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理想と現実の、最果てに

この世に在るのは、【理想】と【現実】。

一人はいつか訪れると信じている平和の為に瞳を輝かせる。

そしてもう一人は、理想なんて必要としない現実主義者であり続けるために冷淡であり続ける。

そんな二人の物語。

【理想と現実の、最果てに】


side,ルーク

俺はいつだって、国のため、仲間のために命を張って戦ってきた。身を粉にすることなど造作もなく、そしてまた、真の平和をもたらすことが出来るのなら、自身の命なんてどうでも良かった。

(今日もまた、人命を守ることができたんだな)

テロリストから人質を守り抜く任務に就いた俺は確実に人命を脅威に曝すテロリストたちの頭を撃ち抜き、そして絶命させることを、卒なくこなしていった。

そんな任務の帰り道。

作戦を共にしたレインボー部隊所属の、スペツナズ隊員であるカプカンに俺は声をかけられる。

「…ちょっと話があるから、後で基地の屋上へ来い。他の奴らを連れてくるな、良いな?」

俺はスペツナズの隊員とはあまり話す機会も無く、そしてまた根本的な考え方も違うから正直、苦手だった。

その中でも、このカプカンという男はどこか冷めているような、それはまるで冷淡という言葉が似合うような雰囲気を醸し出していた。

「…分かりました」

俺は帰り道、そっと頷いた。
何故呼び出されるのかが、正直俺には分からなかった。

任務では人質を守り抜き、
そしてまた、仲間は誰一人として怪我を負うこと無く帰還することが出来ているじゃないか。

…あの時、声をかけてきたカプカンの瞳は何処か冷たく、そしてまた怒りに燃えているようにも見えてしまった。

夕暮れが、俺の背中を煌々と照らし、帰路へと着くのを急かしているように思えて仕方なかった。


基地での夕食を終え、
俺は約束された時刻に基地の屋上へ赴いた。季節は12月で夜は冷え込みが辛い季節になっている。

(まったく、何でこんな冷え込む夜に屋上へ呼び出しを食らわなければならないんだ)

よりによって、
関わりのない自分とは正反対の人間に。そして何よりも俺を見る瞳は、他の仲間を見る瞳よりも何処か凍てついているように見えて仕方ない。

屋上へ着き、呼び出した人物を探すと少し離れた所に彼はいた。いつものような迷彩のフェイスペイントは取れていて、何よりもラフな格好で煙草を蒸していた。

「…任務後なのに、いきなり呼び出しをして済まないな」

カプカンは蒸していた煙草の火を消し、普段から持ち歩いているだろうポケット灰皿に煙草の吸殻を押し込んだ。

「…それは構わないが、俺に話って何ですか」

彼の鋭い視線は俺の瞳を射抜き、そして深いため息と共に冷たい声音で言葉を吐いてくる。

「お前は特殊部隊には向いていない、今すぐレインボー部隊から降りて母国へ帰れ。ルーク、お前の存在はこの部隊にとって脅威だ」

…開口一番、言われた言葉の意味が分からずに俺はただただ目の前にいるカプカンを睨んでしまう。

「…あなたは、何を言っているんだ」
「今日の任務、作戦の内容をきちんと理解していたか?」

今日実行した作戦の内容だと?
…そんなの、言わずもがな理解しているに決まっているじゃないか。

「…人質を守り抜く、です」

俺が睨みながら呟くと、カプカンはただただ淡々と俺に言葉を吐き捨ててくる。

「確かに人質を守り抜く、その通りだ。だけどお前はその作戦を無視してテロリストの殲滅に走っただろう?何が人命の尊重だ、お前の判断で人質や他の仲間が命を落としたら…」

俺の額と、背中からは嫌な冷や汗が滲んで仕方なかった。自身の顔からは血の気が引いていくのをじわじわと感じていたからだ。

カプカンの視線はナイフのように尖っていて、刃先のように鋭利で冷たい。

「お前は責任を取れるのか?」

今、冷静に考えれば確かに目の前の男の言う通りかも知れない。だけど、俺にだって譲れない思いや理想の一つや二つ、有るってことを思い知らせてやりたかった。

「…あなたに何が分かるんだ、俺は人命を尊重するために殲滅した。その何処が悪い、理想とする平和を作るのにテロリストを殲滅して何が悪いんだ…っっ?!あの時、奴らを殺さなきゃ俺たちや人質は殺られていたんだ、あなたは随分と可笑しいことを言うな」

カプカンにありたっけの言葉を浴びせても、表情を一つも変えること無く俺に刃物のような視線を向けてくるだけだった。

「お前が望む理想なんて、簡単に手に入るほど世の中は甘くない。ルーク、お前は本当に無知だな。…自分が取った行動に対して責任の一つや二つ取れない奴が何をほざく」

そう呟くと、
カプカンは腕まくりをし俺に見せてくる。それは暗がりでも分かるほどの拷問の跡だった。腕には火傷や銃弾の跡がしっかりと刻まれている。

「良いことを教えてやる、昔、お前と同じように争いのない平和な国を作るために奔走した男がいた。明るくて、幸福に塗れた綺麗で平和な理想郷を作るために、血の滲むほどの努力や人間の嫌がる汚いことをやってのけた。そして気がついたら…」

皮肉めいた表情と、冷たい瞳を俺に真っ直ぐと向けてほくそ笑む。

「…奔走した結果、その男は見事に国を混乱と波乱に陥し入れるための駒として利用されていたというわけだ。挙句の果てには有らぬスパイ容疑にかけられ、一ヶ月の拷問漬けだ。どんなに理想を持っていてもズタボロにされて叶うわけなど無いんだ。お前はまだ若い、だから叶わないと分かっていながら理想を説くのなら…」

傷だらけの腕を服の袖で隠し、
煙草に火を灯して煙を口から吐き出した。

「それほど無駄なことはない、取り返しのつかない事象に繋がる要素をお前は持ち合わせている。理想なんて所詮は綺麗事でしか無いんだ、ルーク、お前は部隊からすぐに降りろ」

煙草の灯火はほろりと地面に落ちて消えていく。それはまるで俺の理想が呆気なく崩れ落ちていくのと同じように。

「…俺はまだ、部隊から降りる訳には行かないんだ。例えあなたに何を言われても、俺はっ…!俺はっ…!」

視界が涙で揺らぐ。
こんなにも自身の理想をズタズタにされて否定されるのは生まれて初めてだった。

煙草の吸殻を再びポケット灰皿にしまい、カプカンは俺の横を通り抜けて最後に一言、呟いた。

「…今のお前は、かつての俺だ」

そう言い残し、屋上をカプカンは後にした。その背中は何処か憂いを帯びていて、そして刃物のような鋭さを纏わせていた。

(今の俺は…、ただの…)

そう。
ただの己の信じた理想を打ち砕かれて絶望している、ただの若造だ。

あぁ、俺の理想はこんなにも無情に打ち砕かれてしまったんだ、何のために今まで俺は…


屋上には雪が降り始めていた。

 

 

side,カプカン

 

(…お前はかつての俺に似ている、理想の果てにある答えを知っているからこそ。今のお前はここに居ない方がいい)

冬の寒さは、かつて受けた拷問の傷に堪えてしまう。母国のバレンツ海だって同じような極寒だったけれど。

屋上の入り口を後にして、自室に戻ろうとした時に俺はある男に引き止められてしまう。

「…あなたは、身をもって彼に理想の果てを経験したからルークに敢えて辛い事を言ったのか?」

「ドクか。盗み聞きは良く無いだろう?」

引き止めた男は、ルークと同じGIGNからレインボー部隊に配属されたドクだった。穏やかなブラウンの瞳の中には、何処か闇が見え隠れしていた。

「さぁ、何のことかな?」
「…ふん、相変わらず読めない奴だ」

皮肉を込めて言葉を吐いても、この人には通用しないことくらい分かっている。

「俺はあんたらみたいに甘ちゃんじゃないんだ、あの若いのはまだ引き返せる。あんたは心配にならないのか?今日の作戦、あんただって一緒に居ただろう?」

「私は心配したことなど、一度足りともないよ。ましてやルークは自身の命を賭してまで人命を救おうと走る隊員の鏡だ。私はそんなルークに現実をぶちまけて説教垂れるあなたの方が…」


穏やかなブラウンの瞳は無感情に揺れて、俺の心に言葉を刺してくる。その言葉はあまりにも残酷だった。

「理想家にしか見えないよ、少なくとも私にはね。ルークは国や人命を誰よりも尊重する隊員だ、カプカン。あなたもかつては…」

「…っ、それ以上言葉を吐き出すな、ドク。仲間であるあんたを手にかけたくはない」

胸ぐらを掴み、ドクの瞳を睨む。しかしドクは口元に薄っすらと笑みを浮かべてニコリとする。

「ははっ、笑わせないでくれ。あなたにルークの理想を否定する権利など一ミリ足りとも無いんだ。かつては理想家だった自分にルークを重ねて、自分のように現実の辛さを背負わせたくないだけだろう?カプカン、あなたこそもう少し現実を受け入れた方がいい」

「…くそったれ」

胸ぐらを離し、俺はドクを再び睨みつけて言葉を吐き捨ててやった。

ドクは表情をピクリとも動かさず、
表情は笑顔のまま俺をただただ見ていた。背筋が凍るような、そんな冷たさを秘めた笑みを浮かべている。

「かつてのあなたがもう、居ないんだったらせめて。せめて若い隊員たちに示しが付くように行動するのが私たちの役目だろう」

「…知ったような口を聞くな、胸くそ悪いんだよ。この二重人格者め」

「憎まれ口を叩くような余裕があるのなら、今すぐ私の前から消えてくれ。ルークはここ最近、無理をし過ぎているんだ。屋上には雪が舞っているくらいに冷え込んでいるからね」

「…言われなくても、もう用事は済んだんだ。あんたがつっかからなければ良いだけだ」

「…私が本気で怒る前にさあ、居なくなれ。現実主義なんて、所詮は理想に負けた者の成れの果ての姿だ」

これ以上はもう、無意味な言い合いにしかならない。俺は寒さのせいで疼く古傷を押さえながら呼び止められた男の前を後にする。


寒さは堪える。

かつての若い俺は国のために奔走し、綺麗で幸せで笑顔の絶えない国にしたくて努力を惜しまなかった。

ただそれは結局、政治のために利用され俺は有らぬ疑いをかけられ一ヶ月の拷問漬けを食らってしまった。

(現実主義が、理想に負けた者の成れの果てか。言ってくれるな、俺はかつての自分を見ているようにしか思えて仕方ない。俺はまだ引き返せる未来を持っているお前の為に…)

そう、まだ明るい未来を持てるルークの為に俺は厳しい現実を突きつけるんだ。

出なければ、もう…。

「気づいて、目を覚ませ。お前は間違っているんだよっ…!!」

馬鹿野郎、と言葉を付け足して俺は自室へと戻ることにした。そして雪が舞うイギリスの空を見上げて、母国への僅かな忠誠心を噛み締めていた。

 

side,理想と現実、その最果てへ


「今日の任務は今までに無いくらいの大きい勢力を相手にする。発砲も許可されている、人質を守る為には手段を選ぶな」

そう言葉を出したのは、今回の作戦の指揮を務めるスペツナズのタチャンカだった。この人は、同じスペツナズにいるカプカンよりも数百倍は穏やかだと思う。

俺はあの時以来、必要以上にカプカンに近づくこともなく、また向こうも真っ向から理想を打ち砕いて以来、何も言っては来なくなったのだ。

「…ルーク、顔色が優れないようだな」

「ドク、俺はこの作戦が終わったら…」

「部隊から降りるのか?…そんな無責任な気持ちでずっと任務を遂行していたのか?国と人命を助け、そして理想を現実にするための努力をしてきた本来の君はどこに行ったんだ」

ドクは俺の顔色を心配するのと同時に、叱咤する。いつもなら声を荒げることもなく穏やかな瞳を向けてくれる彼は何処にもいない。

「どうして、俺の考えていることが分かるんだ」

「雪が舞ったあの日、君とカプカンが話している所を目撃してね。私は真っ向からカプカンを否定してやった。ルーク、君の理想は国にため、そして人命の為だろう?そんな君を私は友人として、仲間として。そして相棒として支えて上げたい。レインボー部隊を抜けるなんて、絶対に許さない」

ブラウンの瞳はただただ優しく俺を穏やかに照らしてくれていた。あぁ、俺には仲間がいるじゃないか。

「…ありがとう、ドク。もう少し、戦ってみるよ。俺は理想を叶えるために、そして仲間と人命のために必ず今回の作戦を成功させるよ」

「…それでこそ、いつもの君だ」

大切な仲間、そして国や人命を背負っている重みを改めてドクの言葉で再認識することができた。

遠く離れた所にいる、スペツナズの二人の元に俺は駆け寄った。

タチャンカは何かを感じたのか、少し離れた所へと立ち去っていく。

「…あなたの言うことは、確かに間違ってはいないかもしれない。だけど、俺には俺の信念があるんだ。カプカン、あなたにもかつては有ったのでは」

「かつての俺はもう、ここにはいない。俺には俺の考えが有って理想を否定している。ルーク、お前は未だに及んでまだ…」

「…俺はもう、迷わない。理想は確かにあなたの言う通り叶わなくて、辛くて酷く絶望をさせることだってあるかもしれない。だけど俺には守るべき国と、信頼できる仲間がいるんだ。だから俺は自分の気持ちを貫き通すと決めたんだ」

「身を持って経験してないから、お前はそんなことを言えるんだ。結局、引き返せる道を示したのにお前は此処に残る選択をした。自身の選択した道を後悔することになるぞ」

「それでも俺は信念を貫き通す、もうあなたの言葉には負けない。俺は負けるわけには行かないんだっ…!」

全ての気持ちをぶつけてカプカンを見つめた。彼の表情は何処となく何を考えているか分からない、なんとも言えない表情になっていた。

「お前ら、話は終わったか?そろそろ、作戦を実行する時間だ」

遠くに居てくれたタチャンカは気がついたら俺とカプカンの隣にいた。

「あぁ、もう何も言うことはない」

「俺ももう、大丈夫だ…」

「よし、気を引き締めて行けよ。この先は命を落としてしまう可能性も有り得るからな」

その言葉に俺は頷いて、
敵が待ち構えているであろう建物へとゆっくりと近づいていく。

…この先はきっと、激しい戦いになるだろう。

きっと俺は………。

 


俺は引き返せる道を示したのに、
ルークは引き返すことを選ばずに険しい道を選んでしまった。

理想を叶えられなかった、かつての俺。そして、どこか冷めている自分とは正反対のルークが眩しくて、俺はどことなく。

…あいつが羨ましいのかもしれない。

「現実も理想も、所詮は一本の糸のように脆いのかも知れんな」

ぼそりと呟くと、バディであるタチャンカが苦笑いを浮かべて俺をみた。

「お前らしくねぇな、いつもの毅然としたカプカンが居ないと作戦が決まらねぇよ」

「…なあ、あんたには守るべき存在は有るのか?」

敵が潜伏しているであろう建物に潜入しながら俺はひっそりと尋ねてしまう。

「自分自身と、仲間だ」

「自分自身って、あんたらしいな」

「切羽詰まっている自分自身より、余裕のある自分自身の方が100倍もいいに来まってる。仲間はそうだな、カプカンもフューズも、グラズも。俺にとっては家族みたいなもんだ。だから俺はお前を…っ」

パァンっ…

乾いた音が部屋に響き渡る。

「…サ、サーシャっ…!!」

「…くっそ、かっこわりぃな。血が止まらねぇっ…」

…敵の凶弾に、バディであるタチャンカは倒れこむ。背中に広がる赤い鮮血に俺は絶望を覚え、そして絶句してしまう。

「クソ野郎がっ…!!」

俺はタチャンカを撃った相手に銃弾を放つ。そして敵が倒れこむのを確認し、広がる鮮血を抑えるために止血を施していく。


「…死ぬんじゃない、サーシャっ…」

止血を施しても真っ赤な血は止まることを知らないようで、どんどん広がっていく。

目の前の相棒の顔色はどんどん青白くなっていき、そして俺の手に自身の手を伸ばしてくる。

「カプカン、お前はお前らしく居ろよっ…?」

「…死ぬんじゃ、無い…、死ぬな、俺はまた…っ」

その時だった。


「…大丈夫だ、助けてやる」

その声は、あの時俺に闇を向けてきた軍医の声だった。俺の頬の横からスティムピストルが掠れてタチャンカに撃たれる。

「あんたはルークと共に居たんじゃ無いのか」

「私は軍医だ、仲間が倒れたら助けるに来まっているだろう?…私は確かに理想を真っ向から否定するあなたが正直好きにはなれない、だけど今のあなたは違うだろう?【大切な仲間】のために叫んだ。それだけ十分だ、後は私に任せろ。彼の治療は私が責任を持つ、だから早くルークの元へ合流しろっ、さあ、早く行けっ!」

俺は黙ってドクの横を通り抜けて、
一言だけ呟いた。

「…タチャンカを、宜しく頼むぞ」

ドクは黙って頷いて俺を見送る。

俺はルークの元へ合流するために敵の巣窟を走り抜ける。

 


「…遅かったですね、カプカン」
「…は、ボロボロな奴に言われたくねぇな」

何とか俺は一人で敵を制圧していたルークの元へと合流した。何とかタチャンカは意識を取り戻しドクと共に先に撤退をしたという無線が飛んだのだ。

「…かつてのあなたは、理想を痛いくらいに抱いて叶えるために奔走したはずだ。仲間を見捨てないあなたを見てそう思ったんだ」

「…もう、弱いお前は居ないんだな。そうだ、かつての俺はルーク、お前のように理想を抱いて奔走していた。大切な仲間や家族、そして愛する母国のためにな」

残り少ない銃弾を弾倉に込めて俺はありったけの気持ちを吐き捨てた。その言葉には様々な感情を込めて。

「…現実も理想も、結局は一本の糸と同じように脆い。だけどそれは幾らでもどうにでもなるんだ。ルーク、お前の瞳を見て思った。もう一度、理想を信じてみてもいいかも知れないってな」

かつての拷問の古傷は確かに理想の成れの果てだ。だけど、だけどもう一度だけ。

…信じてみたくなった。
こいつの青く澄んだ瞳は未来を見据えていて、穢れを知らない。

だからこそ、
俺は失いかけていた気持ちをもう一度信じたくなったんだ。

「…俺だって、初めから理想ばかりを口にしてたわけじゃないんです。カプカン、今はこの戦況を切り抜けましょう…っ!」

「…あぁ、そうだなっ…!」

俺とルークは残り少ない銃弾を撃ち放ち、敵を撃ち抜いて走り抜ける。

あぁ、何処となく思い出す。

この気持ちを、この温かい懐かしい古い気持ちを。

敵を正確な射撃で俺たちは葬っていく。

 

 

 

 

作戦が、
終わりを迎える。

 


side,エピローグ


「助かったぜ、ドク」
「私は軍医だ、仲間を助けるのは当然だ」

ここはレインボー部隊の宿舎である。
作戦が終了して約一ヶ月が経とうとしている。

俺とドク、そしてカプカンはタチャンカの部屋にお見舞いに来ていた。あの作戦のとき、タチャンカは本気で死を覚悟をしていたそうだ。

しかし、
駆けつけたドクの治療とカプカンの止血のおかげで一命を取り留めたようだった。

「よしっ、俺の怪我が完治したら皆に声をかけて親睦会やるか!酒が飲みてぇ」

「甘いなタチャンカ、あなたの怪我はまだ当分完治にはほど遠いよ。大人しく寝ていてくれ」

「…へいへい、あれさっきまでカプカン居たのに。あいつ何処いったんだ?」

ドクは俺の顔を見てゆっくりと笑った。

「きっと屋上に一服しにいったんじゃないか?ルーク、ちょっと探して来てくれ」

「…はーい」

俺はタチャンカの部屋を後にして屋上に向かった。理想を打ち砕かれて、涙を流したあの屋上へ。

 


冬空の下は晴れてはいるが、
古い傷には決して優しくはなかった。それがこの地方の天気なのなら仕方ないのかも知れない。

煙草の煙はゆらゆらと空へと立ち昇っていく。

「…俺は確かに、理想を信じていたな」

作戦の時に感じた、古い気持ち。
それは共に戦った仲間のおかげで思い出せた、温かい気持ちだった。

古傷はその理想の成れの果て。
だけど今思えば然程、国や仲間のため
尽くしてきた過去も悪くはなかったのかもしれない。


「…探しましたよ、カプカン」
「あぁ、勝手に居なくなって済まない」

屋上に来たのは、澄んだ瞳を持つ仲間だった。

「…なぁ、お前は部隊を降りないんだな」

「俺には俺の理想がある、そして自分を信じてくれる仲間がいるから辞めろと言われても辞めるわけには行かない」

かつての俺は、
理想を信じて疑わなかった。
未来が壊れるなんて思ってもいなかったから。

「これからも、厳しい未来が待っているかも知れない。それでもルーク、お前は理想を持ち続けるんだな」

「…あぁ、覚悟を決めている。もう弱い俺とは決別をしたんだ。あなたが言った、【理想と現実は一本の糸】って言葉覚えはいるか?」

覚えている、
それは俺が口にした言葉なのだから。

ルークはゆっくりと俺の瞳を見つめて、手を差し出してくる。

「あなたと俺が追う道の先はやがて交わる。理想と現実、確かにそれが叶わなかったり、壊れたり。それほど辛いことはないと思う。だけど、俺たちは志を共にする仲間だ」

心に凍てついていた氷はゆっくりと溶けていく。閉じ込めていた過去の自分。かつての自分とはもう。

…さよならだ。

差し出された手を俺は握り返す。

「…これからもこの先も、未来がある限り俺は仲間のために現実を見続ける。だけど、叶えるために理想も抱いて行こうと思う」

古傷の跡はもう、
気にはならないだろう。

煙草の火を消し、
俺は一人の若者と握手を交わす。
それはようやく見えてきた、未来への一歩だ。

屋上は冬空ではあるが、
澄み切った青空が広がっている。
目の前に立つ、未来を担う若者と同じ色をしている。

 

明るい未来と、
厳しい現実。
そして理想。

これらが混ざって生まれるのが
人の人生であり、歩む道なのだから。
俺はもう、否定などしない。

【理想と現実】はやがて交わる、
一つの道筋なのだから。

明るい太陽が、
そっと照らしてくれていた。