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【幸せになれない狩人/泣き腫らした夜】


【幸せになれない狩人/泣き腫らした夜】

 

〜幸せになれない狩人〜


時折、自分の過去を酷く恨む時がある。

自分は誰よりも苦労を重ね、生きるか死ぬかの世界で生き抜いて来た。しかし周りの奴らは笑ってのうのうと幸せそうな笑顔を浮かべている。

何で当たり前の幸せを与えてもらうことが出来なかったのだろうかと深く悩んでしまう時もあった。

そう、全ては優劣の世界なのだ。

それ以上もそれ以下もない、全ては優劣の世界であった。俺はいつだって劣勢の中で『生きる』か『死ぬか』の世界を歩んできたのだ。

輝かしい栄誉など、生きる上ではただの飾り。俺が真に欲した物はそう、自分自身が生きる為の幸せだった。

 


「お前はそうやって自分を傷つけてまで幸せになりたいのか?」

「…あんたには関係無いだろう、サーシャ」

寂れたバーの隅っこの席、俺とセナフィエフは安い酒を酌み交わしながらくだらない話に花を咲かせていた。

セナフィエフはグラスに残っていたウォッカを一気に煽れば俺を見て少しだけ哀れみを含めた視線で俺を見る。

「俺とお前は付き合いだって長いだろう、マクシム。俺はお前が心配なんだ、自己犠牲を厭わないお前が心配なんだ。幸せになりたいと願っているのは分かるさ、お前の過去は凄惨で苦労もしてきただろう。だからこそ俺はお前に自分自身を大切にして欲しいと…」

「余計なお世話だ」

「そうやってお前はいつまでも自分のことだけを考えるのか?思考回路が子どもだぞ、大人なら少しは周りの奴のことだって…!」

「…悪いが俺は自分のことだけで手一杯なんだよ。サーシャ、酒代は置いていく。あんたも旨い酒が飲みたいなら今後は俺を誘うな」

「…クソガキ」

「そう言われても仕方ないな」

俺はウォッカ一杯分の金だけを渡してバーを後にする。セナフィエフ、あんたの言い分は分かるさ、俺だって大人だからな。

ただな、俺は自分自身で手一杯なんだよ。幸せになんてなれないと頭では分かりきっているからこそ俺は俺の道を歩くだけだ。


あぁ、外は寒い。

散らつく雪が頬を掠めて溶けていく。

もう俺の歩む道に迷いなんてない。

…例え仲間がなんて言おうが構わない、俺は俺だけの幸せの為にこの先も生きて行くのだから。

 


〜泣き腫らした夜〜


一枚の手紙がマクシム・バスーダ宛に届いたのは昨夜のこと。送り主を見れば、故郷に残して来た妹からだった。

封を切って中身を見れば、狩人の異名を持つマクシムの涙腺は自然に緩んでしまう。

『マクシム兄さんへ、元気にしておりますか?私は元気に過ごしております。兄さんの仕送りや家族みんなで頑張って来たから今はちゃんとした生活を送れております。兄さん、私、ずっと大切だった人と結婚することになりました。マクシム兄さんがもし帰国出来るのなら私の花嫁姿を見て欲しいです、結婚式の日取りは…』


「…そうか、結婚するんだな」

マクシムは手紙を読みながら涙をぼろぼろと零していく。綺麗な字で書かれた手紙の文字が涙で滲んで行く。

苦楽を共にして来た弟妹たちは皆自立していった。その中でも妹は小さな頃から満足に好きなことをさせてやることもできなかった。

マクシムは祖国に残してきた家族の為に毎月給料の殆んどを仕送りしていた。きっとそのお金で式を挙げるのだろう。

自分の生活なんかよりもマクシムにとって、家族の幸せが一番だった。マクシムは涙を拭いながらそっと祖国から届いた手紙を折り畳み、机の中にしまった。

「何だか、泣いたのが久しぶり過ぎて疲れた」

「あんたが泣くなんて珍しいな、マクシム」

「…シュ、シュフラット?!」

「ドアを何度かノックしたぞ?勝手に入ってしまって悪いな。邪魔してるぞ」

「いつものことだから構わんが…。泣いていることは誰にも言うな!言ったら怒る」

「…別に誰にも言わないが、どうして泣いていたんだ?恋人として知る義務はあるよな」

「…言わないと駄目か?」

「言わないならもっと泣かせちゃうかも」

「…妹が結婚すると、手紙で知らせて来てな。苦労ばかりかけて来たからようやく幸せになれたんだと思ってな。安心して涙腺が緩んだんだ」

マクシムはシュフラットの顔を見つめて呟いた。そんな様子を見たシュフラットはマクシムの頬に手を伸ばして微笑んだ。

「あんたの家族が幸せになったのなら、マクシム、今度はあんたが幸せになる番じゃないのか?」

「…俺は今でも充分幸せだがな。シュフラットが隣に居てくれるだけで充分なんだけど…」

「可愛いことを言うな、まったく。俺はあんたとずっと一緒に居る誓いがしたい。あぁ、じれったい。マクシム、あんたの隣にずっと居させろ。それ以外は何も望まない」

何処かぶっきらぼうだけど優しさも含まれたその言葉の真意を汲み取ったマクシムはシュフラットの身体を抱き寄せた。

「それがお前の望みなのか?」

「…あんたの望みでもあるだろう?」

「…バレた?」

「あぁ、バレバレだ。マクシム、好きだよ。一生をかけてあんたを幸せにしてやれるのは俺だけだ。俺以外、あんたの隣を歩くのは許さない」

「本当にお前は俺が好きなんだな」

「…愛してるからな」

「そういう俺も、シュフラットが大好き」

「…YESってことか?」

「そうだよ、だから俺を幸せにしてくれよ。シュフラットとならどんなに辛い道でも歩めると思うから」

「…ありがとう」

「お礼を言いたいのは俺の方だよ」

マクシムの瞳からは一粒の涙が溢れ落ちて行く。しかし彼の顔はどこか幸せそうだった。

かけがえのない未来が始まろうとしていた。