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初恋ステンドグラス

キラキラと透き通るガラス細工はまるで歪な恋ゴコロ。手に取って落としてしまえば儚くも割れてしまう。

触れたら溶けそうなこの想いに名前をつけるなら『初恋』と名付けるのが一番だろう。

俺が初めて想いを寄せたお前に気持ちを捧げよう。口に出すには恥ずかしいこの想いを。


【初恋ステンドグラス】

 

ティムール・グラズコフとの出会いは、俺がレインボー部隊に所属されて宿舎の部屋が一緒になったことから始まった。

『初めまして、俺はグラズ。…ティムール・グラズコフだ。今日からルームメイトになるが分からないことが有れば聞いてくれ。その、宜しく』

『あぁ、宜しく』

相部屋になったティムールの部屋にはキャンバスとグラズノフ、そして必要最低限の生活用品しかなかったことは今でも覚えている。

俺は辺りを見渡して、キャンバスに描かれていた絵を見て呟いた。

『…お前が描いたのか?』

『っ…み、見ないでくれ!』

『こんなに綺麗な絵を描くんだな、お前』

『だ、誰にも見せたことないんだ!その、江夏さん、黙っててくれないか?!初めて見られたよ、自分の作品』

ティムールが絵を描くと知ったのはその時が初めてで、俺は今でもティムールが描いていた絵を瞳に焼けつけている。

まるで一枚のステンドグラスのような、あの綺麗な絵は見た者を魅了するに違いはない。

…少なくとも俺は魅了されてしまったのだから。

『分かった分かった!そんなに泣きそうな顔で言わなくても、これから生活を共にするんだから仲良くしてくれよ、あー、あと『江夏さん』じゃなくて名前で良いよ。分かるか、日本語』

『…ゆうくん…?』

『惜しいな、まさるだ、ゆうくんじゃない』

『ゆうくん?』

『まあいいや。それでいい。この絵、綺麗だな。日本に居たとき美術館とか通っていたけどお前の絵には魅力がある。ティムール、これからも見せてよ。お前の絵を』

『….君ならいいよ、ゆうくん』

『そうか、ありがとう』

これが俺とティムールの初めての出会い、そして俺がこの狙撃手に惹かれた初めての瞬間だった。

 


ティムールと出会って一年以上、俺は片思いしている状態だろう。今の友人関係が実に心地が良い。

これ以上もこれ以下も無い関係は俺にとってもティムールにとっても丁度良いに違いない。

夜、俺がベッドから身体を起こせば月明かりが部屋を淡く照らしていた。ティムールは月明かりが照らす窓の近くでキャンバスに真剣に向かいあってにらめっこしていた。

「…まだ寝ないのか?」

「優くん?…ごめん、起こしてしまったかな」

「いや、構わないが。何かアイデアがあってキャンバスとにらめっこしていたのか?」

「…あぁ、うん。今日は月明かりが綺麗だから描きたくなってさ。優くんはどうして起きたの?」

「ん?あぁ、お前がまだ寝てなかったから心配でな。ティムール、お前は好きなことを夢中になっていると眠ることすら放棄するからな。だから目が覚めた」

「心配かけてごめん。優くん、良かったら俺の隣に座らない?月明かりが綺麗なんだ。君にも見て貰いたくて」

「…分かった、そっちに行く」

俺はティムールの隣に招かれて席に腰を落として空を見上げた。月明かりが隣に座るティムールの陶器のような顔を照らす。

…あぁ、こいつは綺麗な奴なんだな。

「….綺麗な月だね」

「お前も綺麗だよ、ティムール」

「え…?」

「月と同じくらいお前も綺麗だよ」

気がつけばティムールの青いガラス玉のような瞳が二つ、俺の顔を見つめていた。まるでその瞳に吸い込まれるように俺もティムールを見つめてしまう。

「…俺は綺麗じゃないよ、優くん」

「どうしてそんな否定的に捉えるんだ?俺は思ったことをそのまま伝えただけだ」

「期待させるようなことを言うのが優くんの趣味なのか?君は俺が好きなのか?」

「…良く分かったな、正解」

俺はティムールの身体を引き寄せて、頭を撫でながら耳元で呟いた。暗い部屋の中でも分かる。

すごい真っ赤じゃないか、可愛い奴。

「…初めて出会ってお前を見たときから気になっていた。綺麗な奴だと思ってはいたんだ。だけど毎日を一緒に過ごすようになってからもっとお前を知りたいと思うようになった。ティムール、俺の初恋はお前だ」

「…君と同室になって一年以上は経ったと思う。優くん、俺も同じことを思っていたよ?君にこの絵をあげる。初めて俺の絵を綺麗と褒めてくれた優くんに」

ティムールは一枚の絵を俺に手渡してきた。あぁ、これは俺がティムールの絵を綺麗と初めて褒めた絵じゃないか?

綺麗なステンドグラスを描いたその絵はまるで割れ物のようで歪だった。きっとこれはティムールの心そのものなんだろう。

「…貰っていいのか?」

「これが俺の返事だから。優くん、好き…、大好き…」

ティムールはそっと俺の背中に腕を回して身体を預けてくる。受け取った絵を棚に置き、俺はティムールの身体を力いっぱい抱きしめた。

「月明かりが眩しい」

「…じゃあ、瞳を閉じて」

俺はティムールに言われた通りに瞳を閉じた。気配が近づいてくるのがよく分かる。

柔らかなものが唇に触れてくる。それがティムールの物だと気付いたのは長い長い口づけから解放された後のことだった。

 

恋というのはいつだって儚くて繊細で、まるで硝子細工のようである。だけれどしっかりと手に入れて守ってしまえばこちらのものだ。

「ティムール、ようやくお前を手に入れられたよ。大好きだ…」

今、心の中に舞って落ちて来たのは唯一無二の想いを馳せたあとの残骸だけだった。

青の瞳はすっと細められて、俺の顔を嬉しげに、そして誇らしげに見つめてくる。

「俺も同じ気持ちだよ、優くん」

穏やかな夜の部屋、月明かりだけが俺とお前を優しく照らしてくれていた。初恋の硝子細工はきらきらと色褪せることなく輝き続けていた。