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【もう一度君に逢いに行く】③

【もう一度君に逢いに行く】③

side.GLAZ

「逢いたいよ、もう一度君の隣で絵を描きたいんだ…」

君のために、もう一度描きたいんだ。

俺は故郷のウラジオストクの公園でキャンバスを広げて筆を走らせる。天候は晴れ晴れとしていて、透き通る空に優くんへの想いを馳せていた。


優くんに見送られて早半年以上が経過していた。レインボー部隊は世界の治安が安定し、テロリスト集団・ホワイトマスクも壊滅したことにより解散となった。

俺はスペツナズを辞め、生まれ育ったウラジオストクの学校で美術の教師として働いていた。

優くんとは、レインボー部隊に居た頃に出会った大切な人だ。絵を描くことしか取り柄のなかった俺に、人を好きになることの大切さを教えてくれた大好きな恋人。

携帯の送信済みボックスを見てみれば、俺が優くんに宛てたメッセージが並んで居た。

『優くん、今日は寒い?こっちは寒い』
『おはよう、風邪引いてない?』
『おやすみ、優くん』


『優くんに会いたいよ』

最後にメッセージを送ったのは二ヶ月前。最後に優くんの顔を見たのは半年以上前…。俺はずっと不安だった。

こんな俺を、ずっと好きで居てくれるのだろうか。俺は空港で優くんに手渡した絵にちょっとしたメッセージを残しておいたのだ。

『遠く離れていても、俺は君を愛してる。いつかまた、逢える日まで』

直接伝えるのが恥ずかしかった俺は優くんに手渡した絵に恋文を書き込んだ。不器用な愛の詩を贈るなんて、些か俺らしくないと思ったりもした。

だけど俺に出来るのはそれだけだった。初めて好きになった優くんにずっと思って貰える自信も正直無く、メッセージもなかなか返事が来ないから送ることも辞めてしまった。

「君を好きで居ても、いいのかな…」

連絡を取ることは辞めても、SATの由美子さんとスペツナズに居た頃の上司であるタチャンカが連絡を取り合ってるようで、元気ということは噂で聞いて居た。

声を聞きたい、
顔を見たい、
大好きな手を握りたい。

もう一度、君の腕の中に閉じ込めて欲しい。俺には優くんだけなんだ、君以外望んだこともなければこれからも望むことはないだろう。

公園の景色は見慣れた風景で俺は物思いに耽りながら筆を走らせる。生まれ育ったこの街並みを描いて絵を創り上げていく。

「あれ、ティムール先生だ!」

「君は…」

公園で筆を走らせていれば教え子の生徒が俺に近づいてにこにこと微笑んで近づいてくる。

「先生の絵、僕大好きなんだ!綺麗で
ふわふわしてて元気になるの!どうしたら先生みたいな絵が描けるの?」

「…そうだな、大切な人を想いながら描いてみるのがコツだよ。君はお母さんが大好きだろう?だったらお母さんを想って描いてみるといい。君になら出来る。あ、そうだ…」

教え子は昔の自分、芸術家になりたかった幼い頃の自分と何処か重なって見えていた。だからこそ、今創り上げた絵を手渡したい。

そう、思ったんだ。

「この絵を君にあげよう。いいか?君の大切な人をこれからも君自身で守ってあげるんだ。先生みたいに、後悔しないように…」

気がつけば視界が涙で歪んでおり、目の前の教え子の顔をまともに見ることが出来なかった。

「ティムール先生、泣かないで?僕先生みたいに強くてかっこいい大人になるから!絵、大切にするね!!」

「あ、あぁ…ごめんね。ありがとう、気をつけて帰るんだよ」

教え子を見送り、俺は公園のベンチに腰を下ろす。涙が出てきそうなのを我慢しながら空を見上げた。

空は繋がっているから優くんにだっていつか逢える。いや、俺から逢いに行けば良かったのに度胸がなかったんだ。

「まったく、駄目だな…」

独り言をぽろりと呟けば描きかけのスケッチブックをとりだして筆を持ち動かしていく。もう一枚同じ風景を、優くんに再会できた時に渡せるように描き起こしていたのだ。

この街に、優くんが来るわけないし一生渡せないままかもしれない。だけど俺はわずかに残る希望を抱きながら絵を描いていた。

線画だけでも十分に綺麗なこの街並みをいつか、いつか叶うなら優くんと歩きたかった。

好き、
大好き、
愛してる…。

「…逢いたいよっ…、君に逢いたい、優くんっ…、優くん…」

こみ上げる想いはやはり滝のように涙として流れ落ちていき、止まることを知らない。俺はいつだって後悔ばかりしていて気がつけば夢も願いも全て消えてしまったのだ。

スケッチブックを見れば優くんと過ごした場所、そして思い出を描いた絵ばかりが描かれていた。一冊のスケッチブックにはたくさんの思い出が詰まっている。

「この絵を…いつか…」

止まることを知らない涙を拭いながらスケッチブックを閉じようとした時だ。背後から突然俺は声をかけられる。

「…その絵、綺麗ですね」

「ありがとう…ございます…」

「何で泣いてるんですか?ハンカチ、使ってください…」

見知らぬ人が俺の隣に腰を下ろしてハンカチを差し出してくる。前職の関係上、人の気配には敏感だがこの人からは怪しい気配は感じられなかった。

俺はハンカチを受け取り涙を拭った。隣に腰を下ろしてくる人物はどこか、優くんに近い雰囲気を持っていた。

おそらく日本人だろう。

帽子とマスクで顔は分からないが日本語を話していることだけはよく分かる。優くんと過ごしてきた日々がより一層、強く思い出されていく。

ハンカチを受け取り、涙を拭えば男は空を見上げてぽつりと声を漏らした。

「俺はこの国にいる絵描きの恋人に逢いに来たんだ。半年以上、会うこともしてやれず満足に連絡すら取れなかった。君はなんで泣いていたんだ?」

「俺も遠い国に恋人がいるんです、ずっと連絡すら取れずにいた。俺以外の人を好きになっているかもしれないし、自分に自信が持てなくて。俺とあなたは似ている。見知らぬ人なのに、べらべらと…ごめんなさい。良かったらこの絵、あなたにあげます。ウラジオストクの公園を描いたんですが記念に」


優くんに渡せるか分からない。

渡せる保証なんてどこにもない。

だったら、だったら自分の手で見知らぬ人に渡してしまった方がいいかも知れない。

「….この絵を、この絵を幾らで譲ってくれますか?」

「お金なんて…いらな…」

隣に腰を下ろしていた男は帽子とマスクをとって俺の顔を見つめて来た。それは何よりも望んでいた『彼』だった。

「っ…、優…くん…?優くんなのか…?!」

「…逢いに来れなくて悪かったな、ティムール。この絵を俺になら、幾らで譲ってくれる?」

「君になら、君になら幾らだって構わない…!大好きな優くんになら幾らでもいいっ…!」

俺はこの瞬間が夢じゃないだろうか?と考えてしまったが夢じゃないことを実感した。大好きな優くんが俺をしっかりと抱きしめてくれていたから。

懐かしい温もり、
愛しい彼の匂い、
そして包んでくれる腕は逞しかった。

人目を気にせず、俺は優くんを強く強く抱きしめ返した。もう一度、ぽろりと瞳から溢れたのは嬉し涙だった。

「…ティムール、ティムールっ…」

優くん、俺は『此処』に居るよ、だからもう離さないで。俺も君を離さないから…。

俺は求めるかのように黙って瞳を閉じていく。優くんの唇の体温が近づいて重なるまで…。

3、


2、


1…。