穴龍の里

穴龍がr6sのSSをupする欲望の吐き捨て場。

ドクとエコーの話①

【傷付いた心】


土砂降りの雨の中、傘も差さず、ベンチに座っている一人の男がいた。

男の名前はギュスターヴ・カテブ。

レインボー部隊の隊員であり、軍医としても活躍している一人の男だ。ギュスターヴの顔には苦悶の表情がありありと浮かんでいた。

(…私にとって君は宝だったよ、ジュリアン…)

フランスのGIGNに居た時から苦楽を共にして来た相棒、ジュリアン・ニザンの結婚を知ったのは今朝の事。

ずっと片思いしていた相棒には長い付き合いの彼女が居た。そんな彼女との結婚…、プロポーズが上手く行ったと嬉しげに話しに来たジュリアンの笑顔は今までに見たことのない表情だった。

『おめでとう、ジュリアン』

ギュスターヴは朝一でジュリアンに祝福の言葉をかければ、軽装で土砂降りの雨の中を歩いて居た。

とにかく一人になりたかった。

気持ちの整理が追いつかず、ギュスターヴはただただ冷静になる為に土砂降りの雨の中、公園のベンチに座っていた。

(…君に早く想いを伝えていれば少しは未来が変わっていたのか?ジュリアン、私は君が大好きなのに、愛しいと想っていたのに…)

もう二度と伝えることが許されない言葉に出来ない想いはギュスターヴの心の中で静かに沈下していく。

…薄暗い曇り空のように、心にまで曇天が広がっていく。

ギュスターヴは空を見上げて唇を噛み締めながら小さく呟いた。

「…良い歳した大人がたかが失恋くらいで何をしているんだろうな。まったく私らしくない」

土砂降りの雨の音に同化していくかのように小さな呟きは消えていく。頭を冷やし、想っていた相棒への気持ちを冷ますには丁度いい。ギュスターヴは雨に打たれながら空を見上げていた。

 


ギュスターヴは気が済んだのか、公園のベンチから腰を上げて宿舎に戻ろうとした時だった。

「…おい!そんな濡れた状態で何してんだ」

ぶっきらぼうな声がギュスターヴの後ろから聞こえてくる。ギュスターヴが振り向けば、そこに居るのはレインボー部隊の隊員である、江夏優だった。

傘を差した状態で手にはスーパーの袋を持っていたから買い物帰りだろう。同僚がこんな土砂降りの中で濡れ鼠になっているのだから江夏は見て見ぬ振りなんかできず、声をかけたのだろう。

「…私に何か用でも?」

「あんた馬鹿だろ?こんな土砂降りの中で傘も差さずに公園のベンチで何してんだ。軍医であるあんたが風邪引いたら周りに迷惑だ」

江夏はそっとギュスターヴに傘を傾けて濡れないように気を遣った。しかしギュスターヴはそんな江夏の気遣いをも鬱陶しそうにして溜息をついた。

「私のことは放っておいてくれないか?私がここで何をしていようが君には関係ないだろう。余計なお世話だ」

あからさまな拒絶の言葉にムッとした江夏はギュスターヴの手首を無理やり掴んで歩き始めた。

「っ、いきなり何するんだ?!」

「あんたみたいなバカを放っておけないから部屋に連れていく。風邪を引いて部隊の奴らにまで感染したら責任取れるのか?…あんたがそこまで無責任な奴じゃないって俺は信じてるがな」

「…………」

江夏の言葉はまさに正論で、ギュスターヴは何も反論することが出来なかった。ギュスターヴは黙って江夏の後について行くことにした。


宿舎に戻り、江夏の部屋に連れて行かれたギュスターヴは江夏からタオルと着替えを受け取った。

「これは…」

「とりあえずシャワーでも浴びろ、あんたに風邪を引かれたら困るのは俺たち隊員だ。後で公園で土砂降りの中居た理由を聞いてやるからさっさと浴びろ」

「…余計な…」

「あんたに何かあったらあんたの相棒が悲しむんだよ。いいから早くシャワー浴びてこい!」

「…分かった」

ギュスターヴは江夏から受け取ったタオルと着替えを持って浴室に足を運んで行った。

 

 

「着替えとタオル、ありがとう」

「おう」

ギュスターヴが着ているスエットや下着はどれも新品の衣類だった。江夏は几帳面なのであろう、ストックされていたのをわざわざ濡れ鼠になっていたギュスターヴの為に渡したのだ。

「…飲むか?」

「それは…」

「ゆずレモン」

「…ありがとう」

シャワーを浴び終わったギュスターヴは江夏の隣に腰を下ろし、彼が淹れてくれたゆずレモンを口に含んだ。

ほのかな酸味と蜂蜜の甘みが傷心中のギュスターヴの心と疲弊した身体に染み込んでいく。

江夏はギュスターヴにぽつりと声をかけて呟いた。

「…あんた、もしかしてルークが好きだった?」

「…は…?」

「だから、ルークが好きだったんだろう?あんたの相棒、今度結婚するって今日皆に挨拶していたぜ。フランスにいた時からずっと一緒だった相棒だろう?失恋したから土砂降りの雨の中にいた。違うか?」

江夏の言葉はまさに正解で、ギュスターヴの心は胸が締め付けられる思いでいっぱいになる。ギュスターヴは江夏の顔を少し睨むように見つめた。

「…君には関係ない。私とジュリアンの問題だ、それに私はジュリアンに何も伝えてなんかいない。私の勝手な恋慕なんだから放っておいてくれ」

「弱虫だな、あんたって」

「部外者の君にそこまで言われる筋合いなんてない!報われない想いを抱くことの何処が…」

ギュスターヴはそこで口を閉ざしてしまう。江夏の顔が少し悲しげに歪んでいたからだ。江夏はギュスターヴを憐れむような目で見つめ返す。

「…俺があんたをここに連れて来た理由なんてただ一つなのにな。『報われない想い』ね…。あんたが相棒を想うように、あんたを想っている別の人間が居ることくらい分かれよ、鈍感」

江夏の表情も何処か苦しげで、それはまるで今の自分自身を見ているようだった。ギュスターヴは小さく溜息をついて言葉を漏らす。

「…声を荒げて悪かった」

「いいよ、俺は気にしない」

「江夏くん、その、君はもしかして…」

「バレた?…俺はあんたのこと…」

ギュスターヴの身体はそっと隣に座る人物の体温に包まれていく。温かな体温がじわりと伝わってくる感覚にギュスターヴは溺れそうになっていく。

「…俺はギュスターヴ先生、あんたが好きなんだ。だから今朝公園であんたが土砂降りの雨の中にいた所を見つけて声をかけた。あんたがルークを好きなことも、簡単に想いを捨てることが出来ないのも分かってる。だけど俺ならあんたの隣に居てやれる。だから先生、俺の隣に居てよ…」

きっと江夏も自分と同じように言葉に出来ない想いを抱えて毎日を過ごして来たのだろう。

ギュスターヴはそっと江夏の背中に腕を回して囁いた。

「私はジュリアンを忘れられない」

「…そんなこと、分かりきってる。誰よりもあんたを想って毎日を過ごして来たんだから」

「君をジュリアンの代わりにしてしまうかも知れないんだぞ?…傷心を癒す為に君を酷く扱ってしまうかもしれないのに、それでも江夏くん、君は私の側に居たいというのか?」

「あんたは優しい人だから俺に手酷くなんて出来ない。先生、俺はあんたを振り向かせる自信しかない。いつかルークよりも想って貰えると信じてる」

江夏の言葉に嘘偽りはない。

力強さしか感じられなかった。

ギュスターヴは瞳を閉じてジュリアンに対する想いを馳せていく。

君は私の宝物、
かけがえのない大切な人、
背中を預けられる相棒、
誰よりも大切で大好きで愛しくて…。

「….大好きだ…、ジュリアン、私は本当に君が大好きなんだ…、だけど君と私が歩む道は別の道なんだね…、幸せになって、どうか、誰よりも幸せに…」

江夏の胸の中でギュスターヴは子どものように涙を流していく。普段誰よりも他人を大切にするギュスターヴが泣き腫らすほど、彼にとってジュリアンは大切な人であった。

江夏は優しくギュスターヴの頭を撫でてただただ黙って彼を抱きしめて居た。

 


「…落ち着いた?」

「取り乱して、済まなかった…」

「あんたは本当に相棒が好きなんだな」

「…ずっと一緒に居たから尚更な。江夏…くん、私を好きになっても良いことなんて何もないし未練たらしい男に成り下がってしまったが…こんな私を拾ってくれるのか」

「…さっきも言ったけど俺はルークを越えてやるから心配するな。未練も何も忘れさせてやる。だから俺を見て」

江夏の言葉はギュスターヴの心にじわりと染み込んでいく。嘘偽りのない言葉はギュスターヴにしか向けられてはいないのだ。

「…君と歩いてみるのも悪くはないのかもな」

「俺はずっと側に居てやる。先生、あんたを一人になんてしないから。ギュスターヴ先生、好きだよ」

「…ありがとう、江夏くん」

ギュスターヴは江夏の顔に手を伸ばし、自ら唇を重ねた。驚きに満ち溢れた江夏の表情はやがてうっとりとした表情に変わっていき、自身の瞳もゆっくりと閉じていく。

想いの灯火は鎮火することを知らず、ゆっくりと燃え上がっていく。

始まったばかりの二人の道はこれからがスタートラインなのだ。