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君と描く未来は


医務室に飾られている一枚の絵をギュスターヴは愛しげに見つめる。自身の為に描いた絵だと恥ずかしげに手渡してくれたのが懐かしい。

「…グラズくん、君に会いたい。早く帰って来てくれないかな…」

ギュスターヴは想い人の名前を小さく呟いて医務室の絵を眺めていた。


【君と描く未来は】


長期に渡る任務に就いているグラズの身に危険なことが無ければ予定ではもう少しで基地に帰塔する予定だ。

軍医であるギュスターヴは医務室で愛しい想い人のことを考えては彼がくれた絵を見つめるという行動を繰り返していた。

半年も彼とは連絡を取ることが出来ていない。理由は簡単で、グラズが任務に就いている国では紛争が勃発している。

裏切り者だと思われないように、通信手段が制限されてしまっているのだ。任務で基地を離れる前に、グラズが医務室に来て一枚の絵を手渡したことを思い出す。

『長期の任務で貴方と離れるから、これを…』

『私にくれるのか?』

『…うん、ドクのために描いたんだ。飾って欲しい』

手渡された箱の中には額縁に入れられた一枚の絵が。その絵を見てギュスターヴはあることを思い出す。

『初めて私と出かけた公園か…?』

『そうだよ、貴方と初めて出かけた思い出の場所。ドク、正直今回の任務は生きて帰れる保障がない。だからせめて…』

『…思い出だけは形だけで遺したい、そう言いたいのか?グラズくん、生きて帰って来て。私の望みはまた君の隣で笑うことなんだから…』

『…ドク…』

愛しげに、そして強く強く抱き締めあったあの日のことをギュスターヴは絵を見て思い出したのだ。


「今日は君が帰ってくる日だ…。グラズくん、どうか何も無いように。早く元気な顔がみたい。そして伝えたいんだ。『ずっと会いたかった』と…」

ギュスターヴは遠く離れた異国にいるであろうグラズに思いを馳せていった。


***


気がつけば夕方。

ギュスターヴはデスクで眠ってしまっていたようで目を覚まして身体を伸ばそうとする。

すると肩からするりとブランケットが床に落ちていく。

「誰かがかけてくれたのか…?」

床に落ちていたブランケットを広いあげれば懐かしい匂いがふわりとギュスターヴの鼻腔に広がっていく。

「….グラズくん…、帰って来てるのか?!グラズくんっ…」

ギュスターヴは医務室のベッドを覗き込む。そこにはパーカーにジーンズというラフな私服姿のグラズが眠っていた。

(…起こしても、大丈夫なのかな…?)

ギュスターヴはゆっくりとベッドに近寄り、眠るグラズの顔にそっと触れていく。

「…グラズ…くん…」

半年振りに見た大好きな人の眠っている姿にギュスターヴは泣きそうな気持ちと愛しいという気持ちで胸がいっぱいになっていた。

ギュスターヴがグラズの頬に手を伸ばし、愛しげに触れていけばグラズはゆっくりと瞳を持ち上げてギュスターヴの顔を見つめる。

「…ドク…」

「グラズくん、久しぶりだね…」

「うん、ただいま」

「おかえり…、ずっと待っていたよ。半年間君のことをずっと待っていた。君が無事に帰って来てくれて嬉しいよ…」

「…ドク…、少しだけ抱き締めてもいいか?」

「あぁ、構わないさ…」

ベッドから身体を起こしたグラズはギュスターヴの背中にゆっくりと腕を回していく。

久しぶりの、大好きな彼の匂いと体温にギュスターヴは瞳から涙を零しながらグラズを抱き締め返す。

「…グラズくん、帰って来てくれてありがとう…」

ギュスターヴはグラズの体温を感じながら強く強く抱き締めた。グラズもまたそんなギュスターヴのことを愛しげに触れて頭をゆっくりと撫でる。


「…ドク、俺、貴方に話さないといけないことかあるんだ。聞いてくれるか?」

抱き締められたままの状態でグラズはゆっくりと口を開いていく。ギュスターヴはグラズの言葉に耳を傾けるために少しだけ身体を離した。

「…どうしたんだ?何が…」

「俺の瞳を見て欲しい」

ギュスターヴはグラズの瞳を真っ直ぐと見つめる。少しだけ充血した青い瞳は前と変わらない。しかし、軍医であるギュスターヴはすぐに『違和感』を感じとったのだ。

「…グラズくん、もしかして、君は…」

「あぁ、就いた任務の最中に片目の光を失った。ドク、今俺の片目は義眼なんだ。片目だけでは狙撃手としてはもう何も出来ないだろう」

グラズは少しだけ哀しそうに瞳を細めていく。

「…だから帰ってくるのに半年もかかったんだな。片目の光を失ったから…」

「その通りだよ。本当なら数週間で帰れるはずの任務だった。だけど就いた任務の先で子どもを庇った結果、俺は光を失った。…ドク、俺は貴方の側にいたら邪魔になる。だから俺を見捨てていい。貴方にはその権利がある」

グラズの言葉にギュスターヴはかける言葉すら見つからなくなってしまう。半年間、辛い思いをしていたのは自分なんかではなく、大切なグラズの方だったのに。

しかし、ギュスターヴの心の中で歩む道はもう決まっていた。

「…君をずっとずっと待っていた、まだ君には命があるだろう?!簡単に見捨てるとかそんなこと私がするはずないじゃないか!グラズくん、たとえ君が狙撃手をやめたとしても君にはまだ片目がある。絵を描くための腕だってあるだろう?」

「…だけど、絵を描くための風景は片目だけじゃ見れない。ドク、絵を描くことはそんなに簡単なことじゃ…」

「私が君の隣の隣に立ち、君の歩む道を照らす光になる。それじゃ駄目なのか?」

ギュスターヴの一言にグラズは顔を切なげに歪ませて首を横に振る。まるで、ギュスターヴの覚悟を否定するかのように。

「…貴方に俺は重過ぎる…」

「だからなんでっ…!」

「貴方の側に居ることで迷惑をかけたくないんだ!大好きでずっとずっと待ってくれていた貴方の邪魔になんてなりたくないのに…!」

グラズは片目から涙を零しギュスターヴを見つめた。切なげに細められていく片目の青は哀しげに揺れている。

ギュスターヴはグラズの身体を離さんと言わんばかりに強く強く抱きしめる。どんなに拒否されても、離さないと言わんばかりに。

「…だったら、だったら私は君を愛しいている。だからこそ、これからの未来を君の隣で歩んで行きたいし、君が見えない物を照らす光になりたいんだ。グラズくん、少なくとも私は君より歳上だし、色々な人を見て来た。職業柄医師だから尚更な。君が背負ってきた辛いこともこれからの明るい未来もどうか私に背負わせてはくれないか?」

ギュスターヴの言葉に、グラズは涙を拭いながら小さな声で言葉を返した。

「今まで以上に貴方に負担をかけてしまう。俺は前線には出れないし、銃も持てない…」

「君には他に出来ることがある」

「…出来ること?」

「医務室で私と共に職務に就くんだ。君の描く絵は戦場で傷ついた仲間を癒す力を持つ、まるで魔法のようだ。銃を持ち、戦うことが全てでは無い」

「…だけど俺は片目が…」

「私が君の隣に立ち、君の見れないところをカバーする。一つの目で見るよりも、三つの目で見た方が世界が広がるような気がしないか?私はどんな姿であろうとグラズくん、君を愛する気持ちは永遠に変わらない。君が描いてくれた絵を見るたびにずっと思っていた。私は君を心から愛していると、ずっとずっとね」

「…もう、俺には貴方しか居ない。ドク、俺の隣に立ち、そして道を照らしてくれるのか?」

「君が望むならなんだってする」

「こんな姿の俺を見捨てないでくれるのか」

「…私にとってグラズくんは君だけだ」

「ドク…、愛してる…」

「私もだよ、グラズくん…。君が生きているだけで本当に良かったんだから。半年間待ち続けて良かった。光を失ってしまっても私が居るから泣かないで。君が絵を描く姿をもう一度、見せて欲しい」

ブラウンの瞳はしっかりとグラズの瞳を捉えていく。光が失くなった瞳も、輝き続ける青もしっかりと…。

やがて重なる唇は未来への誓いの意味も込めて。永遠よりも長い時が二人の間に沈黙として流れていく。

(…君を照らし続けて行くよ、ずっとずっと。永遠に)

(貴方の側で描き続けたい。…明るい未来と幸せを。ドク、貴方の為だけに)

…完…