗いなんて珍しいな。体調悪いのか?」

(~…っ!!この鈍感!!)

タチャンカの中で、何かが大きく崩れ去る。

 

 

「馬鹿野郎っ…、そんな近くに寄るな!襲っちまうぞ…?!」

引き寄せられた身体を離し、
カプカンを近くのベッドへ思いきり押し倒す。

「おい、いきなり何すんだっ……」

「…お前は俺の気持ちを知ってていつもいつも煮え切らない態度をとってんだろ?!そんな態度取られるくらいならいっそのこと、思いきり拒絶してくれよ……。俺はお前と初めて出会って25年、片時もお前を忘れたことなんかねーんだ、カプカンが心から好きなんだ………!!」

カプカンに向けられる瞳はいつものタチャンカの瞳なんかよりもいっそう深い色をしていた。

タチャンカの身体の下で、カプカンは少しびっくりした表情を浮かべやがて口を開いた。

「あんたは何か勘違いをしてはいないか?」

「…え、勘違い?!」

カプカンはふーっと深いため息をつき、真っ直ぐとタチャンカを見上げた。

「タチャンカ、あんたは毎日俺に好きだの愛してるだの…やたらと言葉を投げてくるよな?」

「…そりゃ、お前が好きだから」

「俺はそんなこと誰にも言われたことが無いんだよ…、家族に捨てられほぼ天涯孤独に近い状態で生きて来たんだからな……」

「で、でもお前は言ったよな。『
俺はあんたをそんな目で見れないから』って…」

タチャンカの言葉にカプカンは自分の顔を覆うように手で顔を隠す。

「今から25年前、あんたに出会っていなかったら俺は生きてなかったんだぞ、命の恩人であるあんたになんかとっくに俺は…………」

 


「惚れちまってるに、決まってんだろ?!一人で暴走すんなこの野郎……っ!」

 

 

(…嘘、だよな…………?)

タチャンカは自身の耳を疑ってしまう。

そしてもう一度、カプカンに尋ねてしまう。

「…俺と同じ気持ちだって、ことなんだよな?…自惚れていいのか?」

「…自惚れる必要なんてないだろ」

タチャンカの口許には、今までにはないくらいの笑みが浮かんでいたのだった。

「良かった、お前が同じ気持ちじゃなかったら俺はカプカン、お前から離れようって実は決めていたんだ」

「そんなの許さんぞ、俺はあんた以外に思ったことなんてないし、欲情だってしたことないぞ…っ!」

 

 

(…うん、欲情…?)

カプカンの言葉を聞いたタチャンカは、彼の耳許で深く囁いた。

「…俺のこと考えて、一人で慰めてたのか…?」

「黙れよ…」

タチャンカはにこにこしながらカプカンの首もとに舌を這わす。

「じゃあこれからは遠慮しないで抱かせてもらうから覚悟しろよな?」

 

 

「…もう、俺の敗けだ…」

タチャンカの背中にカプカンは腕をまわす。

やがて深い口づけと共に、身体を重ねるようにベッドへと沈んで行ったのだった………。

 

 

***

(…良かった、俺だけじゃなかったんだ)

身体を重ねた余韻を感じながら、隣で眠るカプカンの頭をそっと撫でて抱き締める。

…10年越し、いやそれ以上の期間を経て手に入れた最愛の人が隣で眠っているこの瞬間こそ、『幸せ』だとタチャンカは感じていた。

「…カプカン、お前が生きていてくれていて良かった。《あの時》出会わなければ、今こうして眠ることなんて無かったんだろうな………」

抱き締められたのに気がついたのか、カプカンは少しだけ瞳を開けタチャンカを見つめる。

「…あんたはいつだって、俺のことばかりだな。少しは自分を大切にしたらどうなんだ」

「…お前が隣にいる限り、俺はな………」

 


「カプカンだけしか見れないし、お前以外を大切になんてできねーよ。…25年来の付き合いだ、それくらい分かれよ?」

「お手上げだ、あんたには敵わんな。…それはこの先も変わらないだろうな」

…手を握り、そっと言葉を呟く。

「…俺の心の在処はずっとあんただけだよ、サーシャ」

 

 

その日初めて二人は共に眠る。

真夜中はカプカンにとっては哀しい記憶ばかりだった。

だけどそれも今日で終わりである。

…大切な温もりが隣にあるから……。

心の在処は、あなたなのだから。

(さようなら、哀しい真夜中…)

寄り添う心は離れることを知らない。

 

2.群青の空に願うのは

 

北欧・フィンランドにカプカンとタチャンカは居た。任務のために極寒の地に派遣された二人は基地の中でホットコーヒーを飲みながら夜の空を見つめた。

「なぁなぁ、俺たちなんでこんな遠い所に居るんだよ〜〜?!早く帰りたい!!帰ってテレビ見たい!」

タチャンカは子どものように口を尖らせて呟いた。レインボー部隊の中でも年長の類に入るのに子どもらしい一面がある男だ。

カプカンはため息をついてタチャンカを見つめた。

「俺たちが居るのは、ロシアの特殊部隊出身で寒い地に耐性があるからだ。恨むなら母国の寒さを恨むといい」

「…冷たい、この基地は空調も悪いしテレビとか娯楽もない。お前と二人とか…」

「俺と二人きりで何か問題があるのか?」

カプカンはタチャンカの目の前に顔を寄せる。唇が触れるか触れないかの絶妙な位置に、タチャンカは顔を赤くした。

「カプカン、お前俺と二人きりで何とも思わんのか?!手を出したくなる俺の気持ちを分かってくれ、頼むから!!」

「あんたはまだまだ青いな、サーシャ」

カプカンはタチャンカの唇に、
自身の薄い唇を軽く乗っけて弄ぶ。
鋭い眼光の男の、深緑の瞳はまるで罠で。

気がつけば、
タチャンカの口内にはカプカンの舌が侵入しているではないか。

(…くっそ、このまま食ってやりてぇ。だけど駄目だ。任務のために来てるここで、こいつを抱きなくなんかはない…)

僅かに揺れる理性。
そして働く自制心がタチャンカの心の中でぐらりと揺れている。

しかし、
カプカンは問答無用で唇を重ねてくる。熱を持つ舌をタチャンカも絡める。

「…んっ…」

声が漏れた所でカプカンはタチャンカの唇から自身の唇を離してニヤリと笑みを浮かべていた。

「これで寒く無いだろう?」

「…馬鹿野郎っ、箍が外れちまう所だった!!ま、可愛いから許してやるけど」

「そうか。…そうだ、あんたに見せたいものがある。外へ出てみないか?」

「はっ?!こんなくっそ寒いのにか?!」

「…いいから、俺について来い」

「ハンター様の言うこと聞いてやるよ、仕方ねぇ…」

二人は厚いコートを羽織り、
基地から外へと歩き出した。

 


「さっみぃ〜〜!!カプカン、お前寒くないのかよ?!」

外へ出ると、夜は更けていて母国のロシア並みに外には冷たい夜風が吹いていた。

タチャンカは傍らに立つカプカンを見つめて身体を震わした。

「俺を見くびるなよタチャンカ。俺は一時期南極にほど近い港町で暮らしていたんだ。このくらいの寒さは慣れている」

「さすがはハンター様、さみぃ。早く基地に帰ろうぜっ…」

ロシア出身の筈のタチャンカは、南極近くで生活をしていたタチャンカと比べると非常に寒さに弱いのだ。

「今ここでしか見れないものを、あんたに見せてやる。空を見上げてみろ」

 

 

群青の空に広がるのは、深緑色の煌々と輝くオーロラだった。母国であるロシアに居た時だって、こんなに美しい風景をみたことがあったのだろうか。

 

 

タチャンカを連れてカプカンは外に出てあるものを見せたがっていた。

 


「帰りたいなんて言わせないぞ、見れてる今この時は、中々ない。俺とあんたは運が良い」

「マジかよ?!っすっげー!!こんなに綺麗なもの見たのは初めてだ…」

先ほどまで、
寒さに文句を言っていたタチャンカは、寒さを忘れてしまうほど空に見惚れていた。

 

 

 


「あんたに見せたくて、見れるタイミングを前から調べていた」

カプカンはぼそりと、小さく聞こえないくらいに呟いた。

「ありがとうな。こんなつまんない任務の最終日が、一気に最高になっちまった。なぁ、カプカン」

タチャンカはオーロラと同じ瞳を持つ、カプカンをまじまじと見つめていた。

「…?なんだ?」

普段なら鋭い視線で自分を見るカプカンも、この空の下では穏やかな表情を浮かべている。

タチャンカはカプカンをそっと抱き寄せて、彼の耳元でゆっくりと囁いた。

 

 

「この先もお前が隣に居てくれればそれでいい。大好きなお前が隣にいて笑っていてくれたらそれで俺は充分なんだ。それ以上の幸せはいらねぇ。そんな風に今思ってる」

 

 

真面目な声音で思いを囁いたタチャンカを、カプカンも強く強く抱きしめ返す。

外は寒いのに、
お互いの体温が徐々に上がっていく。

 

 

「…悪いが、俺もあんたと同じ気持ちなんだ。ずっとずっと、俺を側に置いおけ。後悔はさせないぞ、サーシャ」

 

 

「…ったく、お前は最高だよ。世界でただ一人のлюбовник…」

 


二人は濃厚な群青の空を共に見つめて天を仰いだ。この空に願った思いは決して褪せることは無いだろう。

この思いを成就させるため、
二人は互いに手を重ねて視線をぶつける。やがて、唇に体温が降りてくるのに時間はかからなかったのだ。

 

3.【対照的silhouette】

 

 

side...glaz

 

 

最近、同僚を見て思うことが幾つかある。

(…カプカンって、素っ気ないよな。タチャンカとかフューズと話してる時は比較的普通なのに。俺、何かしたのか?)

俺はスペツナズの四人の中では一番歳下で、どちらかというと末っ子体質なのを自覚しているからタチャンカやフューズは良く俺を気にかけてくれる。

しかし、カプカンだけは俺が何か聞いたり話しかけたりしても『自分で何とかしろ』と冷たくあしらって終わりだ。

…正直、カプカンは苦手だ。

ベスラン占拠事件で無傷で生還したエリートというのは知ってはいるし、本人が悪い人間じゃないと言うのも分かってはいる。

だけど俺だけに冷たいのが、正直八つ当たりされてるようにしか見えないから、悪い所が有るならはっきり言ってくれればいいと思う。

そんな風に思っている俺に、転機とも言える出来事が起こった。

 


「部屋替え?…またいきなりだな」

「たまには違う奴と相部屋になって親交を深めた方が良いと思ってな!くじ作って来たから皆引けよ〜」

『部屋替え』を提案して来たのは、スペツナズ最年長のタチャンカだ。

スペツナズの宿舎は二人一部屋の相部屋だ。基本的にはずっと同じ人と部隊を辞めるまでは相部屋だがタチャンカは何かと上に顔が効くようだ。

俺は歳が比較的近いフューズと今は同室だ。フューズは無口だけど、根は優しいから困ったりした時に相談に乗ってくれる良き兄のような存在だ。

「グラズが心配だが、まぁ良いだろう。タチャンカ、引いてもいいか?」

フューズがタチャンカに聞くと、彼はニコニコしながらくじを引くように促した。

引いたくじをフューズが見ると、そこにはタチャンカの手書きで「★」が書かれていた。

「…俺は★だったが、俺と同じくじを引いた奴は居るか?」

「あ、俺同じだ!フューズと相部屋とか初めてか?宜しくな」

…何と、タチャンカとフューズが相部屋になってしまった以上、俺とカプカンが相部屋になる事が100%来まってしまったのだ。

「グラズとカプカンは相部屋決まりだな!喧嘩すんなよー、グラズもカプカンあまり怒らすなよ?こいつ怒ると色んな意味で恐いから」

「…タチャンカ、余計なことを言うんじゃない。フューズ、タチャンカは喧しいかと思うが宜しく頼んだ。そしてグラズ…」

鋭い眼光が俺の方へと向けられる。

「…せいぜい迷惑をかけるなよ?悪いが俺は他の二人と違ってお前を甘やかすつもりは無いからな。グラズ、返事は?」

「あ、あぁ。分かってる…」

…果たして俺の生活はどうなってしまうのだろうか。

 

 

***

 

 

部屋の入れ替え作業が終わり、今日から俺は苦手なカプカンと共に相部屋で生活をすることになった。

(…男しかいないのに、整頓されすぎじゃないか?フューズは工具散らかしていたし、俺も画材置いていたから部屋汚かったけど。カプカン、綺麗好きなのか?)

二人分の棚とベッド、机が置かれている部屋を見渡せばカプカンのスペースには無駄が無い。

整理整頓されている棚にはカプカンの趣味であろう罠作りの道具がキチンと並べられていて、綺麗好きだと思わせる所が幾つか見受けられた。

「…あの人、綺麗好きなんだな」
「何してるんだグラズ」

綺麗に整頓されていたスペースを見つめていたら、風呂から戻ったカプカンが真後ろに立っていた。

「あ、あんた意外に綺麗好きなんだな。びっくりしただけだ、他は何とも思ってはいない」

「…そうか。悪いが俺は前にも言ったけどお前を甘やかすつもりは無いからな。ちゃんと自分のことは自分でやれ。…あと、10分程部屋から出て行ってくれないか」

「…は?!ちょ、ちょっと待ってくれ…」

カプカンは俺を一瞥し、部屋の外に俺を追い出してしまう。

 

 

部屋の外に追い出された俺はドアの前でポツンと一人立っていた。フューズと同室だった時には無かった色んな感情が渦巻いた。

「…もう、前の部屋に戻りたいっ…ぐすっ…」

瞳から涙が零れそうになるのを堪えて居れば、たまたまタチャンカが部屋に戻る途中なのか俺を見かけて声をかけてきた。

「グラズ、どうした?」

「〜〜…タチャンカ、カプカンが俺を部屋から追い出したんだ。何もしてないのに。…部屋、前の部屋に戻りたいよ…っ、ぐすっ…」

「アイツ、ちゃんと話してねぇのか。グラズ、少し俺の話聞いてくれるか?」

「…あ、あぁ…」

俺はタチャンカと部屋の前で体育座りをしながら部屋の外にいた。タチャンカは俺の頭をがしがしと強く撫でながら話を始めた。

 

 

「グラズ、まず聞くけどさカプカンのことどう思う?アイツ、目つき鋭いし言葉キツイし。恐いだろう?」

俺が思っていたことをタチャンカはまるで見透かしているかのように当てて行く。

「あんたもフューズも、俺が歳下だからフォローしてくれたりとか相談乗ってくれたりとかしてくれてるだろう?だけどカプカンはいつも素っ気ないんだ…」

「…なるほどな。俺が前カプカンと同室だった時にも同じことがあったんだよ。理由も分からず、俺も部屋を追い出されたりしたんだ。だけど後から追い出した理由本人から聞いて、納得しちまったんだ。理由、何だと思う?」

色々な考えが頭を過ぎったが、自身で納得出来る理由が見つからなかった。

「…俺には分からない。何だったんだ?あんたを追い出した理由は…」

タチャンカは俺の瞳を見つめて小さな微笑みを浮かべて呟いた。

「カプカンはな、小さな頃それは貧しい家庭で産まれ育って来た奴でさ。アイツ、三兄弟の長男坊でそれはもう、下の兄弟や家族は自分の命よりも大切にしてる奴なんだ。部隊内では『冷酷』とか『恐い』とかってイメージしか持たれてないけど、本当は部隊内で一番優しい奴だよ。カプカンはな。今だって、実家に仕送りしてるみたいだし、部屋を追い出したのも実家の兄弟たちとの電話聞かれたくないからさ。だからグラズ、お前も歩み寄ってやってくれな?」

初めて聞いた一面、
初めて知ってしまったカプカンの一面に頭が追いついて行かない。

…俺はきっと、何も知らなかったし、知ろうともしなかったから誤解してしまったんだ。

「…タチャンカ、俺カプカンと仲良くなれるように頑張る。本当に話聞いてくれてありがとう」

瞳に浮かんでいた涙を拭いながら、何だか安心してしまった俺は笑顔を浮かべていた。

すると、追い出された部屋のドアが開きカプカンが唖然とした表情を俺とタチャンカに向けてくる。

「…タチャンカ、グラズを泣かしたのか。説教されたいのかあんたは」

「違うんだ、タチャンカは悪くない!俺が部屋から追い出されたのびっくりして、たまたま目の前に通りがかったタチャンカが話を聞いてくれたりとか、あとはあんたが冷たい理由とか。色々話してくれたりしたんだ。だから、タチャンカを怒らないでくれ…っ!」

必死に弁解をしていたんだろう。

カプカンは深い溜め息をついて、やがてタチャンカに「…迷惑をかけたな」と一言だけ言葉を呟いて、俺の腕を掴んで部屋へ戻る。

 

 

「グラズ、済まなかった」

部屋のドアを閉めてカプカンが椅子に座るように促してきたのでつられて俺も席に付く。

「何であんたが謝るんだよ。俺、あんたのこと何も知らなくて…。カプカン、俺誤解してた。タチャンカから色々聞いたけど家族思いだってこととか、さっき追い出したのも家族と電話していたんだろう?…俺たち仲間だろう、これからは歩み寄るから…その、仲良くして欲しい」

声が震えた居たんだろう。

カプカンは瞳を細めて、俺を見つめてくる。その視線は今までに無いくらい穏やかで優しい視線だった。

「…不器用なお前は本当に俺の弟と姿が重なって見えてしまう。必要以上に歩み寄って来れないように壁だって作ったけどそれも必要ないよな。…グラズ」

カプカンは手を差し出して握手を求めてくる。

「これからしばらく同室だと思うが、何だ。…困ったことが有るならちゃんと相談しろ。独りで抱え込む程辛いことは無いからな」

求められた握手に俺もつられて手を差し出して温もりを交わす。

「…ありがとう、宜しくなー・・・」

『優しい奴だよ、あいつは』

タチャンカの言葉が頭の中でふと浮かんで消えた。あぁ、あんたのおかげで気がつけた。

心のわだかまりは溶けて無くなっていった。これからきっと、キラキラした新しい毎日が始まるんだという気持ちが温かくじわりと心の中へ浸透していった。

 

 

 


side...Kapkan

 

 

部隊内で一番歳下の、末っ子気質な奴が相部屋になってから約半年。お互いに知らないことが多かった時期もあったが今はある程度の距離を保ちながら、生活を送ることが出来るようになったのだ。

グラズはスペツナズの中で一番歳下だし、天然な少し世間知らずな面だってあるが生活を共にする中で様々な一面を俺は知って行った。

俺とグラズの部屋は二人一部屋の相部屋だが無駄な物を置かない為か、比較的スペースには余裕があった。

俺もグラズも基本的には自分の時間、そして俺に限っては家族に連絡する時間を大切にすることもあり、あまりお互いに干渉をしない。

…一つ驚いたこと。

それはグラズの趣味だ。

 


「まだ寝ないのか?…もう夜中だぞ、いくら明日が非番でも夜更かしは良くないだろう?」

「あー…、今日は月が綺麗だから絵を描くのには持って来いの日なんだが駄目か?」

「お前、絵を描くのか…?」

「あぁ、俺の唯一の趣味なんだ。あんたの眠りの邪魔になるなら描くのをやめるが…」

『絵を描くグラズ』という姿に俺は興味を持ってしまう。

「いや、構わん。好きにすればいいさ」

「ありがとう」

…ん?こんなにこいつの笑顔って可愛いかったか?

グラズが俺の目を見て笑顔で「ありがとう」なんて言って来るもんだから、その笑顔の眩しさが何処か故郷の弟たちと重なって見える。

 

 

グラズはスケッチブックを取り出して絵を描いていく。そんなグラズの横顏は限りなく彫刻に近い端正な顔立ちだった。

…綺麗な顔立ちだな。

ふと、出来心で俺はベッドに座って絵を描くグラズの背後から腕を回す。
グラズの匂いと体温は何処か安心する気がしてならない。

「ちょっと絵が描きにくいんだが…、何か有ったのか?」

「お前の体温は心地良い。あとは匂いも側に有れば落ち着く。グラズ、くっついていても良いか?」

「…構わないけど、邪魔はしないでね」

「あぁ…」

分かっている。
自覚するのが恐いんだ、心の奥底でずっとずっと前から秘めていた気持ちが今にも溢れそうで恐いんだ。

楽しそうに絵を描くグラズは本当に幸せに満ち溢れた表情を浮かべていたし、『この気持ち』を口にしてしまったらきっとお前は気持ち悪がるだろうな。

「よし描けた!…カプカン、どうしたんだ?さっきからずっと黙ってるけど。具合悪いなら先に寝た方が…」

「…お前、一番最初俺のこと苦手だっただろう?俺がお前に対してわざと冷たくしてた本当の理由、タチャンカから聞いたことあるか?」

「…いや、無いな。確かに最初はあんたの冷たい所苦手だったけど本当は優しい人だってことも聞いたし、半年一緒に暮らして来てあんたが優しいこと俺は良く分かったけど。それ以外に理由が?」

グラズの青い瞳は何処までも無垢であり穢れなどがない、まるで宝石のような色をしていた。

 

 

「…最初は『本当の俺』を見られたくなくて冷たくしてた。俺は成り上りでここまで上り詰めて来たからな。だけど本当はずっとずっとグラズ、お前のこと…」

青い瞳は僅かに動揺で揺れる。

「…可愛い奴だって思ってた。自覚したくなかったんだ、この歳まで俺はずっと家族の為に働いていたから誰かを想って幸せになりたいと思ったことがなかった。だけどお前と過ごしていくうちに幸せになりたいと思えるようになった。つまりは…」

背後から抱きしめる力を強めて一言地呟いた。

「グラズ、好きなんだー・・・」

今ようやく口にした思いを聞いたであろうグラズは顔を赤くしながら呟いた。

「…俺はつまらない人間だ。あんたが思うほど心は広くないし、好きになったら自分だけを見て欲しくて堪らなくなる。それでもカプカン、あんたは俺を好きでいてくれる?」

…答えなんて、最初から決まっている。

手を重ねて、ぎゅっと握りしめた。

「…あぁ、当たり前だろう?『惚れた弱み』って奴だ。最初は本当に弟に重ねて見てたけど気がついたら可愛いと想っていた俺の負けなんだー・・・」

俺が重ねた手にグラズの手の体温がじわりと重なっていく。

「答えをあげるから、目を瞑って?」
「…あ、あぁ…」

目を閉じて待てば、唇にはグラズの温もりが直に伝わってくる。形の良い薄い唇に口付けされれば、気持ちはたまったもんじゃない。

 


「…俺の答え、分かってくれた?カプカン、俺もあんたの優しい所とか家族思いな所。半年近く隣で見て来て『良いな』と想ってた。気がついたら惹かれていたよ」

「…っ、そうか…」

今度は真正面から抱きしめれば、
グラズの口からははっとした息が漏れ出てくる。

「…今日は一緒に寝てくれるか?嬉しいんだ、本当にお前が好きだと答えを返してくれたことが、たまらなく嬉しい…」

「うん、俺も同じ気持ちだよ、カプカン…」

 

 

この日の夜、俺は初めて心から想っていた人間と眠りを共にした。横で眠る歳下の恋人を頭を撫でて、瞳の下に口付けを施した。

「…おやすみ、グラズ」

温もりと幸せを抱きながら俺は瞳を閉じた。明日も明後日も、お前の笑顔が見れるようにと小さく祈りを捧げながらー・・・

 

4.『青が君らしく煌めくとき』

 

 

冬の冷たい空気も、
朝の静かな風景も、
すべてサマルカンドの青い街並みの中に静かに溶けていく。

「…グラズ、起きたのか?」

共にフューズの母国であるウズベキスタンサマルカンドにグラズは来ていた。里帰りをするというフューズにグラズはスケッチブックと色鉛筆、そして僅かな荷物を持って付いて来ていたのだ。

「うん、おはよう。フューズ」
「あぁ、おはよう」

二人は少しばかりの有給を共に過ごしている。フューズが一人で暮らしていたアパートはそのままの状態であり、二人はそこで寝泊りをしていた。

「今日はどこに行きたい?朝ごはん食べたらお前が行きたいところに連れて行ってやる」

台所で眠たそうな瞳を開きながらフューズの話をグラズは聞いていた。グラズの瞳は透き通ったブルー。まるで宝石のようだ。

「うん、そうだなぁ…。絵を描きたいからサマルカンドの青いモスクを見たい。良いか?」
「…いいよ、お前が行きたいところに行こう。グラズ」
「うん…」

フューズは慣れた手付きで台所で朝食の用意をしていく。一人暮らしが長かったフューズは料理が得意のようだ。

グラズはそんなフューズの広い背中が大好きで彼の背中をまじまじと見つめていた。

「グラズ、俺を見つめて楽しいか?」
「ご、ごめん…」
「謝るな、お前に見られるのは悪くない。さて、朝食出来たから食べるだろう?」
「うん、食べる」

フューズはグラズを見つめながらグラズが座る席の前に半熟の目玉焼きとトースト、サラダを並べる。

「半熟の目玉焼きだ…」
「お前はこれじゃないと全部食べないだろう?ずっと昔から変わらないから」
「フューズの作るご飯は美味しいよね…俺はずっと隣で食べたいなぁ…」
「朝から可愛いことを言う。ほら、早く食べよう」
「ん、いただきます…」

二人は共に席につき、朝ごはんを食べ始めた。黙々と過ごすゆったりとした時間こそ、二人にとっての有意義な時間なのだ。

「一人暮らし長いと付き合っていた彼女とか沢山いたでしょう?フューズかっこいいし」
「まぁ、それなりには。だけど今の俺にはグラズだけだ。いや、ずっとお前だけだ…」
「…ムカつく。もっと早くあんたに出会っていたら良かった」

トーストに半熟の目玉焼きを乗せながらグラズはフューズの顔を見つめる。端正な顔立ちが少しだけ嬉しそうなものへと変わっていく。

「俺の方が長生きなんだから仕方ないだろう?ただそう言ってくれるだけで嬉しい。ありがとう」
「そうやって、さり気なく優しい所もムカつく」
「…ムカつくのか?」
「…好きだ」
「嬉しい」

こんな似たようなやり取りをフューズの母国に来てから何回したことか。たまらなく好きな彼と過ごす時間ほど、グラズにとっての有意義な時間はなかった。

 


「今日も美味しかった。ご馳走さま」
「あぁ、食べてくれてありがとう」

食器を片しながらフューズは穏やかに目を細めていく。グラズはフューズの一つ一つの動作や仕草に弱い。

「フューズ、あんたが生まれ育ったこの街は綺麗だよね。…『青の都』と呼ばれているくらいには」
「そうだな、グラズの瞳と同じくらいには綺麗だよ。だからお前をここまで連れてきた。お前の瞳で見たこの街を、絵で描いて欲しくて」

食器を洗い終えたフューズはグラズの隣に腰を下ろして青い瞳を見つめながら手に触れてくる。

「フューズって本当に不器用だよね。あんたのお願いなら聞かないわけないだろ?…描かせて欲しい、あんたが生まれ育ったこの地の風景を…」
「ありがとう」

フューズはグラズにお礼を述べて、そっとグラズの薄い唇に口付けを施していった。

 


冬の風は冷たいが、どこか懐かしい気持ちにさせて行く。フューズとグラズは暖かい服装でサマルカンドの街を歩いていく。

カモフラージュ用のフェイスペイントがされてない状態で街中を歩くのはやはり気恥ずかしい。

グラズは片手にスケッチブックとお気に入りの色鉛筆を持っていた。もう片方の手はフューズの手を握っている。

「寒くないか?」
「うん、大丈夫、ありがとう」

白い息はどれだけこのサマルカンドの地が寒いかを分からせるのには充分だった。

握るフューズの手は無骨でグラズよりも大きくて立派で。グラズはそんな彼の手が好きなのだ。

「本当に俺の母国は綺麗な所ばかりだ、きっとグラズの筆が弾むんだろうな」

どこか楽しそうなフューズ。
まるで自分のことのように話す隣の彼を、グラズが見つめないわけなんてなくて…。

「フューズは何で自分のことのように楽しそうに話すんだ?」
「大事な奴のことを話して悪いのか?」
「無意識…だよな」
「俺はいつだってグラズが一番だ」
「あんたって人は本当にかっこいいんだから」

青いモスクの近くの公園に辿り着き、二人は公園のベンチに腰を落とす。グラズは辺り一面に広がる青い建物に目を輝かせる。

「フューズ、本当にこれは昔からある建物なのか?」
「そうだよ、何年経っても色褪せることのない青が綺麗だよな。なぁ、グラズ。俺は気の利いたことがあまり言えないがこれだけは言える」

フューズはグラズの顔を何とも言えない表情で見つめながらやがて彼の頭を優しく撫でた。

「この街の青はお前の瞳のように青い。グラズ、俺はお前を心から大切に思っているしこれからも隣に居たいと思ってる。だから何年経ったとしても俺の思いは消えないから…な…」

あぁ、不器用でカッコよくて大切なこの人が俺は…。

心から好きで好きでたまらないんだー・・・。

「フューズ、俺はあんたを思ってる。色褪せることのないこのサマルカンドを俺らしい色で描くよ。だからフューズ、あんたも俺の隣にこれからも。自分らしく居てくれ…」

 

 

フューズはふと、今までに見せたことのない微笑みを浮かべてグラズの顔を引き寄せる。

重ねられる唇の熱、
撫でてくる手の大きさ。
全部全部、愛しくてたまらない。

 


「グラズ、お前が隣で居てくれて本当に良かった。俺は俺らしく、これからもお前の隣でお前を思い続けるよ…」

青く透き通る瞳は嬉しそうに細められる。

 


数日後、共にレインボー部隊の宿舎に戻った二人の部屋にはある一枚の絵が飾られていた。

『青い街並み、煌めきは色褪せず。最愛の人へ』

 

5.【赤い跡】

 

 

グラズは目の前に座るカプカンに鋭い視線で睨みつけられていた。大人しいグラズの性格は冷徹で非情なカプカンとはある意味正反対であり、相性も悪かった。

「俺が何をしたって言うんだ?!あんたには口が付いているだろう、俺に言いたいことがあるのなら…」

「お前は本当に何も分かってないんだな、鈍感なガキめ。色気づいて調子に乗っているから痛い目に合うんだ」

カプカンはそういうと何枚かの写真を机の上に投げ捨てるように置き始めるではないか。

机の上に置かれた写真を見ればグラズは言葉を失い唖然とした顔をカプカンに向けて呟いた。

「…俺だ…」

カプカンが差し出した写真に写るのは、自分自身の姿ばかり。プライベートで出掛けている写真や、任務帰りのラフな姿、絵を描いている姿など多数に渡る。

グラズの背筋には冷や汗がたらりと流れていく。最近、やたらと物が無くなったり視線を感じていたことを思い出したのだ。

(…あぁ、これで合点が行く…)

ストーカーされていたのだ。

「…何であんたが俺の写真なんて持ってるんだ?」

ふと不思議に思ったグラズはカプカンの顔を見つめる。するとカプカンはより鋭い瞳で眉間に皺を寄せながら静かに怒り始めた。

「お前をストーカーしていた奴が内部の女だった。言い値で写真を買えばストーカーを止めると言ったから買い取った。グラズ、お前はもう少し自覚した方がいい。…分からないなら教えてやる」

そういうとカプカンはグラズに近付いて彼を強引にテーブルに押し倒す。ひらりと落ちる写真たちには目もくれず、カプカンはグラズの首に顔を埋めた。

「…ちょっ、何っ…」

「お前は『こういう目』で見られていたんだよ。なぁグラズ、この意味が分かるか?」

カプカンの熱い吐息はグラズの首を掠め、彼の体温を上昇させるのには十分すぎた。グラズはカプカンを睨みつけながら目に涙を浮かべて反論する。

「い、意味が分からない…、何なんだよ!あんた俺が嫌いだからからかってんのか?!ふざけるな、カプカンの馬鹿っ…」

「…お前が嫌いならストーカーしていた女からお前の写真なんて買わないし、豚箱送りにもしない。分からないガキめ。俺はお前が心配なんだ、可愛いお前がな」

カプカンはそういうとグラズの首筋を舌でつぅっと舐めたあとに白い肌に鬱血の跡を残していく。

色白なグラズの首には赤い跡が残っていく。与えられるぞくりとする感覚を覚えたグラズはカプカンを睨みつける。

「離れろっ、このケダモノっ…!」

グラズは顔を真っ赤にしながらカプカンを突き飛ばして涙を拭う。そんな彼の顔を見てカプカンはニタリと微笑んだ。

「…くく、お前って本当に可愛いんだなぁ。グラズ、その跡を見て俺を思い出せ。お前を『そういう目』で見てる男の存在をな…」

そういうとカプカンはグラズを抱き起こし部屋を出て行く。彼の口元に浮かんでいるのは妖しげな笑みだけだった。

赤い跡が残った首を押さえながらグラズは顔を俯かせる。俯いたグラズの顔は今にも蕩けそうなほど真っ赤に熟れていた。

ドミニクさんシリーズ(過去作)

1.【やめてくださいドミニクさん!】

 

 

エコーは誰もいない資料室で、次の作戦に必要な資料を探していた。ホコリっぽい室内には僅かな明かりだけがついており、自分の背よりも高い書棚にその資料は置いてあった。

(…嘘だろう、僕の身長だと届かないじゃないか。脚立も見当たらないし…、どうしよう)

運悪く、携帯も無線機も今は自室に置いて来てしまい、助けを呼ぶ術を今のエコーは持っていなかった。

どうしたら…いいんだろうか。

目に見えない不安と、誰もいないという恐怖心がエコーの心を支配していたのだ。

黒い瞳には涙がジワリと滲んで、視界が歪んでいく。大したことではないのに孤独感に苛まれてしまうエコーは、独りが苦手だった。

「…助けて…ぐすっ…」
「なーに泣いてんだよ」

資料室の外、ひょこっと顔を出して来たのはGSG-9から召集されたドミニク・ブルンスマイヤー。通称・バンディットだ。

バンディットが何故こんな人気のない所に居たのは謎だが、エコーはバンディットの顔を見て安心感で腰を抜かしてしまう。

「….よ、良かった。ぐすっ…、ドミニクさんっ…」

「まったく、お前って奴はほっとけないというか、何というか。とりあえず立てるか?手、掴めよ!」

「は、はい…」

バンディットは座り込んでいるエコーに手を差し出して彼を立たせようとする。エコーは涙を滲ませながらバンディットの手を掴み、ゆっくりと立ち上がる。

「おっと…、大丈夫か?」
「…っ!!ご、ごめんなさい…!」

ふらふらっと立ち上がった瞬間、エコーはバンディットの腕の中に閉じ込められてしまう。そして、口元がやたらと近い。

「謝る必要なんて無いだろう?大丈夫か、エコー」

キスが出来そうな距離まで数cm。
エコーの鼓動は速まるばかりで、バンディットは心配そうに黒い瞳を真っ直ぐと見つめてくる。

「大丈夫っ、大丈夫ですっ…」

バンディットから少し離れて、エコーは息を整える。顔の頬に熱が集まって、彼の顔はまるで林檎のように赤くなっていく。

「なら良いけど。あ、お前どうして泣いてんだ?理由、聞かせろよ」

「別に何でも…」

「ほう、何でも無いならなんで距離を置こうとするんだろうなー…。マサルくーん、俺が誰だか分かっていて嘘を付いてるんだよな?そうだよね?」

ジリジリとバンディットはエコーに近づいていく。後ろには壁しかなく、エコーには逃げ場がない。

「…は、恥ずかしいんですが、本棚の資料が取れなくてっ…、僕の身長じゃ届かなくて。助け呼びたかったけど携帯も無線機も置いて来ちゃって…、だからそれでパニックに…」

「何だよ、そんなことか…。エコー、暴れるなよ?!」

「へっ…?!ちょっと…!!」

エコーの視界が急に変わる。
バンディットがエコーの身体を軽々と持ち上げて抱っこしているではないか。

「資料取れるか?」
「…は、はい!」

今のエコーの鼓動は今までに無いくらい、早く脈を打っていく。

資料に手を伸ばし、目的の物を手に取ればバンディットに降ろしてくれと瞳で懇願する。

「『降ろしてくれ』ってか?お前、軽すぎ!…可愛い奴め」

「…い、意味わからないですっ…!」

エコーはバンディットをとにかく睨むが、彼の瞳は何処か楽しそうに笑っていた。少し身動ぎすれば、バンディットとエコーはバランスを崩して床に倒れ込む。

 

 

「痛っ…、ドミニクさん、大丈夫ですか…?!」

「お前って大胆だよな、そんなに俺が好きなのか?シャイボーイだなぁ…」

「……っ!!う、うぅ…、ぐすっ…」

バランスを崩したせいで、エコーはバンディットを押し倒してしまっていた。そんな体勢のままだからか、はたまたバンディットの意地悪な言葉のせいか、エコーは再び涙をじわりと滲ませてバンディットを見つめた。

「好きじゃ、ないです…っ」

「なら聞くけどさ、何で離れないわけ?嫌いなら離れると思うけど」

「…………っ!!」

エコーはバンディットに聞こえないくらいに小さな声で呟いた。

「もう一回言ってくれないか、俺の顔を見てもう一回。もう意地悪言わないからさ。エコー、お願いだよ」

「ドミニクさんが、好きですっ…、あなたが助けに来てくれた時本当に安心したんです。だからその、軽く持ち上げられたり、必要以上に距離が近くて…っ、僕、パニックになっちゃって。ごめんなさい…っ」

あぁ、これはやばいな。

本当に可愛いと思う奴が近くにいて、こんなにも嬉しいと思ったことはあっただろうか。

「…悪いなエコー、お前が可愛い過ぎるのが悪いんだ。少し我慢してくれな?」

バンディットはそっとエコーに手を伸ばして、彼の顔を引き寄せた。ぷにっと柔らかく触れる唇、角度を変えながら唇を重ねていく。

 

 

「ドミニクっ…さん…?」

バンディットが唇を離せば、エコーはとろんとした瞳と、艶っぽい表情を向ける。

おいおい、俺の理性を食いちぎるつもりか?

「…悪い、お前が可愛くてやり過ぎた。ちょっとだけ抱きしめさせて」

「わ、分かりました…」

そっとエコーはバンディットの胸に耳を傾けた。脈打つ鼓動は自分と同じように速くて。

胸の近く、バンディットの鼻腔をエコーの匂いがくすぐった。温かくて、優しい匂いだ。ずっと、抱きしめていたいほど愛しくなる。そんな気持ちばかりが募っていく。

「エコー、改めて俺と恋人になってくれないか?お前を大切にしたいと心から思った。嫌なら、離していいから」

「ドミニクさんなら、良いです。僕も同じ気持ちだから…。本当にあなたと居ると、僕は僕らしく居られるんです。改めて、よろしくお願いします」

「〜〜…っ、本当にお前って奴は可愛いんだから。もう、絶対に離してやらないから覚悟しろよ?」

「はい、大好きですよ。ドミニクさん…」

二人きりの資料室、温もりと伝わる鼓動が今、ようやく一つに結ばれる。

 

 

 

 

2.【好きにしてくださいドミニクさん!】

 

 

恋人関係になってから約半年。
互いの好きなもの、
互いの嫌いなもの、
互いの大好きなところ。

様々なことをバンディットとエコーは短期間で知っていった。エコーもバンディットも、国籍は違えど大切な絆で結ばれている。

今日も演習が終わり、バンディットの部屋にエコーは泊まりに来ていたのだ。

「…シャワー、ありがとうございます。今日もいっぱい汗かいちゃって…」

「お、おう…、ちゃんと拭かないと風邪引いちゃうぞ」

「…あ、ありがとうございます…」

シャワーを浴びたエコーの髪からはポタリと雫が落ちて行く。バンディットはタオルでエコーの頭を優しく拭いて行く。

ふわりとバンディットの鼻腔をくすぐるのは、エコーが使用したシャンプーの匂いだ。

「どうしましたか…?」
「ちょっとキスさせて」

お風呂上がりのエコーの顔を引き寄せて、バンディットは唇を塞いでしまう。

「…ふ、あっ…」

くちゅりと互いの舌を突き合いながら愛撫していく。エコーの舌は柔らかく、そしてまるでそこが感度だと言わんばかりにバンディットは刺激していく。

舌を絡め合うキスほど、気持ちの良いものをエコーは知らなかった。『全部』が初めてに近い感情だったのだから…。

「…んぁっ…、ドミニクさんっ…」
「…可愛い。本当に可愛いよ」

唇を離せば、とろんとした瞳をエコーはバンディットに向ける。普段よりも潤んでいる瞳、濡れた唇以上にバンディットを刺激するものは存在しなかった。

「エコー、お前が欲しい…。良いか?怖がらせないから」

バンディットはエコーを強く抱きしめながらそっと耳や頬にキスを落としていく。

「…あなたになら…。ドミニクさんにならいいですよ…」

その『言葉』だけでバンディットの僅かな理性はぷつんと音を立てて切れていった。

 

 

***

 

 

「〜〜…ドミ、ニクっ…さんっ…」

耳許で聞こえる甘い声は恋人の声。
そんな甘い声を聞きたいが為に、バンディットはエコーの『中』をゆっくりと掻き回す。

「マサルくん、ぐちゃぐちゃだな。分かるか、俺の指が何本入ってるか…」

「や、やだっ…、分からない、僕っ…」

受け入れる側が痛くならないように。一緒に感じたいし、バンディットはエコーを大切にしたかったから丹念に解していく。

涙を浮かべるエコーの耳許で、バンディットはボソリと低い声で意地悪を囁いた。

「『2本』も入ってるぜ、いやらしい。…早く俺と繋がりたいって言ってるみたいだ」

一気に耳や頬が真っ赤に染まっていく。林檎のようなエコーは瞳いっぱいに涙を浮かべていた。

「い、意地悪はやだぁ…っ、ぐすっ…、ドミニクさんっ、僕が嫌い…ですかっ…」

(…嫌いなわけ無いだろう、バカ)

今のは相当、『腰』に来た。

エコーの瞳に溜まった涙をバンディットは指で拭って首筋を甘く噛んでいく。

「…お前と繋がりたいんだ、エコー…」

バンディットは普段、年相応の『余裕』というものを浮かべている。だけどエコーの前ではそんな『余裕』を見せることが出来なかった。

「好きなんだっ、お前が…欲しい、挿れても良いか…?」

余裕のないバンディットの表情を見たエコーは胸がぎゅっとなる感覚を覚える。

「…来て…、お願い…」
「…ありがとうっ…、息、止めるなよ?」

スキンを身に付けたバンディットは、エコーの自身に昂りを押し当ててゆっくりと侵入していく。

「んっ、苦しっ…、ドミニクさんっ、キスしたいっ…」

バンディットを受け入れながら、苦しげな表情を見せるエコーの気を紛らわせる為にバンディットはエコーの唇に優しいキスをする。

「っ…、お前の中温かい、エコー…ありがとっ…」
「…ひゃっ、は、あっ…ドミニクさん、好き…、大好きっ…」

腰をゆっくりと揺さぶりながらバンディットはエコーの中の温もりに腰を持って行かれそうになる。

エコーはだんだん痛みより、バンディットを受け入れている幸福感と与えられる刺激に溺れていく。

「エコーっ…、気持ち良いか…?」

腰を動かしながらバンディットはエコーの頬に手を伸ばす。エコーは恥ずかしそうに、だけどどこか幸せそうな笑みを浮かべていた。

「…あっ…、ん、気持ち良いっ…、もう…分からないですっ…、ドミニクさん僕、もう限界っ…」

「一緒に…達しようなっ、くっ、んっ…」

共に限界を迎えた二人はお互いの顔を引き寄せてゆっくりと唇を重ねていったのだった…。

***

「無理させたよな…、ごめん」
「ううん、あなたと繋がれて幸せだった。だから謝らないで下さい、ドミニクさん」

二人は付きあって初めて互いに身体を重ね合わせた。お互いに男を相手にしたことはなく。…だけれど、お互いが惹かれあっているからこそ結ばれた『今』がある。

二人で共にベッドで横になれば、エコーはそっとバンディットの手に自身の指を絡めて呟いた。

「…僕は女の子みたいに胸なんて無いし、声だって低いのに…。ドミニクさんはその、萎えなかったんですか…?」

「好きな奴を抱いて、気持ち良くなってるんだから萎えるわけない。…寧ろエコー、お前可愛い過ぎるんだよ。初めてに見えないくらい可愛かった。その何だ、幸せだよ」

バンディットはエコーの手を握り返して、エコーの頭を優しく撫でてやる。

「…嬉しいです…、僕は今まで誰にも関心なんて持てなくてずっと独りだった。だけど…あなたに出会えて人を好きになる事を知れたんです…。ドミニクさん」

エコーはちゅっとバンディットの頬に口付けを施した。

「…僕を見つけてくれてありがとう、あなたを愛してます」

…そんな可愛いことを言うのはズルいだろう、まったく…

バンディットはぎゅーっとエコーの身体を抱き寄せて彼の温もりを感じていく。

「俺だってお前を…、愛してる」

好きだから、
大好きだから。

『二人の初めて』は幸せに満ち溢れていたのだった。

 

 

 

 

 

3.【許してくださいドミニクさん!】

 

 

「俺が何で怒ってるか分かってるのか?エコー、黙っていたら分からないよな」
「…ご、ごめんなさい…」

部屋に走る空気はピリピリとした空気だ。バンディットは目の前に座るエコーを無機質な黒い瞳で見つめて小さく溜息を吐いた。

バンディットとエコーは恋人同士になってから約一年。その関係は順風満帆に見えるがここ最近、2人はすれ違うことが多かった。

特殊部隊が故に、共に約束をしていても守れるときもあれば、守れないときもあった。

『いいよ、仕方ない』

バンディットはエコーよりも歳上だし、性格も穏やかだから今の今まではずっと我慢してきたのだ。

しかし、エコーはまたバンディットと交わしていた『約束』を破ろうとしていたのだ。

付き合って一年の節目、バンディットとエコーはレインボー部隊の基地に併設されている宿舎から出て、共に住むための家を借りに行くために今日は予定を空けておく約束をしていた。

「エコー、俺と先約あったのにさ。何でお前は他の奴の部屋に入り浸っていたんだ?しかも迎えに行けば楽しそうに笑っていたし。そんなに他の奴が好き?」

「…僕は…、ドミニクさんが好きです…、ごめんなさいっ…」

エコーは昨日の夜から自身のデバイスや機会について、仲間であるミュートやイェーガーと共に熱く語りあってしまっていたのだ。

夜が明けるまで仲間と趣味の話で盛り上がっていたエコーの頭からは、バンディットとの『約束』はすっぽり抜けてしまっていた。

不在着信にメッセージ、どれもエコーを心配するバンディットからだった。

「…俺はいつだってお前を一番に考えて来たし、予定が合わなければ折れて来た。だけど、だけど今日は俺たちにとって大事な日の筈だ。それを忘れるくらい他の奴が好きなら…」

バンディットはエコーの瞳すら見ず、声音は冷たいまま言葉を呟いていく。

「俺よりも『好き』な奴と仲良くしてろよ。もう知らないから、お前なんて…」

初めて聞いた彼の拒絶に、エコーの頭は真っ白になってしまう。やがてバンディットの瞳を見て大粒の涙を瞳いっぱいに浮かべて、バンディットの手を掴む。

「僕が一番好きなのは、…ドミニクさんなんですっ…、軽率なことしちゃったのは謝ります…、だけど最近、ドミニクさんと僕、すれ違いばっかりで。寂しかったんですっ、ぐすっ…」

…あぁ、もう…。

昔の俺なら絶対にこんなことじゃ揺らがないのに。

こんなにも可愛い恋人を泣かせるまで追い詰める俺は最低だよな…。

バンディットはここ最近、エコーの笑顔や楽しそうに話をしている所を見たことがなかった。

「…エコー、ごめん。怒ってごめんな…」

顔を涙で濡らしているエコーの顔を覗き込みながら、バンディットはエコーをぎゅっと抱き締める。

「う、ひっぐ…、ドミニク、さん…僕にはあなたしか居ないんだ…、ごめんなさいっ、ひっく…」

エコーはバンディットの背中に腕を回しながら、声と身体を震わして謝罪の言葉を口にする。

「俺も他の奴に妬いて大人気無かった。最近すれ違いばっかでろくにエコー、お前を笑顔にすることすら出来なかったのに。俺の方がお前に謝らないと。ごめんな」

「うっ、うぅ…、大丈夫です、ドミニクさん…」

エコーは抱き締められながら、落ち着くまで涙をバンディットの腕の中で流し続けていたのだった。

 

 

 

 

 

「…落ち着いたか?」
「はい…、すいません…」

2人は初めての『喧嘩』をした後、晴れて仲直りをしたのだが肝心の『約束』を、2人して忘れてしまっていた。

バンディットは思い出したかのようにテーブルの引き出しから書類と、一つの鍵をエコーの前に差し出した。

「…これは…」
「サプライズかな…、一緒に決めたかったけど我慢出来なかった。エコー、俺と一緒に宿舎を出て共に暮らしてくれるか?」

本当は今日、一緒に物件を探す予定だったが実は事前にバンディットが家を借りて居たのだ。

「僕、ドミニクさんの側にこれからも居ていいんですか…」

「当たり前だろう、それともお前は俺と居たくは無いのか?」

バンディットの黒い瞳には穏やかな色が戻っていて、エコーを優しく見つめていた。

「一緒に居たいです…、でも僕はドミニクさんよりも朝弱いですが大丈夫ですか?」

…心配なの、そこかよ?

ふ、可愛い奴め…

「…じゃあ俺の隣で毎日眠れば解決だよな。エコーの寝顔見れるならそれ以上の幸せはない」

「〜〜…っ!!恥ずかしいです、でも幸せな朝が大好きなあなたと迎えられるのなら僕はドミニクさん、あなたと暮らしたい」

「じゃあ決まりだな」

少しだけすれ違いをしてしまった2人。

だけれどお互いがお互いを想っているからこそ、これから2人は生活を共にしていくのだ。

 

 

 

 

4.【幸せですかドミニクさん!】

ドミニクさんが選んでくれた新居は二人で住むには十分すぎるくらいに広くて綺麗なマンションだった。

引っ越しも落ち着いて、新居で過ごす初めての夜。

僕が台所に立って夕飯の支度をしていれば、ドミニクさんが僕を後ろから抱き締めてくる。

「ド、ドミニクさん?!」

「んー?どうしたの優」

「抱きしめられたままじゃ料理しにくいんですが…」

「大丈夫大丈夫、気にせず続けろ。優くん今日の夕飯はなんだろう」

「ひ、引っ越し蕎麦です!日本から持って来た奴がまだあるから。ドミニクさん、もう少しで出来るからリビングで待っててください!」

「はいはい!そんな顔赤くすんなって、かーわいーなー、優は」

「っ…!もう、ドミニクさんの馬鹿」

「待ってるね」

「…ん」

宿舎暮らしだった頃もこんな風に背後から抱きしめられてドキドキしていた事を僕は思い出した。

***

二人分の引っ越し蕎麦を並べればドミニクさんは目を輝かせながら手を合わせる。

「美味しそう」

「伸びないうちに食べちゃいましょうか」

「おう、いただきます」

「いただきます」

温かい蕎麦を啜れば、日本がどこか恋しい気がしてくる。

どこか懐かしい、そんな気持ちだ。

「ドミニクさんの口に合いますか?」

「初めて食べたけど美味しい、優、ありがとう」

「っ…!ドミニクさんに喜んで貰えるならいくらだって夕飯作ります」

「毎日はさすがに負担だから、そこは交代でやろうぜ?俺も料理は出来るしな。家事も一人でやるんじゃなくて、きちんと分担しような?二人で暮らすんだから」

「はい、そうですね…!ドミニクさんがそこまで考えてくれてるなんて、僕びっくりしてます。同居する家も探してくれて、僕はドミニクさんに感謝しかないです」

本当に心のそう思えたから僕はドミニクさんの顔を真っ直ぐ見つめて思いを呟いた。

ドミニクさんも僕を見て笑顔を浮かべて反応してくれた。

「俺も優、お前と恋人同士になって一緒に暮らせるこの瞬間が本当に幸せだよ。身に余る幸せだし、これからもこんな俺を好きでいて欲しい。大好きだよ、世界で一人の優」

…もう、ドミニクさんはズルすぎる。

たくさんの幸せを貰っているのは僕の方なのに。

「ドミニクさん、僕に出会えて幸せですか?」

「今までで一番幸せだ」

「この先も、ずっとずっと僕と居てくれますか?」

「当たり前だろう?」

「隣で寝てくれますか?」

「朝の弱い優を起こすのは俺だけの役目だろう?今日の夜も、明日の朝も、隣でお前の寝顔を見ていいのは俺だけだ」

「…ドミニクさん、愛してます」

「うん、俺も同じ気持ちだ」

こんなにも僕を好きで居てくれるあなたに出会えて本当に幸せだよ。

ありがとう、ドミニクさん。

これからも、こんな僕をよろしくね?

ルークとドクの話(過去作まとめ)

 

1.stim・pistol


『嫌だ、目を開けてくれっ………』

目の前の大切な人の顔色は真っ白になっていく。

(…私はまた、救えないのか…)

敵の銃弾に倒れた彼は軍医であるドクの大切な恋人である………。

 


***

 


「………っ、夢か…………」

ベッドから飛び起きると、ドクの額には冷や汗が滲み出ていた。

ベッドから出て、冷蔵庫にあるミネラルウォーターを一口飲み込む。

(やたらと嫌な過去を見るようになったな…)

ここ最近、ドクは夢で必ず過去の記憶を見るようになっていた。

(…今はこうして、君だって元気に隣で眠っているのだから、忘れたっていいのに……)

ベッドに戻ると、隣で眠る恋人は穏やかな寝息を立てていた。

「…ルーク………」

彼に抱きつくようにドクは再び布団に潜り込み、眠りに落ちていく。

 

 

***

『私がレインボー部隊に…?』

上官であるモンターニュはドクを真剣な瞳で見据えていた。

『あぁ、君の医療に対する知識とそれに劣らない戦闘のスキル、そして医師としての素質が評価されたんだ。…各国の先鋭が集まる部隊に招集されたんだ、どうする?』

(…沢山の命を救えるのなら、答えなんて……)

答えなんて、1つしか無かった。

『私が力になれることなら、行かせてほしい。…しかし、他には誰が居るんですか?』

『…私以外には、トゥイッチとルークがいるが。…ドク、君は防衛専門の作戦に就くことになるだろう。ルークと組んで仕事を十分にこなすといい』

『はい、必ず任務をこなしてまいります』

ドクはそういうと、モンターニュの前を後にした。

 

 

***

(…ルークって…、確か入隊してまもない若い隊員だったよな…)

ふと、基地の中を歩きながら考えていた時だった。

…………ドンっ…………!!

人とぶつかってしまったのか、ドクは尻餅をついて座り込んでしまった。

『…すいませんっ…!大丈夫ですか?!』

透き通る心地良い声が、手と共に差し出された。

『済まない、私こそよそ見をしてしまっていたよ…』

手を掴み、立ち上がったドクは声の持ち主を見つめた。

(…綺麗な瞳だな)

青い瞳は穢れを知らないような、まるでサファイアのような輝きを秘めていて、見とれてしまったのだ。

『俺、まだこの基地に来たばかりで…。名前はルークというコードネームで呼ばれてます。…あなたは?』

(…この人が、ルークか……)

モンターニュから聞いていたルークと言う名前でピンときたのだ。

自分と今度から組んで任務をこなす彼とこんな形で会うとは。

ルークの瞳をじっと見つめ、ドクは穏やかな瞳で微笑んだ。

『私はドクだ、この軍で軍医として従軍している。君も聞いているとは思うが、今度からレインボー部隊で君と組むことになっているんだ。宜しく頼む』

手を差し伸べると、ルークは人好きのする品の良い笑顔を浮かべて手を握り返す。

『…あなたがドクか、やはり話に聞いていた通り穏やかな方なんだな。…宜しくお願い致します』

それが二人の出会いの始まりだった。

 

 

***

二人が出会ってから気が合うようになるまで、そう時間はかからなかった。

毎日こなしていく任務や、日常生活の中、ドクの心の中ではルークの存在が大きくなっていたのだ。

(あぁ、私は君が………)

………好きなんだ………。

出会ってから半年余りが経ち、ドクはルークに対して恋心を抱くようになっていた。

それをさらに『自覚』させる出来事が起こってしまう。

 


『今日も疲れたね、ドク』

『ルーク、君は本当に頑張っているね、お疲れさま』

『…あなたに誉められると、なんだか敵わない気持ちでいっぱいになるな…』

恥ずかしそうにするルークをドクは可愛いな、と思いながら見つめていた。

ここはロッカーで、今はドクとルークの二人しかこの空間には居ないのだ。

横で着替えているルークを、横目でドクはチラッと見てしまう。

(…バランスの良い、体格だ…)

細くも無く、また筋肉が程好く付いているルークの身体を見て、ドクは思ってしまった。

……この腕に抱かれてみたい……。

(邪な気持ちなんて、駄目だろ…。私はあくまでも軍医なんだ。…それ以上でも、それ以下でもないじゃないか)

必死に気持ちを押し殺そうとするドクを、ルークは心配そうな声音で話しかけた。

『顔色が悪いようだよ、大丈夫?』

心配そうな表情で覗き込んでくるルークの顔は、思っていたよりもドクの近くにあった。

『………だ、大丈夫……』

いつもは冷静なドクは少し言葉を濁らせ、なんとか言葉を返した。

 

 

着替えを手早く終わらせ、さっさとロッカーから出たくて仕方なかったドクは早足でロッカーを後にしようとした。

……その時だ。

ルークはドクの手を掴み、引き止める。

『顔色が悪いあなたを一人で帰らせられない、送っていく』

その言葉にドクはすぐに頷くことが出来なかった。

『…いや、大丈夫だ』

『駄目、あなたを一人になんか出来ないよ 』

『…しかし…』

『自宅は何処?』

『…基地の近くだ』

『じゃあ、俺もわりと近いから一緒に歩いて帰ろう…。文句は言わせないよ』

『…分かった…』

ドクはルークに手を掴まれたまま、ロッカーを後にした。

 

 

***

 

 

基地の近くの道を、二人は無言で歩いていた。

(手を離してはくれないのか………)

ずっと手を掴まれたまま歩いていることにルークは気付いていないようである。

 

 

しばらくして、信号で止まっているときにようやく気がついたルークは慌てて手を離す。

『…ご、ごめん……。気持ち悪かった?』

離れてしまった熱を少し寂しそうに見て、ドクは静かに微笑んだ。

『大丈夫だよ、別に気持ち悪いなんて全く思ってないから…』

(むしろ、ずっと繋いでいたかったくらいなのに…)

口には決して出せないけど…。

こっそりと言葉を付け足した。

信号が変わり、再び二人は歩き出す。

手は繋いではいないけど、並んで歩き始める。

 

 

ドクの家の近くは非常に道が狭かった。

ルークは白線の内側、ドクは外側を歩いていた。

(相変わらず、危ない道だよな)

歩きながらそう思っていた時だった。

『……危ない……っ!!』

ぐっ、と腕を引かれ気がつけばルークの腕に中にドクは居た。

『ドク、大丈夫?…車にぶつかりそうだったから…』

抱き締められるドクは、ルークの腕の中でしばらく動けずに居たのだ。

(…嘘だろ、なんで抱き締められてるんだ……)

頭の中と、今起きている現実が追い付かない。

ルークの腕の中は自分よりも鍛えられた腕の筋肉と、温かい鼓動で満たされていた。

 


『…ルーク……、もう大丈夫だから』

そう呟くと、ルークはほっとした様子でドクを見つめ、安心した表情を浮かべた。

『良かった…、あなたに何か有ったら俺は……………』

そこでルークは言葉を止めてしまう。

『今、なんて………??』

『何でもない…』

『…言葉の続き、聞かせてくれないのか?』

ルークの腕から離れ、ドクは腕を掴み早歩きで進みだす。

『ど、どこに行くつもり…?!』

『私の家、すぐそこだから…。頼む、私は君に伝えなくちゃいけないことがあるんだ…』

掴まれた腕を振り払うことなど、ルークには出来なかったのだ。

…必死過ぎるドクがあまりにも可愛く思えてしまったから。

 

 

***

ドクは自宅に着き、早々に勢いよくルークをソファに押し倒してしまう。

『…ちょ、ドク…?』

『…ずっとずっと、君が好きだった…』

開口一番、ドクの声は震えていた。

『え………、それは《同僚》としてってこと?』

『それだったら、こんなことするはずがないだろう……、私は初めて君に会ったときは君の瞳に見とれていた。…だけどだんだん《ルーク》という一人の人間に恋心を抱いてしまったんだ。…嫌なら今すぐここで拒絶してくれて構わない』

今までに見たことの無いドクの必死な表情を、ルークは見上げてゆっくりと自身の腕に抱き寄せる。

 

 

『いつも冷静で穏やかなあなたがそんな風にみてくれて居たなんて、正直びっくりしてるんだ…』

『…ルーク、良いんだ。君には拒絶する権利が…』

言葉を言いかけたところでルークはドクの唇に、自身の唇を重ねた。

『ドク、最後まで俺の気持ちを聞いてくれる…?』

『…………??』

唇を離し、呆然としているドクにルークは笑いかける。

『俺も同じ気持ちだよ、ドク。…いや、俺はあなたを入隊前から知っていた。『穏やかで誰にでも優しい軍医』と名高いあなたのことがずっと気になっていたんだ。…まさか、レインボー部隊で一緒になれるなんて夢にも思わなかった。…そして…』

 


『《ずっと好きだった》って言って貰えて嬉しくない男がどこにいるのか教えて欲しいくらいだよ。俺はね、あなたに何かあったら耐えられないくらい、大事に思ってる……』

そんな真摯な思いを、真っ直ぐと伝えられたドクの瞳からはポロリと涙が零れ落ちる。

『…私は優しくなんてないし、穏やかでなんかずっと居られるほど良い性格なんかじゃない。…だけど君がそんな風に思ってくれていたなんて…』

ドクは泣きながら、穏やかで優しい笑顔をルークに向けた。

 


『…ルーク、君の隣に並んでもいいのか?』

ルークはドクの涙を指で拭いながらぎゅっと強く抱き締めた。

『当たり前だよ、ドク…。あなた以外考えられないし、考えたくなんかない。…好きだ、ドク』

深く心地良い声はドクの耳許にじわりと溶けて消えて行く。

『…私もだよ、ルーク……』

唇を深く深く重ね、そして二人分の体重がソファを深く沈めていった。

 

 

***

 

 

同僚から恋人になり、約一年が過ぎようとしていた。

二人の関係は順風満帆であった。

 


いつものように基地の医務室でドクは軍医としての仕事を、ルークは新人隊員たちの指導へ当たっていた。

(…ふぅ、今日は早めに帰ろうかな。ルークが泊まりに来るんだろうし)

最近、ルークはよくドクの自宅へ泊まりに来ることが多くなってきた。

ルークへ一緒に住むことを何度か提案をしていたが、ルークはもう少し待っててと断るばかりであった。

(…別に構わないけど…)

そんなことをぼんやり考えていると、基地内で緊急放送が流れてきたのだ。

『緊急事態だ、レインボー部隊所属隊員は大至急、ホールへ来るように…!!繰り返す、緊急事態だ、レインボー部隊……』

ドクはその放送を聞き、何が起こっているのか一瞬分からなかったが、すぐさま白衣を脱ぎ武装をして拳銃をホルスターに差す。

…除細動器と治療道具を一緒に持ちながら。

(…何が起きてるんだ…?!)

ドクは医務室から急いで出ていった。

 

 

***

ホールへ向かうと、そこにはレインボー部隊に招集されているモンターニュ、トゥイッチ、そしてルークが集まっていた。

『…何が起きてるんだ?!』

ドクが訪ねるとモンターニュは深刻そうな表情を浮かべた。

『基地の隣にある建物に、テロリストが人質を取って立て籠っているんだ。…くそ、私が居ながら…』

モンターニュは唇を噛みながら悔しそうな声で呟いた。

『…モンターニュ、今は人質の安否とテロリストの殲滅が優先だ。…突入の許可を』

心配そうな表情をしつつ、トゥイッチはモンターニュの指示をあおぐ。

モンターニュは意を決したように頷いた。

『そうだな、私とトゥイッチで道を切り開く。…ルークとドク、お前たちは人質の救出と怪我を負っていたら治療を。…出来るな?』

『…了解だ、モンターニュ』

四人の先鋭たちはテロリストが立て籠る建物へと向かっていった。

 

 

***

(…なかなか、手強い…)

ドクとルークは確実に敵の足を止めながら人質が居るであろう部屋へ向かっていった。

限りのある銃弾を使いながら、敵を倒し進んでいく。

そんな時だ。

ルークはドクをなんとも言えない表情で見つめて、言葉を漏らした。

『…ドク、この危険な任務が無事終わったら…』

 


『…一緒に暮らして欲しいんだ、駄目かな…?』

『…ルーク…』

『答えは後で、ゆっくり聞かせてほしい。…今は、敵を殲滅して人質を倒すことが優先だ』

『そうだな…』

二人はそれから無言で建物の中を進んでいく。

 

 

たどり着いた、一番奥の部屋には人質がテープで口と手を拘束されていた。

(…なんて酷いことをするんだ…)

ドクは背中をルークに預け、周りに敵がいないことを確認して人質の救出を急いだ。

『…怪我は無いようだな、良かった …』

人質を抱え、部屋を出て安堵した瞬間だった。

……乾いた発砲音が木霊する ………。

 

 

『…怪我は、無いか…っ』

ルークはドクと人質を庇うかのようにして、その場に倒れる。

『…ルーク…?!』

覆い被さってくるルークの身体からは大量の出血が確認できた。

『…は、やく、逃げろ……』

『君を置いてなんか逃げられるか?!』

ドクは人質を守りながらルークを起こそうとする。

しかし、ルークはそれを拒絶するかのように手を振り払う。

『…あなたの役目は、人命を尊重することだろ…?! 早く逃げろ……っ!!』

(…ルーク ………、駄目だ………)

ドクは拳銃を構えながら人質を抱え、味方が待ち構えるポイントまで走り抜ける。

ルークはその背中を見つめながら、口許にゆっくりと笑みを浮かべた。

『…また…ね、ドク………愛してる』

 

 

…視界はだんだん暗くなる。

やがて、瞳は事切れたように閉じられていった。

 

 

***

 

 

ドクは仲間のいるポイントまで無事たどり着き、人質を回収した。

(…ルークは無事なのか…)

人質を救出した今、ルークの安否だけがドクの心の中を占めていたのだ。

すると、モンターニュからの無線がドクの耳に入ってきた。

『…ドク、人質は無事か?』

『あぁ、大丈夫だ………』

『こちらも、テロリスト全員の殲滅を確認した。…怪我はしていないか?』

『問題ない…』

『…ルークを発見した…』

 

 

ドクはモンターニュの言葉に息を飲み込む。

『ルーク、ルークは無事なのか…?

モンターニュは一瞬間をおき、そして信じられないことを口走る。

『…息が無いんだ………、何度も何度も心臓マッサージをしても………』

その言葉に、ドクは自身の顔から血の気が一気に引くのを感じた。

『……今すぐに行く、モンターニュ、場所を………』

 

 

モンターニュに言われた場所へドクは走りだした。

 

 

 


『…モンターニュ、ルークは……?!』

ドクは着いた途端、ルークの居場所を問うた。

するとモンターニュは真っ直ぐと指を差した。

『…あそこで他の仲間が必死にマッサージをしているんだ…だけど、目も開けない…。もう、諦めた方が……』

『…彼をまだ殺さないでくれ、私が代わりに見る……!!』

ドクは目を覚まさないルークの胸に除細動器をあて電気ショックを流す。

(…頼む、お願いだ………)

電気を流し、身体だけはその振動で揺れるが目を覚まさない。

何度も何度もドクは神に祈った。

(…私からルークを奪わないで、お願いだ………)

そして何回ショックを与えても、目を覚まさないルークの青白くなった顔を見て、ドクは遂に言いはなった。

『嫌だ、目を開けてくれっ………!!私を置いて逝くなんて、そんなの許さない………!』

ドクはボロボロと糸が切れたようにルークの顔に涙を溢す。

ひたすら心臓マッサージを繰り返し、ドクがルークの胸に耳を当てた時だ。

…トクン、トクン………

脈打つ心音が戻ってきたのだ。

 

 

(…ルーク、良かった………)

そして、ゆっくりとルークは目を覚ます。

『ドク…、泣いてるの?』

『…君が居なくなると思ってしまった……』

『ははっ…、まだ死ねないよ。…あなたが俺の隣から居なくなるまでは………』

『…馬鹿………!!』

 


モンターニュも近くへやって来て、ルークは緊急手術をするためにヘリで病院まで運ばれたのだ。

とにかく、ドクの顔には安堵と徒労がありありと浮かんでいたのだった。

 

 

***

ルークが意識を取り戻し、一般病棟へ移れるようになったのは作戦から約一ヶ月後の話だった。

(…今日から面会可能なのか……)

ドクはルークに会うために病室の近くまでやってきた。

そして 『ある話』をするために、覚悟を決めてきたのだ。

(…君ならきっと分かってくれるかな…)

緊張した赴きで病室をノックする。

『どうぞ…』

ドアの向こう側からは聞きなれた愛しい声が返ってくる。

『…すまない、私だ』

ドクが病室に入ると、ルークの表情は明るくこどものような表情に変わっていく。

『ありがとう、忙しいのに…。久しぶりだね、ちゃんとご飯食べてる?』

ルークはドクに座るように促し、そっと手を握る。

『…いや、私は……』

ここ最近、ドクは食事はおろか睡眠すらまともに取れていない状態だったのだ。

そのため、以前よりも体重は落ちてしまっていた。

それを察したルークは深くため息をついた。

『…あなたは自分を責めているんだよね?』

『…当たり前じゃないか …』

『俺はね、あなたを一ミリたりとも責めてなんかいない。…むしろ、助けてくれたことに感謝しているのに……。お願いだ、泣かないでほしい』

(…そんな風に言われたら…、私は…)

 


ドクの瞳からは止めどなく涙が溢れる。

『私は1回、部隊から降りることにしたんだ…………』

『…なんでそこまで…!?』

涙を吹きながら、ドクは言葉を続ける。

『君を守れなかった。それ以上に部隊で君以外の怪我人を多く助けることが出来なかった。……より部隊の仲間を助けられるように考えるために、レインボー部隊からは一度降りさせて貰うことにしたんだ。 …何、GIGNからは去らないよ?…大丈夫だよ』

ルークは強く強く黙ってドクを抱き締めた。

 

 

 


『…あなたが決めたことだから、俺は反対なんかしない。またレインボー部隊に絶対に戻って来てくれるのか?』

 

 

『あぁ、約束する』

ドクもルークを強く強く抱き締め返した。

 

 

 


そして、ドクは病院を後にして歩き出す。

(…君を失いたくないが為に私は油断してしまった、だから次はそんなことがないように…………)

明るく照らす太陽をゆっくりと見上げた。

 

 

***

ドクはそれから毎日、研究へ没頭するようになる。

二度と仲間が倒れないように、
二度と涙を溢さないように。

(…もう少しで出来るんだ、仲間を救うための、私だけの………)

改良に改良を重ねたそのアイテムを『スティムピストル』とドクは名前を名付けたのだ。

遠い所にいる仲間に打ち込めば、約75%の体力まで回復させるための治療器具だ。

(もう、これで仲間が傷つくことも怪我を心配することもないだろう……)

ルークのことがあったからこそ、ドクはこのアイテムを開発し、実用化に進めることができるようになったのだ。

 

 

***

ルークが退院して、ドクもようやくスティムピストルの開発が落ち着いてきたある日曜日。

ドクの自宅にルークは泊まりに来ていた。

(…久しぶり、なんだよな…)

実に3ヶ月ぶりくらいにドクの部屋にルークはいた。

早く抱き締めて、キスして、求めて欲しい………。

そんな邪な気持ちがドクの心を縛っていた。

悶々としていると、ルークはドクをゆっくりとベッドへ押し倒す。

 

 

『ルーク………?』

『誘ってるよね、いいよ。俺も早くあなたが欲しい…』

そんなことを言われ、ドクの耳は赤く染まっていく。

耳を甘く噛まれ、なぞるように舌で愛撫されてしまう。

『んっ…、ルーク……』

甘い声が口から漏れて、出てしまう。

『…可愛い、あなたを早く感じたい…』

『私も………ルーク、君の熱が欲しい…』

『煽ったのはあなただ………』

ドクの瞳とルークの視線がぶつかり合う。

 

 

そして手を伸ばせば、ゆっくりと愛しい人の熱が降りてくる。

 

 

***

 

 

激しく求めあってしまった余韻を感じながら、ルークはドクを抱いたまま目を瞑っていた。

『幸せ、生きてて良かった』

『…私の台詞だよ、君が居なくならなくて良かった。本当にありがとう…』

二人は互いに感謝を述べ合う。

『…そう言えば、いつから暮らそうか?』

ルークはドクに小さな声で訪ねるとドクは少し考え込み、嬉しそうに呟いた。

『私はいつでもいい。君と居れるならなんだって…』

『じゃあ、早速明日から一緒に暮らそうか?《おはよう》、《おやすみ》、《愛してる》って毎日伝えてあげるから…覚悟してね?』

ルークはドクの家に越してくるようだ。

ドクは嬉しそうに微笑み、再びベッドの中でルークをたくさんたくさん求めてしまった。

 

 

***

二度寝から目を覚めると、時刻は昼の12時。

キッチンからは温かい紅茶の薫りが漂う。

(…なんだか、長い夢を見ていたな。いや、あれは過去の出来事か……)

頭はたくさんの睡眠を取ったのですっきりと冴えていた。

「ドク、おはよう」

柔らかい声がドクの鼓膜を揺らす。

「ルーク、おはよう」

起きたら唇を重ね、抱き締め合う。

それは二人の日課になっている。

ドクとルークはテーブルにつき、向かい合って座る。

ルークの淹れた紅茶を飲みながらそっとドクは呟いた。

「夢を見ていたよ、懐かしい思い出を見たんだ」

「どんな思い出?」

「…君が私を守ってくれて、死にかけていて、それでそれがきっかけでスティムピストルを作った時のことを…」

「随分前の話だよね」

ルークは少し笑いながら聞いてくれていた。

「…確かに時間は流れてはいるけれど、本当にルーク。君が居なければ、今の私は居なかった。…毎日、幸せをありがとう…」

ドクの言葉にルークは少しだけ青い瞳を揺らした。

「それは俺の台詞だよ…、健気でいつも俺だけをみてくれて本当にありがとう。…ずっと隣に居てください……」

「…あぁ、もちろんだ …」

二人は暫くお互いを見つめ合い、やがて笑顔を浮かべる。

この先には輝く未来と、二人の幸せが待っている。

 

 

2.唇に消える夜

 

「ルーク、愛しているよ…」

「…っ、ドクっ……」

唇から漏れる熱い吐息、それは私と君を繋げる唯一無二の【思い】だった。

 


「可愛いな、ルーク…」

「…や、止めてくれっ…!」

「君の可愛い声を聞いて、私が止めるかと思うのか?…それは何かの冗談だ」

「あなたは…、いつからそんなに意地悪なんだ。…いつもの優しいあなたは何処に……っ!」

「私だって男だよ、ルーク」

「…んっ、くっ……」

深夜2時過ぎ。ルークが寝静まったと思い込み、私は彼の首もとに顔を埋めたことからこの行為は始まったのだ。

普段、身体を重ねて求め合うとき。いつもなら私の身体を好きに触り、そして好きに求めるルークが少しだけズルいと思ってしまった私は、彼の身体をいつもとは逆の立場で抱いてしまおうと目論んだ。

唇をゆっくりと這わせ、舌で首筋や耳を弄ぶとルークの唇からは可愛い声が漏れて、私の心と理性をぐらりと揺さぶってきた。

そして気がついたら私はルークを襲っていて、今この手で抱こうとしていたのだ。

「…ふふ、少しだけ興奮しているんだね?」

「…やめてくれ、これ以上あなたに触られたら俺は…っ!」

「止めないよ、ルーク。今夜は君を抱き殺すって決めたから。楽になりたいのかな、だったら私が楽にしてあげるよ」

ルークの昂りは質量を増していて、今にもはぜてしまいそうだったのだ。私は彼の履く寝巻きのズボンと下着を下ろし、今にもはぜそうな昂りを口に含んでしまう。

「…や、やだっ…。あなたの高潔さを…っ、汚したくない!」

口に含んだ昂りを私は舌でチロチロと弄ぶ。その舌の動きに合わせてルークの口からは甘い吐息と喘ぎ声が漏れているではないか。

口に含みながら手で優しく愛撫してあげると、ますますルークの口からは甘い声が漏れて出る。

「ふっ、ぅ、ん、ドクっ……出るっ…!」

 


口の中にはルークの味が広がっている。不思議と愛しているルークの味だから何とも思わなかった。

ルークは私が飲み干した姿を見て、ぎゅっと強く私を抱き締めてくる。その力は今までに無いくらいの強い強い力だった。

「…ドクっ……、悪いけど逆転だ。俺の理性が我慢の限界だっ…!」

「な、何をっ……」

「俺があなたを抱き殺してあげるよ、何度もね?」

…あぁ、私は結局君にいつもいつも抱かれて快楽に沈められて啼いてしまうんだ。

「…いいよ、ルーク。私を快楽に沈めて啼かせて酷くして」

ルークは私を再び強く抱き締めて、そして唇を重ねてくる。熱い舌を絡められるたびに私の頭はぼうっと快楽に霞んでいく。

唇は何度も何度も重ねたせいで腫れぼったくなり、そして絡められる舌も触れるだけで甘い痺れが下半身を疼かせる。

 

 

「…ドク、あなたのもこんなに大きくなってるよ?触ってあげる」

ルークは私の昂りにゆっくりと手を伸ばし、そして丁度良い力加減で擦ってくる。

「あ、っ、駄目っ…」

「駄目じゃない、【気持ちいい】でしょ?ドク…、愛してる」

「うっ、あ、やぁ……」

ルークの心地良い声と、余裕のない瞳が私を達しさせるのには十分過ぎて。

…彼が好きで好きで仕方なかった。その気持ちと快楽がごちゃ混ぜになって私は一度ルークの手の中に自身の精を吐き出した。

「相変わらずたくさん出したね、俺のドク」

青い瞳は私の視線とぶつかり、やがてその色はいつも以上に熱と欲を映し出していた。

「…君が【愛してる】なんて言うから……」

「これからもっと気持ち良くさせてあげるから」

ルークはそう言うと棚に置いてあるジェルを手に取り、私の入り口にそれを大量に塗りたくる。

「っ…!冷たいよっ…!」

「ふふ、ゆっくり解してあげるから。じゃないと大切なあなたに痛い思いをさせちゃうでしょ」

「…っぅ、ルークっ……」

「やっぱり普段から俺のを受け入れてくれてるから、すんなり入るね……。早く俺を受け入れて?お願いだよ、ドク」

卑猥な水音が室内に嫌というほど広がっていた。耳を塞ぎたいくらいに音は響いていて、執拗にルークは指で中を解していく。

「…じゃ、じゃあ早く君を私にくれないか……っ?」

「あげるよ、ドク…」

「…っく、苦しいっ…」

「あなたの中、溶けそうなくらいに熱いよっ…」

いつもは付けてくれる避妊具を今日は着用せず、そのままのルークを私は受け入れた。質量は大きく、受け入れるだけで精一杯だった。

「や、んっ…はぁっ、ルークっ……大きい、駄目だ…」

「何が駄目なの?言ってごらん」

「…君の、昂りがっ…大きいっ……!」

「はぁ…。もう~~…、可愛すぎて理性がめちゃくちゃになりそう」

青い瞳は相変わらず熱と欲を映し出していた。それは私の普段知る彼とは別人で、まるで夜に潜む狼のようだった。

「…な、なんで着けてくれないんだっ…」

「何が?」

「…避妊具を、なんで…」

「…あなたが可愛いから、1つになりたいんだ」

「ルークっ……」

「…ドク、あなたが大好きだ。愛してる」

その言葉の後はもう、何も覚えなんていなかった。

何度も何度も愛を囁かれては中で熱を放たれたこの夜は二度と忘れることは無いだろう。

 

 

***

また朝はやってきて、カーテンからは温かい日差しが入り込んできた。

目を開ければ、昨日の激しい情事の名残が鈍痛として甦る。そして隣にはスヤスヤと寝息を立てて眠るルークがいた。

「…まったく、私は君より歳が離れているんだから」

傍らに眠るルークの頭を少しだけふわりと撫でて、顔を見つめた。眠る姿は子どもみたいで可愛いのに、夜は狼のように私を貪ってくる。

こんなにも、こんなにも惹かれて愛して愛されるのは初めてで。とてもとても心の中にはジワリと温かい気持ちが流れ込んできた。

「ドク、おはよう」

「…ルーク、おはよう」

布団の中でルークは寝返りをうち、私をぎゅっと抱き締めてくる。まるで離してはくれないように力強く。

「昨日はその……、ごめんなさい…」

「…あ、謝らなくていい。私は君と1つになれて充分幸せだった。ただ私は君よりも歳上だから…その、身体が辛いかも…」

「…うん、俺も幸せだったよ。ドク、あなたと夜に身体を重ねて同じ布団で朝を迎えて。そしてこれからも。言葉を交わせるこの幸せを……」

 


「俺と歩んでくれますか?」

「…もちろんだよ、ジュリアン…」

君と重ねた夜、そして迎える朝は私にとっての最高の。

…幸せなんだ……。

唇を重ねて、心地良い日差しに私たちは身を委ねていった。

 

 

3.【ご褒美は糖度高めの××××で】

 

 

「んー…、分からない…」

「何を悩んでいるんだ?」

「あ、ドク!実は昇級試験の問題で分からない所があって…」

「どれ、見せてくれ」

今、ルークとドクの二人は基地の資料室で昇級試験の勉強に励んでいたのだ。勤勉で予習が済んでいるドクは、ルークに試験問題の分からない所を教えていた。

(…やっぱりドクは優しいし、穏やかで…。可愛い…)

自分の恋人が一生懸命分からない所を教えてくれる姿を見て、ルークの頭の中は試験よりもドクのことで沢山になってしまう。

口元に少し笑みを浮かべいると、
ドクのブラウンの瞳がルークを少しだけ睨んでくる。

「こーら、今は仕事中だ。私の顔を見ずにテキスト見なさい。公私混同は禁止だ」

「あ、ごめん…。あまりにも一生懸命教えてくれるから嬉しくて」

「君が昇級試験受かってくれないと私が困る。悪いが厳しく指導するようにモンターニュから言われているからね。…さあ、集中して」

「はい」

ルークはドクから視線を外してテキストに目線を向ける。

(….早く終わらせるんだ…)

時間だけがゆっくりと過ぎていく。

 


***

 

 

「ドク、テキスト終わったから採点してもらっても良いかな?」

「はい、じゃあ見せて貰おうかな」

資料室に半日近く篭り、ルークとドクは勉強に集中していた。ドクに限っては試験に出る部分をほとんど暗記していたので、ルークの指導にあたっていた。

ドクはルークからテキストを受け取り、採点するために問題集をパラパラとめくって行く。

(…あれ、ドクって…)

ルークは問題集をめくるドクを見つめた。真剣に採点しようとしているドクはルークの視線に気がつき、困った表情を浮かべた。

「…そんなに見られると困る…」

「ご、ごめんっ…!ドクが眼鏡かけてるの初めて見たから…、その、ちょっとびっくりしただけ…」

問題集を見つめていたドクは眼鏡をかけていた。仕事中は基本的に裸眼だし、初めて見た知的な姿にルークは少しばかり戸惑ったのだ。

「…最近、少しばかり視力が落ちてしまったんだ。別に眼鏡くらい私だってかける」

「そ、そうだね。ごめん、採点お願いします…」

ドクはルークから視線を外して問題集を食い入るように見つめて採点を開始して行く。

(…仕事中じゃ無ければ、抱きしめてしまいたいくらい、今のドクは可愛い。とてつもなく可愛くて堪らないんだが…)

黙々と採点しているドクの近くでルークは悶々と考えてしまう。眼鏡をかけているドクは本当に大人で知的な人に見えて仕方ないのだから。

問題集を見つめるブラウンの瞳と真剣な表情。

どれもルークにとって、可愛いとしか思えない所ばかりだった。

(…本当に自分よりも10歳以上離れてるのかな…)

ルークはドクをちらちらと見つめてはため息をつく。抑えようのない気持ちが悟られてしまってもおかしくはないのだ。

10歳以上離れている恋人は、正直可愛い過ぎる。

そんな様子を見たドクは問題集を閉じてルークの近くへと近寄ってきた。

「…ド、ドク…?!」

「…全く君は、『待て』も出来ないのか?」

ブラウンの瞳がルークの顔の近くに近寄って、眼鏡がルークの顔にカシャン、と小さく音を立ててぶつかる。

「ん…っ」

ドクが自らルークに唇を重ねて来たではないか。

(…俺の理性を食い潰すつもりなのか?ドク、あなたは本当に…)

…色っぽい、と小さく心の中で呟いた。しかしそれがルークの口から言葉として出ることは無かった。

「…んぅっ…、ルークっ…」

熱を持つ舌と舌が絡まる、濡れた情欲の音だけが資料室に響き渡る。

 


やがて唇を離せば、
ドクはルークを見つめて艶めいた笑みを浮かべた。

「…テキストは合格。ふふっ、ルークは集中すると凄いんだから。普段からの任務でも自分を律して頑張って」

「仕事中、公私混同するなと言ったのはあなたじゃないか、ドク。あなたはどこまで俺を…」

「仕方がないだろう、私はモンターニュに厳しく君を指導するように頼まれていたんだから。私はいつだってルーク、君に口づけや愛を囁いて欲しいと思ってるんだ。眼鏡だって…君が似合うと言ってくれたからコンタクトにしないでかけてるんだからね」

ルークはドクの言葉を聞いて僅かばかり古い記憶を思い出す。

(…確かに、似合うと言ったことはあるかもしれない。だけど付き合う前の話だよな…?!)

まだ同僚だったころ、
ルークはドクの眼鏡姿を一回だけ見たことがあったのだ。その時にルークは『似合う』と言ったことがあることを、今思い出す。

「あなたは記憶力が良いんだな…、そんな付き合う前のこと覚えていてくれるなんて…」

ルークはドクの腕を強く引き、彼を強く自身の身体に閉じ込めしまう。

「…ルーク?」

「…大好きだ、ドク…」

大好きなドクの身体を強く強くルークは掻き抱いた。

「…ご褒美をくれないか?テキスト合格したから、その、あなたを…」

「試験に合格したら、好きなだけ…」

ドクは抱きしめられたまま、ルークの唇に人差し指を当てて柔らかく微笑んだ。

「あなたには敵わない。今は口づけだけで我慢するよ…」

「ちゃんと合格してくれないと『ご褒美』は無いから、ね?」

「分かってる…」

ルークは深く深くドクの唇を奪って言葉を塞いだ。

今は唇だけ。

甘く甘く、妖艶な軍医の唇を奪っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

*おまけ*

【ご褒美は糖度高めの軍医さま】

 

 

「〜〜…っ、ルークっ、やぁっ…」

「嫌じゃないだろう、ドクっ…」

「意地悪っ…、ルークの、意地悪っ…!!」

今二人は、久方ぶりの情欲に身を沈めていた。昇級試験が終わり、結果が出たご褒美として今こんな状態になっているのだ。

昇級試験は無事二人とも合格し、穏やかな日が続いているように思えていた。

しかし、
試験勉強に集中するためルークもドクも、キス以上のことはせずに欲求をふつふつと押さえ込んでいた。

そして休みが重なった瞬間、ルークはドクを捕まえて1日部屋から出さないつもりでいたのだ。

「『気持ちいい』って言ってごらん?…っほら、言わないとイカせてあげないから」

ルークはドクの中に自身の押し進めて何度も腰を打ちつけていた。しかし、ドク自身の根元をギュッと押さえ込み出せないようにしていたのだ。

耳元でルークが低く甘美な声で囁けば、ドクはルークを締め付けて情欲の沼へと引きづり込ませようとする。

「…っんっ…、る、ルーク、気持ちいいから、イキたっ…イカせて…」

「…はい、合格」

ルークはドク自身の根元の押さえ込みを解放してあけだのだ。そしてルークの手にきつく握り込まれたそれから欲が放たれるのに時間はかからなかった。

「っ、ドク、俺もうっ…」

「…いいよっ、頂戴っ…?」

「くっっ…んっ、ドク、愛してる…」

「私もっ、君を…っ…」

ドクの言葉は最後まで紡がれることはなかった。

ルークはドク自身の中に熱を解き放つ。

やがて二人は幸せと微睡みに身を任せていった。

 

 

 


「…ごめん、ドク。無茶させたよね?」

次の日の朝。

朝一でルークは隣で起きていたドクに謝罪の言葉を述べた。

しかしドクはルークの頬にちゅっと口づけをしてぎゅっと抱きついた。

「いいよ、私は幸せだから…。それにご褒美は私って約束だったじゃないか…」

 

 

(…神様、可愛い恋人と巡り会わせてくれてありがとうございます…)

ルークはドクを抱きしめながら巡り会えたことに感謝をした。

「俺も今、あなたと共にいれて幸せだ」

ルークはドクに柔らかい笑みを向けた。

砂糖菓子のように甘い恋人と共にする休みの日の熱が恋しくなってしまうルークとドクであった。

 

4.【好きって言ってもいい?】

 

 

男二人きりの休憩室で流れるのは沈黙。

GIGNの若き兵士、ジュリアン・ニザンは目の前で読書に勤しむ軍医、ギュスターヴ・カテヴを見つめて何度目の溜息をついたことだろうか。

「…男と二人きり、しかもクリスマスなのに夜勤なんて嫌だって言いたいのかな?」

「別に何とも思っていませんよ、嫌味ったらしいことを言わないで欲しいですね。ドクター?」

ギュスターヴはペラペラと本を捲りながらジュリアンには目線もくれなかった。

ジュリアンが溜息をついている理由は他ならぬギュスターヴの存在があったからだ。

(何で、何でこんなイベントの時に片思いの人と二人きりなんだ。辛すぎるっ…!)

ジュリアンは長年、ギュスターヴに片思いをしていて告白してきた女性を振っていたのだ。

『あなたが好きです』

簡単に言えれば良かったのに、なかなか素直になれない年齢のジュリアンは、事あるごとにギュスターヴへ反抗的な態度を取っていた。

(本当は好きで好きでたまらないのに…)

また溜息。

何回目か分からない溜息に、ついにギュスターヴは読んでいた本を机に投げ置くように放り投げた。

「…そんなに、そんなに私が嫌いならこの部屋から出ていくよ。君もその方がいいだろう?」

震える語尾、ブラウンの瞳には僅かばかりの涙が浮かんでいた。

「…ちょ、ちょっと待ってくださいっ…!」

出て行こうとしたギュスターヴの腕を掴んだ瞬間。

二人がいた休憩室の明かりが消えてしまったではないか。

(停電か?…まったく、ついてなさ過ぎるだろ?!)

スマホのライトならあるから、ちょっと…」

机に置いてあるスマホを取ろうとジュリアンがギュスターヴから離れようとした時だ。

「嫌だっ、一人にしないでっ…!」

必死にしがみついてくるギュスターヴがそこにはいた。

部屋が真っ暗だから何とも言えないが、声音から震えているのか分かる。

「大丈夫ですか?」

「暗いのが駄目なんだ…、嫌だとは思うけど少し近くに居てくれないか」

スマホを取りに行くのをやめて、ジュリアンはギュスターヴの側にいることにした。

身体がガタガタと震えている。

…まるで何かに怯えるかのように。

(…抱き締めて欲しいなら、そう言えばいいのに)

ギュスターヴの震える身体をジュリアンはそっと抱き寄せた。

「…な、何を…」

「暗闇が苦手なんですよね?…過去に何があったかは聞きません。だけど、俺を頼ってくれてもいいんじゃないですか?」

震える身体を優しく抱き締めながらジュリアンは小さく呟いた。

ギュスターヴは消え入りそうなくらい小さな声で囁いた。

「君は私が嫌いなんだろう?だから何回も溜息をついていたんじゃないのか?」

「…嫌いだったら、俺はあなたをこの暗い部屋に一人ぼっちにさせてます」

「…じゃあ、好きなの?」

もう、言ってしまおうか。

 


「あなたが好きです、ギュスターヴ。ずっとずっと好きだった。夜勤の日、あなたと二人きりになるのが辛かった。片思いの人と二人きりなんて、俺にとっては生殺しです…」

その言葉を聞いたギュスターヴはそっとジュリアンの唇に自身の唇を重ねて行く。

 


「…私も、君が好きだよ。嫌味ったらしいことを言って居たのはそうだな。君ともっと会話をしたかったから。ごめん。久しぶりなんだ、人を好きになることが」

なんだ、両思いじゃないか。

部屋が真っ暗だから互いの顔なんて見えないけれど、きっと今、自身の顔はにやけているに違いない。

気がつけば部屋の電気が付き始め、両思いになったばかりの二人は顔を見渡して照れくさそうに笑みを交わした。

「…ジュリアン、夜勤が終わったら私の家に来ないか?少しばかり遅いクリスマス、一緒に祝杯を上げないか?…ようやく両思いになれたから。図々しいかな」

「良いんですか?俺、多分あなたを食べちゃうかもしれない。…震えるあなたが可愛かったから」

「…ふふ、構わないよ。ジュリアン、好きって言ってくれてありがとう」

 

 

 

 

 

 


「私も君が大好き」

 

 

5.【もう一度、恋をしよう】

 

 

「ギュスターヴ…、いい天気だよ」

病室のカーテンを開ければキラキラとした陽の光が清潔な病室を明るく照らす。

ベッドに横になり、虚ろな瞳で天井を見つめるのはギュスターヴ・カテブ。かつてはGIGNの軍医として数多の戦場を駆け抜けた兵士だ。

傍らに座るのは彼の相棒であり、そして人生のパートナーであるジュリアン・ニザンである。

ギュスターヴはゆっくりと身体を起こしてジュリアンの青い瞳を真っ直ぐと見つめた。

「…そうか…」

ブラウンの瞳に浮かぶのは無機質な色、かつての穏やかで優しい彼の姿は何処にもないのだ。

「無理に答えなくていい、あなたの記憶はだんだんと薄れていっているのだから。ギュスターヴ、あなたが生きているだけで十分なんだよ」

ジュリアンはギュスターヴの手を取り儚い微笑みを彼に向ける。ギュスターヴはまだ四〇代前半なのに記憶が薄れていく病気に冒されてしまった。

「君の名前が分からない。もう一度、教えてくれませんか?」

「俺の名前はジュリアン・ニザンだよ、ギュスターヴ。あなたの名前はギュスターヴ・カテブだ。俺にとってあなたは大切な人だよ」

ギュスターヴの手を握りながらジュリアンは彼を見つめる。ギュスターヴはジュリアンの手をゆっくりと握り返しながら窓の外を見た。

「今の季節は…?」

「今は冬だよ、もう少しで春になる。ギュスターヴ、あなたは暖かい春先に咲く花々を育てるのが好きだったんだ。あなたが育てていた花はGIGNのオフィスで育てているよ」

「そう…、私は何も分からないんだ。何が趣味で、何が好きで、何が嫌いだったか。全部全部忘れてしまった。私が生きている意味はなんだ。ジュリアンくん、君は私のことをよく知っているんだよな」

ギュスターヴはより一層、ジュリアンの手を強く強く握り締める。ジュリアンもそれに答えるかのようにしっかりとギュスターヴの手を取って微笑んだ。

「あなたが生きている意味、か…。ギュスターヴ、俺とあなたは恋人同士なんだよ。あなたが全て忘れてしまっていても、俺が全部覚えているよ。俺の為に生きて欲しい。ギュスターヴ、二度と思い出せなくてもいい、俺と『もう一度』、歩んでくれませんか」

ジュリアンの言葉を聞いたギュスターヴは目をゆっくりと瞑り、やがて瞳に涙を浮かべながら口を開く。

「…覚えて居なくても、心が反応するんだ。胸が痛くて、泣きそうになるこの気持ちを私は…、君に対して抱いていたんだと。ジュリアンくん、私は君のことを覚えていないしこの先も思い出す保証なんて何処にもない。だけどもう一度、私と歩んでくれるのか…?」

「…当たり前じゃないか、ギュスターヴ。俺の側にいるのはあなただけで充分なんだ、あなたじゃないと駄目なんだ。俺はあなたが忘れてしまっても、俺自身があなたのことを一生忘れないと心に誓っているよ?だから俺ともう一度、恋をしませんか?」

ジュリアンはギュスターヴの涙を指で拭いながらゆっくりと彼の身体を抱き寄せる。鼓動はゆっくりと、そして確実に脈を打ち。

瞳から流れ出る涙は止めどなく流れてジュリアンの手を濡らしていく。ギュスターヴは身体を震わせながら囁いた。

「ジュリアンくん…、こんな私をもう一度見てくれて、そして歩んでくれることを誓ってくれてありがとう。私は幸せなんだな、君に出会えて良かった。ありがとう…」

『君に出会えて良かった』

ジュリアンはギュスターヴと初めて出会い、そして恋に落ちた数年前を思い出した。自身の瞳からも止まることの知らない涙が溢れ落ちていく。

 

 

「…俺の方こそ、ありがとう…」

 

 

好きになること、
愛すること、
悲しいこと、
楽しいこと。

そして失うこと。

全てを知ったのは最愛なるあなたが側に居てくれたから。

「…俺はあなたが大好きだ、ギュスターヴ。もう一度、全力で伝えるよー・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたを愛している、世界で一人しか居ない俺だけのギュスターヴ…。絶対に忘れないようにあなたの心に寄り添い続けるよ。一生をかけて、永遠に」

 

ドクとエコーの話①

【傷付いた心】


土砂降りの雨の中、傘も差さず、ベンチに座っている一人の男がいた。

男の名前はギュスターヴ・カテブ。

レインボー部隊の隊員であり、軍医としても活躍している一人の男だ。ギュスターヴの顔には苦悶の表情がありありと浮かんでいた。

(…私にとって君は宝だったよ、ジュリアン…)

フランスのGIGNに居た時から苦楽を共にして来た相棒、ジュリアン・ニザンの結婚を知ったのは今朝の事。

ずっと片思いしていた相棒には長い付き合いの彼女が居た。そんな彼女との結婚…、プロポーズが上手く行ったと嬉しげに話しに来たジュリアンの笑顔は今までに見たことのない表情だった。

『おめでとう、ジュリアン』

ギュスターヴは朝一でジュリアンに祝福の言葉をかければ、軽装で土砂降りの雨の中を歩いて居た。

とにかく一人になりたかった。

気持ちの整理が追いつかず、ギュスターヴはただただ冷静になる為に土砂降りの雨の中、公園のベンチに座っていた。

(…君に早く想いを伝えていれば少しは未来が変わっていたのか?ジュリアン、私は君が大好きなのに、愛しいと想っていたのに…)

もう二度と伝えることが許されない言葉に出来ない想いはギュスターヴの心の中で静かに沈下していく。

…薄暗い曇り空のように、心にまで曇天が広がっていく。

ギュスターヴは空を見上げて唇を噛み締めながら小さく呟いた。

「…良い歳した大人がたかが失恋くらいで何をしているんだろうな。まったく私らしくない」

土砂降りの雨の音に同化していくかのように小さな呟きは消えていく。頭を冷やし、想っていた相棒への気持ちを冷ますには丁度いい。ギュスターヴは雨に打たれながら空を見上げていた。

 


ギュスターヴは気が済んだのか、公園のベンチから腰を上げて宿舎に戻ろうとした時だった。

「…おい!そんな濡れた状態で何してんだ」

ぶっきらぼうな声がギュスターヴの後ろから聞こえてくる。ギュスターヴが振り向けば、そこに居るのはレインボー部隊の隊員である、江夏優だった。

傘を差した状態で手にはスーパーの袋を持っていたから買い物帰りだろう。同僚がこんな土砂降りの中で濡れ鼠になっているのだから江夏は見て見ぬ振りなんかできず、声をかけたのだろう。

「…私に何か用でも?」

「あんた馬鹿だろ?こんな土砂降りの中で傘も差さずに公園のベンチで何してんだ。軍医であるあんたが風邪引いたら周りに迷惑だ」

江夏はそっとギュスターヴに傘を傾けて濡れないように気を遣った。しかしギュスターヴはそんな江夏の気遣いをも鬱陶しそうにして溜息をついた。

「私のことは放っておいてくれないか?私がここで何をしていようが君には関係ないだろう。余計なお世話だ」

あからさまな拒絶の言葉にムッとした江夏はギュスターヴの手首を無理やり掴んで歩き始めた。

「っ、いきなり何するんだ?!」

「あんたみたいなバカを放っておけないから部屋に連れていく。風邪を引いて部隊の奴らにまで感染したら責任取れるのか?…あんたがそこまで無責任な奴じゃないって俺は信じてるがな」

「…………」

江夏の言葉はまさに正論で、ギュスターヴは何も反論することが出来なかった。ギュスターヴは黙って江夏の後について行くことにした。


宿舎に戻り、江夏の部屋に連れて行かれたギュスターヴは江夏からタオルと着替えを受け取った。

「これは…」

「とりあえずシャワーでも浴びろ、あんたに風邪を引かれたら困るのは俺たち隊員だ。後で公園で土砂降りの中居た理由を聞いてやるからさっさと浴びろ」

「…余計な…」

「あんたに何かあったらあんたの相棒が悲しむんだよ。いいから早くシャワー浴びてこい!」

「…分かった」

ギュスターヴは江夏から受け取ったタオルと着替えを持って浴室に足を運んで行った。

 

 

「着替えとタオル、ありがとう」

「おう」

ギュスターヴが着ているスエットや下着はどれも新品の衣類だった。江夏は几帳面なのであろう、ストックされていたのをわざわざ濡れ鼠になっていたギュスターヴの為に渡したのだ。

「…飲むか?」

「それは…」

「ゆずレモン」

「…ありがとう」

シャワーを浴び終わったギュスターヴは江夏の隣に腰を下ろし、彼が淹れてくれたゆずレモンを口に含んだ。

ほのかな酸味と蜂蜜の甘みが傷心中のギュスターヴの心と疲弊した身体に染み込んでいく。

江夏はギュスターヴにぽつりと声をかけて呟いた。

「…あんた、もしかしてルークが好きだった?」

「…は…?」

「だから、ルークが好きだったんだろう?あんたの相棒、今度結婚するって今日皆に挨拶していたぜ。フランスにいた時からずっと一緒だった相棒だろう?失恋したから土砂降りの雨の中にいた。違うか?」

江夏の言葉はまさに正解で、ギュスターヴの心は胸が締め付けられる思いでいっぱいになる。ギュスターヴは江夏の顔を少し睨むように見つめた。

「…君には関係ない。私とジュリアンの問題だ、それに私はジュリアンに何も伝えてなんかいない。私の勝手な恋慕なんだから放っておいてくれ」

「弱虫だな、あんたって」

「部外者の君にそこまで言われる筋合いなんてない!報われない想いを抱くことの何処が…」

ギュスターヴはそこで口を閉ざしてしまう。江夏の顔が少し悲しげに歪んでいたからだ。江夏はギュスターヴを憐れむような目で見つめ返す。

「…俺があんたをここに連れて来た理由なんてただ一つなのにな。『報われない想い』ね…。あんたが相棒を想うように、あんたを想っている別の人間が居ることくらい分かれよ、鈍感」

江夏の表情も何処か苦しげで、それはまるで今の自分自身を見ているようだった。ギュスターヴは小さく溜息をついて言葉を漏らす。

「…声を荒げて悪かった」

「いいよ、俺は気にしない」

「江夏くん、その、君はもしかして…」

「バレた?…俺はあんたのこと…」

ギュスターヴの身体はそっと隣に座る人物の体温に包まれていく。温かな体温がじわりと伝わってくる感覚にギュスターヴは溺れそうになっていく。

「…俺はギュスターヴ先生、あんたが好きなんだ。だから今朝公園であんたが土砂降りの雨の中にいた所を見つけて声をかけた。あんたがルークを好きなことも、簡単に想いを捨てることが出来ないのも分かってる。だけど俺ならあんたの隣に居てやれる。だから先生、俺の隣に居てよ…」

きっと江夏も自分と同じように言葉に出来ない想いを抱えて毎日を過ごして来たのだろう。

ギュスターヴはそっと江夏の背中に腕を回して囁いた。

「私はジュリアンを忘れられない」

「…そんなこと、分かりきってる。誰よりもあんたを想って毎日を過ごして来たんだから」

「君をジュリアンの代わりにしてしまうかも知れないんだぞ?…傷心を癒す為に君を酷く扱ってしまうかもしれないのに、それでも江夏くん、君は私の側に居たいというのか?」

「あんたは優しい人だから俺に手酷くなんて出来ない。先生、俺はあんたを振り向かせる自信しかない。いつかルークよりも想って貰えると信じてる」

江夏の言葉に嘘偽りはない。

力強さしか感じられなかった。

ギュスターヴは瞳を閉じてジュリアンに対する想いを馳せていく。

君は私の宝物、
かけがえのない大切な人、
背中を預けられる相棒、
誰よりも大切で大好きで愛しくて…。

「….大好きだ…、ジュリアン、私は本当に君が大好きなんだ…、だけど君と私が歩む道は別の道なんだね…、幸せになって、どうか、誰よりも幸せに…」

江夏の胸の中でギュスターヴは子どものように涙を流していく。普段誰よりも他人を大切にするギュスターヴが泣き腫らすほど、彼にとってジュリアンは大切な人であった。

江夏は優しくギュスターヴの頭を撫でてただただ黙って彼を抱きしめて居た。

 


「…落ち着いた?」

「取り乱して、済まなかった…」

「あんたは本当に相棒が好きなんだな」

「…ずっと一緒に居たから尚更な。江夏…くん、私を好きになっても良いことなんて何もないし未練たらしい男に成り下がってしまったが…こんな私を拾ってくれるのか」

「…さっきも言ったけど俺はルークを越えてやるから心配するな。未練も何も忘れさせてやる。だから俺を見て」

江夏の言葉はギュスターヴの心にじわりと染み込んでいく。嘘偽りのない言葉はギュスターヴにしか向けられてはいないのだ。

「…君と歩いてみるのも悪くはないのかもな」

「俺はずっと側に居てやる。先生、あんたを一人になんてしないから。ギュスターヴ先生、好きだよ」

「…ありがとう、江夏くん」

ギュスターヴは江夏の顔に手を伸ばし、自ら唇を重ねた。驚きに満ち溢れた江夏の表情はやがてうっとりとした表情に変わっていき、自身の瞳もゆっくりと閉じていく。

想いの灯火は鎮火することを知らず、ゆっくりと燃え上がっていく。

始まったばかりの二人の道はこれからがスタートラインなのだ。

 

【幸せになれない狩人/泣き腫らした夜】


【幸せになれない狩人/泣き腫らした夜】

 

〜幸せになれない狩人〜


時折、自分の過去を酷く恨む時がある。

自分は誰よりも苦労を重ね、生きるか死ぬかの世界で生き抜いて来た。しかし周りの奴らは笑ってのうのうと幸せそうな笑顔を浮かべている。

何で当たり前の幸せを与えてもらうことが出来なかったのだろうかと深く悩んでしまう時もあった。

そう、全ては優劣の世界なのだ。

それ以上もそれ以下もない、全ては優劣の世界であった。俺はいつだって劣勢の中で『生きる』か『死ぬか』の世界を歩んできたのだ。

輝かしい栄誉など、生きる上ではただの飾り。俺が真に欲した物はそう、自分自身が生きる為の幸せだった。

 


「お前はそうやって自分を傷つけてまで幸せになりたいのか?」

「…あんたには関係無いだろう、サーシャ」

寂れたバーの隅っこの席、俺とセナフィエフは安い酒を酌み交わしながらくだらない話に花を咲かせていた。

セナフィエフはグラスに残っていたウォッカを一気に煽れば俺を見て少しだけ哀れみを含めた視線で俺を見る。

「俺とお前は付き合いだって長いだろう、マクシム。俺はお前が心配なんだ、自己犠牲を厭わないお前が心配なんだ。幸せになりたいと願っているのは分かるさ、お前の過去は凄惨で苦労もしてきただろう。だからこそ俺はお前に自分自身を大切にして欲しいと…」

「余計なお世話だ」

「そうやってお前はいつまでも自分のことだけを考えるのか?思考回路が子どもだぞ、大人なら少しは周りの奴のことだって…!」

「…悪いが俺は自分のことだけで手一杯なんだよ。サーシャ、酒代は置いていく。あんたも旨い酒が飲みたいなら今後は俺を誘うな」

「…クソガキ」

「そう言われても仕方ないな」

俺はウォッカ一杯分の金だけを渡してバーを後にする。セナフィエフ、あんたの言い分は分かるさ、俺だって大人だからな。

ただな、俺は自分自身で手一杯なんだよ。幸せになんてなれないと頭では分かりきっているからこそ俺は俺の道を歩くだけだ。


あぁ、外は寒い。

散らつく雪が頬を掠めて溶けていく。

もう俺の歩む道に迷いなんてない。

…例え仲間がなんて言おうが構わない、俺は俺だけの幸せの為にこの先も生きて行くのだから。

 


〜泣き腫らした夜〜


一枚の手紙がマクシム・バスーダ宛に届いたのは昨夜のこと。送り主を見れば、故郷に残して来た妹からだった。

封を切って中身を見れば、狩人の異名を持つマクシムの涙腺は自然に緩んでしまう。

『マクシム兄さんへ、元気にしておりますか?私は元気に過ごしております。兄さんの仕送りや家族みんなで頑張って来たから今はちゃんとした生活を送れております。兄さん、私、ずっと大切だった人と結婚することになりました。マクシム兄さんがもし帰国出来るのなら私の花嫁姿を見て欲しいです、結婚式の日取りは…』


「…そうか、結婚するんだな」

マクシムは手紙を読みながら涙をぼろぼろと零していく。綺麗な字で書かれた手紙の文字が涙で滲んで行く。

苦楽を共にして来た弟妹たちは皆自立していった。その中でも妹は小さな頃から満足に好きなことをさせてやることもできなかった。

マクシムは祖国に残してきた家族の為に毎月給料の殆んどを仕送りしていた。きっとそのお金で式を挙げるのだろう。

自分の生活なんかよりもマクシムにとって、家族の幸せが一番だった。マクシムは涙を拭いながらそっと祖国から届いた手紙を折り畳み、机の中にしまった。

「何だか、泣いたのが久しぶり過ぎて疲れた」

「あんたが泣くなんて珍しいな、マクシム」

「…シュ、シュフラット?!」

「ドアを何度かノックしたぞ?勝手に入ってしまって悪いな。邪魔してるぞ」

「いつものことだから構わんが…。泣いていることは誰にも言うな!言ったら怒る」

「…別に誰にも言わないが、どうして泣いていたんだ?恋人として知る義務はあるよな」

「…言わないと駄目か?」

「言わないならもっと泣かせちゃうかも」

「…妹が結婚すると、手紙で知らせて来てな。苦労ばかりかけて来たからようやく幸せになれたんだと思ってな。安心して涙腺が緩んだんだ」

マクシムはシュフラットの顔を見つめて呟いた。そんな様子を見たシュフラットはマクシムの頬に手を伸ばして微笑んだ。

「あんたの家族が幸せになったのなら、マクシム、今度はあんたが幸せになる番じゃないのか?」

「…俺は今でも充分幸せだがな。シュフラットが隣に居てくれるだけで充分なんだけど…」

「可愛いことを言うな、まったく。俺はあんたとずっと一緒に居る誓いがしたい。あぁ、じれったい。マクシム、あんたの隣にずっと居させろ。それ以外は何も望まない」

何処かぶっきらぼうだけど優しさも含まれたその言葉の真意を汲み取ったマクシムはシュフラットの身体を抱き寄せた。

「それがお前の望みなのか?」

「…あんたの望みでもあるだろう?」

「…バレた?」

「あぁ、バレバレだ。マクシム、好きだよ。一生をかけてあんたを幸せにしてやれるのは俺だけだ。俺以外、あんたの隣を歩くのは許さない」

「本当にお前は俺が好きなんだな」

「…愛してるからな」

「そういう俺も、シュフラットが大好き」

「…YESってことか?」

「そうだよ、だから俺を幸せにしてくれよ。シュフラットとならどんなに辛い道でも歩めると思うから」

「…ありがとう」

「お礼を言いたいのは俺の方だよ」

マクシムの瞳からは一粒の涙が溢れ落ちて行く。しかし彼の顔はどこか幸せそうだった。

かけがえのない未来が始まろうとしていた。