穴龍の里

穴龍がr6sのSSをupする欲望の吐き捨て場。

スペツナズまとめ(過去作)

 

1.心、君の在処

(…もう嫌だ、こんな所での垂れ死にたくなんかない………!!)

3人兄弟の長男である、マクシム・バスーダは貧しい家で育ち、また下の幼い兄弟たちに食べさせるために法に触れる、触れないのギリギリの行為を起こしていた。

ついにそれも親に発覚し、勘当されてしまった彼に居場所なんか無く、そして帰れる場所すら無くなってしまったのだ。

(…お腹空いたな、3日も食べてない…)

…いっそのこと、死んで終おうか。

当時12歳だった彼にとって、この状況は生きていてもどうにもならないことくらい、頭の中では理解していた。

(…俺が居なくなったくらいで、誰も悲しまない。むしろ、消えてここで終わりにした方が良いに決まってる)

いつも持ち歩いていた護身用ナイフを喉にあてがい、そして突き刺そうとした時だった。

『……馬鹿野郎、何してるんだ!?命粗末にすんじゃねぇ…!!』

カプカンの側には誰も居なかったはずなのに、気がついたら近くには大柄の男が一人、カプカンのナイフを持つ手を捻りあげる。

『…っ…離せよ!!あんたには関係ないだろ、俺はここで死ぬって決めたんだ…!』

真夜中、この大柄の男とカプカンは誰もいない路地裏に対峙していた。

『親から貰った命を粗末にするような奴に、くたばる資格なんて無いんだよ…っ、ガキのくせにカッコつけようとしてんなよ?!』

捻りあげた手を離し、カプカンからナイフを取り上げる。

『…返せよ、それは俺のナイフだ!!』

カプカンは大柄の男に取り上げられたナイフを取り替えそうと手を伸ばす。

…しかし、身長差があまりにもありそれは叶わなかった。

『駄目だ、これは没収だ…』

大柄の男はカプカンに視線を合わせるようにその場にしゃがみ込む。

『お前、行く場所無いのか?』

『…俺は親に捨てられ、もう帰れる場所すら無いんだ』

その言葉を聞いた大柄の男は一瞬考え込み、そしてカプカンの頭をぐしゃりと撫でた。

『…とりあえず飯を食おう、お前も来い』

『…な、何すんだ!!』

大柄の男はカプカンの腕を引き、ニッと笑う。

『お前さっきから腹の虫、鳴きまくってるぞ~、大人の言うことを聞いた方が良いぜ』

『…五月蝿いぞ…』

腕を引かれながら、カプカンは大柄の男について行く。

…瞳には、ほんの少しだけ涙を浮かべながら。

 

 

***

 

 

『お、良い食いっぷりだな!やっぱ子どもはちゃんと食わないとおっきくなれねーぞ!?』

3日ぶりに食事にありつけたカプカンはひたすら食事を止めようとはしなかった。

(…なんなんだ、この人は…)

こんな大人、自分の周りには居なかった。

温かい食事を得るには、犯罪すれすれの行為に手を染めなくてはいけなかったからだ。

食事を美味しそうに食べる姿を、大柄の男は楽しそうに見ていた。

 

 

『…なんだよ、人の顔見て』

『いやー、お前も子どもらしい一面あるんだなーと思ってな。…つか、お前の名前はなんと言うんだ?』

初めて名前を聞かれ、
カプカンは食事の手を止めて呟いた。

『…マクシム・バスーダ…』

『…歳は?』

『…12歳だ』

『うっそ!?お前、そんなに歳いってたんだな…』

『…そういう、あんたの名前はなんだよ?人にばかり聞くのはずるいだろ』

カプカンの言葉を聞いた大柄な男は笑顔を向ける。

『アレクサンドル・セナフィエフ、24歳だ。職業は軍人だ、よろしくな』

それが二人の初めての出会いだった。

 

 

***

それから10年。

カプカンは『アレクサンドル・セナフィエフ』という名前を頼りに、警察官、そして自らも軍人の道へと進むことになった。

カプカンは22歳、
あの大柄な男も生きているなら34歳のはずだ。

(…あんたは何処にいる?俺をあの時暗闇から救ってくれたあんたに恩返しがしたいんだ………)

スペツナズという特殊部隊に身を置くことになったカプカンは名前と年齢を元に、『アレクサンドル・セナフィエフ』をひたすら探し続けた。

スペツナズの隊員の部屋は、二人一部屋という割り振りであった。

部隊では全員がコードネームで呼びあっているため、本名が分からない。

(…俺の部屋と相部屋のやつは《タチャンカ》か…)

新しく入隊したばかりのカプカンと相部屋になる《タチャンカ》という人間は、裏表がなくはっきりした性格の持ち主だと聞いていた。

(…あんたを思い出すよ…)

…10年前に自分をどん底から救ってくれた、あんたの顔を………。

カプカンは自分の部屋に着き、ドアを開けるとそこには体格の良い男が一人、ベッドで横になっていた。

『…おい、今日からあんたと同じ部屋で暮らすカプカンだ、よろしく頼む…』

カプカンはベッドで横になっている男に声をかける。

すると、
その男はベッドから身体を起こし眠そうに瞳を擦る。

『…お前がカプカンだな、俺はタチャンカって呼ばれている。…悪いな、昨日ロシア外の任務から戻ってきたばかりで…』

『気にしてなどいない』

カプカンはタチャンカを見つめて、そして椅子に腰かける。

タチャンカもベッドから離れて、カプカンの近くに腰かける。

(…この男、あの人に面影似てないか…?)

カプカンは近くにあるタチャンカの顔をじーっと見つめる。

整った端正な顔に、
少し目尻には年のせいか皺が深く刻まれている。

そして何よりも、タチャンカが助けてくれた恩人かもしれないという確証になった部分は、その瞳であった。

その視線に気がついたのか、タチャンカはカプカンを見てニコニコしはじめる。

『そんなに俺って格好いいか?ん?』

『…10年前、あんたは何してた?』

カプカンはタチャンカに真剣な眼差しで問いただす。

『俺はまだ軍に入って6年くらいしか経ってない、ただの軍人だったな。…なんでだ?』

『自分よりも10歳程度離れた、少年の命を救った記憶はないか?』

タチャンカは深く考え込み、やがて口を開く。

『…確か、ナイフで命を絶とうとしてた生意気なやつを止めた気がするな……、………って、お前あの時の子どもか?!』

合点が行ったかのようにタチャンカは驚いた顔をする。

『あんたに恩返しがしたくて、ずっとずっと探していた。…俺が知ってた情報は、《アレクサンドル・セナフィエフ》って名前とあんたの真っ直ぐな瞳だけだった。ようやく、ようやくあんたに恩返しが出来るな』

カプカンの言葉を聞いたタチャンカは名一杯、カプカンの頭をぐしゃりと撫でた。

『よくここまで元気にでかく育ったな。…良かった、飯を食わせた後お前は結局どこかへ居なくなってしまったから。…そうだ…!』

タチャンカは撫でてた手を離し、近くの引き出しから丁寧に包まれた箱を取りだし、カプカンへと手渡す。

『…なんだ、これは?』

『お前が持っていた護身用ナイフだよ、今はもう命を絶つために使うなんてことしなさそうだし、今度からは命を守るために使えよな』

受け取った包みをあけると、そねた刀身は綺麗に研がれていた。

(ずっと、持っていてくれたんだな…)

ナイフを懐にしまい、カプカンはタチャンカへ深く頭を下げる。

『…あんたに救われたこの命、あんたの為に使いたい。どうか、この先もよろしく頼む』

『そんな頭を深く下げんじゃねーよ、カプカン』

タチャンカはカプカンへ手を差し出す。

『俺たちは仲間だ、これからは同じ道を歩んでいく仲間同士だからな…、よろしく頼む』

差し出された手を、カプカンは強く握り返す。

それが二人の、本当の『始まり』であった。

 

 

***

二人が10年ぶりに再会してから約15年。

出会ってから25年。

タチャンカは49歳、
カプカンは37歳と年数ばかりが経過していく。

(…コイツは俺の気持ちに気がついてんのか?!…だったら、毎日生殺し過ぎんだろ?)

二人は長い年月、生活を共にしている訳で気がついたら恋愛感情を抱くくらい、タチャンカにとってカプカンの存在は大切になっていた。

…少なくとも、惚れ込んだのはタチャンカが先だった。

(出会った頃はあんなに子どもで、自分の影響で軍人になるって最早運命だろ、絶対にそうだよな…)

タチャンカに絶対的な恩を感じているカプカンは、彼の為ならどんなことだって、嫌な顔を見せずにやってのけてしまう。

…それはあくまでも、任務や仕事に対してだけだった。

毎日、タチャンカはカプカンへ愛の言葉をかけていた。

しかし、カプカンは表情1つ変えず必ずタチャンカに対してある言葉を返していた。

『俺はあんたをそんな目で見れないから』

冷たく突き放されてしまうタチャンカは毎日毎日、とにかくめげずにカプカンに自分の思いを伝えていたのだ。

(…俺はお前が好きなんだ、誰よりも大事にしてやりたい。…出来ることなら、他の奴になんかの目に晒したくない)

タチャンカの気持ちは何時だってカプカンにしか向いていないのだ。

しかし、
肝心なカプカン自身は年が経過していくたびに口数は減っていき、必要最低限のことしか口にしなくなってきた。

…俺って、もう要らないのか…?

タチャンカの精神はめっぽう強い方ではあったのだ。

しかし、カプカンの煮え切らない態度にその強さは崩れかけていた。

(…もし、もう一度俺の気持ちを伝えて駄目なら諦めるしかねーよな、アイツのためにも)

タチャンカは覚悟を決めていた。

 


***

その日の夜。

タチャンカは部屋でカプカンが任務から部屋に戻るのを待っていた。

(…これで最後だ、これで俺の思いが伝わらないのなら。…もう、俺は諦めるんだ)

出会って、
生活を共にして、
そして惚れ込んだ男は、自分が命を助けた男で………。

不安と、なんとも言えない気持ちばかりが心を覆いつくす。

 

 

そんな気持ちで、
カプカンの帰りを待っていた時だ。

部屋のドアが開き、待ち人が帰って来た。

「…おかえり、カプカン」

タチャンカはいつもより暗く、それがバレないようにカプカンへ笑顔を向ける。

すると、何かを悟ったのかカプカンはタチャンカを引き寄せて熱を測る。

「…ただいま、あんたがそんな暗いなんて珍しいな。体調悪いのか?」

(~…っ!!この鈍感!!)

タチャンカの中で、何かが大きく崩れ去る。

 

 

「馬鹿野郎っ…、そんな近くに寄るな!襲っちまうぞ…?!」

引き寄せられた身体を離し、
カプカンを近くのベッドへ思いきり押し倒す。

「おい、いきなり何すんだっ……」

「…お前は俺の気持ちを知ってていつもいつも煮え切らない態度をとってんだろ?!そんな態度取られるくらいならいっそのこと、思いきり拒絶してくれよ……。俺はお前と初めて出会って25年、片時もお前を忘れたことなんかねーんだ、カプカンが心から好きなんだ………!!」

カプカンに向けられる瞳はいつものタチャンカの瞳なんかよりもいっそう深い色をしていた。

タチャンカの身体の下で、カプカンは少しびっくりした表情を浮かべやがて口を開いた。

「あんたは何か勘違いをしてはいないか?」

「…え、勘違い?!」

カプカンはふーっと深いため息をつき、真っ直ぐとタチャンカを見上げた。

「タチャンカ、あんたは毎日俺に好きだの愛してるだの…やたらと言葉を投げてくるよな?」

「…そりゃ、お前が好きだから」

「俺はそんなこと誰にも言われたことが無いんだよ…、家族に捨てられほぼ天涯孤独に近い状態で生きて来たんだからな……」

「で、でもお前は言ったよな。『
俺はあんたをそんな目で見れないから』って…」

タチャンカの言葉にカプカンは自分の顔を覆うように手で顔を隠す。

「今から25年前、あんたに出会っていなかったら俺は生きてなかったんだぞ、命の恩人であるあんたになんかとっくに俺は…………」

 


「惚れちまってるに、決まってんだろ?!一人で暴走すんなこの野郎……っ!」

 

 

(…嘘、だよな…………?)

タチャンカは自身の耳を疑ってしまう。

そしてもう一度、カプカンに尋ねてしまう。

「…俺と同じ気持ちだって、ことなんだよな?…自惚れていいのか?」

「…自惚れる必要なんてないだろ」

タチャンカの口許には、今までにはないくらいの笑みが浮かんでいたのだった。

「良かった、お前が同じ気持ちじゃなかったら俺はカプカン、お前から離れようって実は決めていたんだ」

「そんなの許さんぞ、俺はあんた以外に思ったことなんてないし、欲情だってしたことないぞ…っ!」

 

 

(…うん、欲情…?)

カプカンの言葉を聞いたタチャンカは、彼の耳許で深く囁いた。

「…俺のこと考えて、一人で慰めてたのか…?」

「黙れよ…」

タチャンカはにこにこしながらカプカンの首もとに舌を這わす。

「じゃあこれからは遠慮しないで抱かせてもらうから覚悟しろよな?」

 

 

「…もう、俺の敗けだ…」

タチャンカの背中にカプカンは腕をまわす。

やがて深い口づけと共に、身体を重ねるようにベッドへと沈んで行ったのだった………。

 

 

***

(…良かった、俺だけじゃなかったんだ)

身体を重ねた余韻を感じながら、隣で眠るカプカンの頭をそっと撫でて抱き締める。

…10年越し、いやそれ以上の期間を経て手に入れた最愛の人が隣で眠っているこの瞬間こそ、『幸せ』だとタチャンカは感じていた。

「…カプカン、お前が生きていてくれていて良かった。《あの時》出会わなければ、今こうして眠ることなんて無かったんだろうな………」

抱き締められたのに気がついたのか、カプカンは少しだけ瞳を開けタチャンカを見つめる。

「…あんたはいつだって、俺のことばかりだな。少しは自分を大切にしたらどうなんだ」

「…お前が隣にいる限り、俺はな………」

 


「カプカンだけしか見れないし、お前以外を大切になんてできねーよ。…25年来の付き合いだ、それくらい分かれよ?」

「お手上げだ、あんたには敵わんな。…それはこの先も変わらないだろうな」

…手を握り、そっと言葉を呟く。

「…俺の心の在処はずっとあんただけだよ、サーシャ」

 

 

その日初めて二人は共に眠る。

真夜中はカプカンにとっては哀しい記憶ばかりだった。

だけどそれも今日で終わりである。

…大切な温もりが隣にあるから……。

心の在処は、あなたなのだから。

(さようなら、哀しい真夜中…)

寄り添う心は離れることを知らない。

 

2.群青の空に願うのは

 

北欧・フィンランドにカプカンとタチャンカは居た。任務のために極寒の地に派遣された二人は基地の中でホットコーヒーを飲みながら夜の空を見つめた。

「なぁなぁ、俺たちなんでこんな遠い所に居るんだよ〜〜?!早く帰りたい!!帰ってテレビ見たい!」

タチャンカは子どものように口を尖らせて呟いた。レインボー部隊の中でも年長の類に入るのに子どもらしい一面がある男だ。

カプカンはため息をついてタチャンカを見つめた。

「俺たちが居るのは、ロシアの特殊部隊出身で寒い地に耐性があるからだ。恨むなら母国の寒さを恨むといい」

「…冷たい、この基地は空調も悪いしテレビとか娯楽もない。お前と二人とか…」

「俺と二人きりで何か問題があるのか?」

カプカンはタチャンカの目の前に顔を寄せる。唇が触れるか触れないかの絶妙な位置に、タチャンカは顔を赤くした。

「カプカン、お前俺と二人きりで何とも思わんのか?!手を出したくなる俺の気持ちを分かってくれ、頼むから!!」

「あんたはまだまだ青いな、サーシャ」

カプカンはタチャンカの唇に、
自身の薄い唇を軽く乗っけて弄ぶ。
鋭い眼光の男の、深緑の瞳はまるで罠で。

気がつけば、
タチャンカの口内にはカプカンの舌が侵入しているではないか。

(…くっそ、このまま食ってやりてぇ。だけど駄目だ。任務のために来てるここで、こいつを抱きなくなんかはない…)

僅かに揺れる理性。
そして働く自制心がタチャンカの心の中でぐらりと揺れている。

しかし、
カプカンは問答無用で唇を重ねてくる。熱を持つ舌をタチャンカも絡める。

「…んっ…」

声が漏れた所でカプカンはタチャンカの唇から自身の唇を離してニヤリと笑みを浮かべていた。

「これで寒く無いだろう?」

「…馬鹿野郎っ、箍が外れちまう所だった!!ま、可愛いから許してやるけど」

「そうか。…そうだ、あんたに見せたいものがある。外へ出てみないか?」

「はっ?!こんなくっそ寒いのにか?!」

「…いいから、俺について来い」

「ハンター様の言うこと聞いてやるよ、仕方ねぇ…」

二人は厚いコートを羽織り、
基地から外へと歩き出した。

 


「さっみぃ〜〜!!カプカン、お前寒くないのかよ?!」

外へ出ると、夜は更けていて母国のロシア並みに外には冷たい夜風が吹いていた。

タチャンカは傍らに立つカプカンを見つめて身体を震わした。

「俺を見くびるなよタチャンカ。俺は一時期南極にほど近い港町で暮らしていたんだ。このくらいの寒さは慣れている」

「さすがはハンター様、さみぃ。早く基地に帰ろうぜっ…」

ロシア出身の筈のタチャンカは、南極近くで生活をしていたタチャンカと比べると非常に寒さに弱いのだ。

「今ここでしか見れないものを、あんたに見せてやる。空を見上げてみろ」

 

 

群青の空に広がるのは、深緑色の煌々と輝くオーロラだった。母国であるロシアに居た時だって、こんなに美しい風景をみたことがあったのだろうか。

 

 

タチャンカを連れてカプカンは外に出てあるものを見せたがっていた。

 


「帰りたいなんて言わせないぞ、見れてる今この時は、中々ない。俺とあんたは運が良い」

「マジかよ?!っすっげー!!こんなに綺麗なもの見たのは初めてだ…」

先ほどまで、
寒さに文句を言っていたタチャンカは、寒さを忘れてしまうほど空に見惚れていた。

 

 

 


「あんたに見せたくて、見れるタイミングを前から調べていた」

カプカンはぼそりと、小さく聞こえないくらいに呟いた。

「ありがとうな。こんなつまんない任務の最終日が、一気に最高になっちまった。なぁ、カプカン」

タチャンカはオーロラと同じ瞳を持つ、カプカンをまじまじと見つめていた。

「…?なんだ?」

普段なら鋭い視線で自分を見るカプカンも、この空の下では穏やかな表情を浮かべている。

タチャンカはカプカンをそっと抱き寄せて、彼の耳元でゆっくりと囁いた。

 

 

「この先もお前が隣に居てくれればそれでいい。大好きなお前が隣にいて笑っていてくれたらそれで俺は充分なんだ。それ以上の幸せはいらねぇ。そんな風に今思ってる」

 

 

真面目な声音で思いを囁いたタチャンカを、カプカンも強く強く抱きしめ返す。

外は寒いのに、
お互いの体温が徐々に上がっていく。

 

 

「…悪いが、俺もあんたと同じ気持ちなんだ。ずっとずっと、俺を側に置いおけ。後悔はさせないぞ、サーシャ」

 

 

「…ったく、お前は最高だよ。世界でただ一人のлюбовник…」

 


二人は濃厚な群青の空を共に見つめて天を仰いだ。この空に願った思いは決して褪せることは無いだろう。

この思いを成就させるため、
二人は互いに手を重ねて視線をぶつける。やがて、唇に体温が降りてくるのに時間はかからなかったのだ。

 

3.【対照的silhouette】

 

 

side...glaz

 

 

最近、同僚を見て思うことが幾つかある。

(…カプカンって、素っ気ないよな。タチャンカとかフューズと話してる時は比較的普通なのに。俺、何かしたのか?)

俺はスペツナズの四人の中では一番歳下で、どちらかというと末っ子体質なのを自覚しているからタチャンカやフューズは良く俺を気にかけてくれる。

しかし、カプカンだけは俺が何か聞いたり話しかけたりしても『自分で何とかしろ』と冷たくあしらって終わりだ。

…正直、カプカンは苦手だ。

ベスラン占拠事件で無傷で生還したエリートというのは知ってはいるし、本人が悪い人間じゃないと言うのも分かってはいる。

だけど俺だけに冷たいのが、正直八つ当たりされてるようにしか見えないから、悪い所が有るならはっきり言ってくれればいいと思う。

そんな風に思っている俺に、転機とも言える出来事が起こった。

 


「部屋替え?…またいきなりだな」

「たまには違う奴と相部屋になって親交を深めた方が良いと思ってな!くじ作って来たから皆引けよ〜」

『部屋替え』を提案して来たのは、スペツナズ最年長のタチャンカだ。

スペツナズの宿舎は二人一部屋の相部屋だ。基本的にはずっと同じ人と部隊を辞めるまでは相部屋だがタチャンカは何かと上に顔が効くようだ。

俺は歳が比較的近いフューズと今は同室だ。フューズは無口だけど、根は優しいから困ったりした時に相談に乗ってくれる良き兄のような存在だ。

「グラズが心配だが、まぁ良いだろう。タチャンカ、引いてもいいか?」

フューズがタチャンカに聞くと、彼はニコニコしながらくじを引くように促した。

引いたくじをフューズが見ると、そこにはタチャンカの手書きで「★」が書かれていた。

「…俺は★だったが、俺と同じくじを引いた奴は居るか?」

「あ、俺同じだ!フューズと相部屋とか初めてか?宜しくな」

…何と、タチャンカとフューズが相部屋になってしまった以上、俺とカプカンが相部屋になる事が100%来まってしまったのだ。

「グラズとカプカンは相部屋決まりだな!喧嘩すんなよー、グラズもカプカンあまり怒らすなよ?こいつ怒ると色んな意味で恐いから」

「…タチャンカ、余計なことを言うんじゃない。フューズ、タチャンカは喧しいかと思うが宜しく頼んだ。そしてグラズ…」

鋭い眼光が俺の方へと向けられる。

「…せいぜい迷惑をかけるなよ?悪いが俺は他の二人と違ってお前を甘やかすつもりは無いからな。グラズ、返事は?」

「あ、あぁ。分かってる…」

…果たして俺の生活はどうなってしまうのだろうか。

 

 

***

 

 

部屋の入れ替え作業が終わり、今日から俺は苦手なカプカンと共に相部屋で生活をすることになった。

(…男しかいないのに、整頓されすぎじゃないか?フューズは工具散らかしていたし、俺も画材置いていたから部屋汚かったけど。カプカン、綺麗好きなのか?)

二人分の棚とベッド、机が置かれている部屋を見渡せばカプカンのスペースには無駄が無い。

整理整頓されている棚にはカプカンの趣味であろう罠作りの道具がキチンと並べられていて、綺麗好きだと思わせる所が幾つか見受けられた。

「…あの人、綺麗好きなんだな」
「何してるんだグラズ」

綺麗に整頓されていたスペースを見つめていたら、風呂から戻ったカプカンが真後ろに立っていた。

「あ、あんた意外に綺麗好きなんだな。びっくりしただけだ、他は何とも思ってはいない」

「…そうか。悪いが俺は前にも言ったけどお前を甘やかすつもりは無いからな。ちゃんと自分のことは自分でやれ。…あと、10分程部屋から出て行ってくれないか」

「…は?!ちょ、ちょっと待ってくれ…」

カプカンは俺を一瞥し、部屋の外に俺を追い出してしまう。

 

 

部屋の外に追い出された俺はドアの前でポツンと一人立っていた。フューズと同室だった時には無かった色んな感情が渦巻いた。

「…もう、前の部屋に戻りたいっ…ぐすっ…」

瞳から涙が零れそうになるのを堪えて居れば、たまたまタチャンカが部屋に戻る途中なのか俺を見かけて声をかけてきた。

「グラズ、どうした?」

「〜〜…タチャンカ、カプカンが俺を部屋から追い出したんだ。何もしてないのに。…部屋、前の部屋に戻りたいよ…っ、ぐすっ…」

「アイツ、ちゃんと話してねぇのか。グラズ、少し俺の話聞いてくれるか?」

「…あ、あぁ…」

俺はタチャンカと部屋の前で体育座りをしながら部屋の外にいた。タチャンカは俺の頭をがしがしと強く撫でながら話を始めた。

 

 

「グラズ、まず聞くけどさカプカンのことどう思う?アイツ、目つき鋭いし言葉キツイし。恐いだろう?」

俺が思っていたことをタチャンカはまるで見透かしているかのように当てて行く。

「あんたもフューズも、俺が歳下だからフォローしてくれたりとか相談乗ってくれたりとかしてくれてるだろう?だけどカプカンはいつも素っ気ないんだ…」

「…なるほどな。俺が前カプカンと同室だった時にも同じことがあったんだよ。理由も分からず、俺も部屋を追い出されたりしたんだ。だけど後から追い出した理由本人から聞いて、納得しちまったんだ。理由、何だと思う?」

色々な考えが頭を過ぎったが、自身で納得出来る理由が見つからなかった。

「…俺には分からない。何だったんだ?あんたを追い出した理由は…」

タチャンカは俺の瞳を見つめて小さな微笑みを浮かべて呟いた。

「カプカンはな、小さな頃それは貧しい家庭で産まれ育って来た奴でさ。アイツ、三兄弟の長男坊でそれはもう、下の兄弟や家族は自分の命よりも大切にしてる奴なんだ。部隊内では『冷酷』とか『恐い』とかってイメージしか持たれてないけど、本当は部隊内で一番優しい奴だよ。カプカンはな。今だって、実家に仕送りしてるみたいだし、部屋を追い出したのも実家の兄弟たちとの電話聞かれたくないからさ。だからグラズ、お前も歩み寄ってやってくれな?」

初めて聞いた一面、
初めて知ってしまったカプカンの一面に頭が追いついて行かない。

…俺はきっと、何も知らなかったし、知ろうともしなかったから誤解してしまったんだ。

「…タチャンカ、俺カプカンと仲良くなれるように頑張る。本当に話聞いてくれてありがとう」

瞳に浮かんでいた涙を拭いながら、何だか安心してしまった俺は笑顔を浮かべていた。

すると、追い出された部屋のドアが開きカプカンが唖然とした表情を俺とタチャンカに向けてくる。

「…タチャンカ、グラズを泣かしたのか。説教されたいのかあんたは」

「違うんだ、タチャンカは悪くない!俺が部屋から追い出されたのびっくりして、たまたま目の前に通りがかったタチャンカが話を聞いてくれたりとか、あとはあんたが冷たい理由とか。色々話してくれたりしたんだ。だから、タチャンカを怒らないでくれ…っ!」

必死に弁解をしていたんだろう。

カプカンは深い溜め息をついて、やがてタチャンカに「…迷惑をかけたな」と一言だけ言葉を呟いて、俺の腕を掴んで部屋へ戻る。

 

 

「グラズ、済まなかった」

部屋のドアを閉めてカプカンが椅子に座るように促してきたのでつられて俺も席に付く。

「何であんたが謝るんだよ。俺、あんたのこと何も知らなくて…。カプカン、俺誤解してた。タチャンカから色々聞いたけど家族思いだってこととか、さっき追い出したのも家族と電話していたんだろう?…俺たち仲間だろう、これからは歩み寄るから…その、仲良くして欲しい」

声が震えた居たんだろう。

カプカンは瞳を細めて、俺を見つめてくる。その視線は今までに無いくらい穏やかで優しい視線だった。

「…不器用なお前は本当に俺の弟と姿が重なって見えてしまう。必要以上に歩み寄って来れないように壁だって作ったけどそれも必要ないよな。…グラズ」

カプカンは手を差し出して握手を求めてくる。

「これからしばらく同室だと思うが、何だ。…困ったことが有るならちゃんと相談しろ。独りで抱え込む程辛いことは無いからな」

求められた握手に俺もつられて手を差し出して温もりを交わす。

「…ありがとう、宜しくなー・・・」

『優しい奴だよ、あいつは』

タチャンカの言葉が頭の中でふと浮かんで消えた。あぁ、あんたのおかげで気がつけた。

心のわだかまりは溶けて無くなっていった。これからきっと、キラキラした新しい毎日が始まるんだという気持ちが温かくじわりと心の中へ浸透していった。

 

 

 


side...Kapkan

 

 

部隊内で一番歳下の、末っ子気質な奴が相部屋になってから約半年。お互いに知らないことが多かった時期もあったが今はある程度の距離を保ちながら、生活を送ることが出来るようになったのだ。

グラズはスペツナズの中で一番歳下だし、天然な少し世間知らずな面だってあるが生活を共にする中で様々な一面を俺は知って行った。

俺とグラズの部屋は二人一部屋の相部屋だが無駄な物を置かない為か、比較的スペースには余裕があった。

俺もグラズも基本的には自分の時間、そして俺に限っては家族に連絡する時間を大切にすることもあり、あまりお互いに干渉をしない。

…一つ驚いたこと。

それはグラズの趣味だ。

 


「まだ寝ないのか?…もう夜中だぞ、いくら明日が非番でも夜更かしは良くないだろう?」

「あー…、今日は月が綺麗だから絵を描くのには持って来いの日なんだが駄目か?」

「お前、絵を描くのか…?」

「あぁ、俺の唯一の趣味なんだ。あんたの眠りの邪魔になるなら描くのをやめるが…」

『絵を描くグラズ』という姿に俺は興味を持ってしまう。

「いや、構わん。好きにすればいいさ」

「ありがとう」

…ん?こんなにこいつの笑顔って可愛いかったか?

グラズが俺の目を見て笑顔で「ありがとう」なんて言って来るもんだから、その笑顔の眩しさが何処か故郷の弟たちと重なって見える。

 

 

グラズはスケッチブックを取り出して絵を描いていく。そんなグラズの横顏は限りなく彫刻に近い端正な顔立ちだった。

…綺麗な顔立ちだな。

ふと、出来心で俺はベッドに座って絵を描くグラズの背後から腕を回す。
グラズの匂いと体温は何処か安心する気がしてならない。

「ちょっと絵が描きにくいんだが…、何か有ったのか?」

「お前の体温は心地良い。あとは匂いも側に有れば落ち着く。グラズ、くっついていても良いか?」

「…構わないけど、邪魔はしないでね」

「あぁ…」

分かっている。
自覚するのが恐いんだ、心の奥底でずっとずっと前から秘めていた気持ちが今にも溢れそうで恐いんだ。

楽しそうに絵を描くグラズは本当に幸せに満ち溢れた表情を浮かべていたし、『この気持ち』を口にしてしまったらきっとお前は気持ち悪がるだろうな。

「よし描けた!…カプカン、どうしたんだ?さっきからずっと黙ってるけど。具合悪いなら先に寝た方が…」

「…お前、一番最初俺のこと苦手だっただろう?俺がお前に対してわざと冷たくしてた本当の理由、タチャンカから聞いたことあるか?」

「…いや、無いな。確かに最初はあんたの冷たい所苦手だったけど本当は優しい人だってことも聞いたし、半年一緒に暮らして来てあんたが優しいこと俺は良く分かったけど。それ以外に理由が?」

グラズの青い瞳は何処までも無垢であり穢れなどがない、まるで宝石のような色をしていた。

 

 

「…最初は『本当の俺』を見られたくなくて冷たくしてた。俺は成り上りでここまで上り詰めて来たからな。だけど本当はずっとずっとグラズ、お前のこと…」

青い瞳は僅かに動揺で揺れる。

「…可愛い奴だって思ってた。自覚したくなかったんだ、この歳まで俺はずっと家族の為に働いていたから誰かを想って幸せになりたいと思ったことがなかった。だけどお前と過ごしていくうちに幸せになりたいと思えるようになった。つまりは…」

背後から抱きしめる力を強めて一言地呟いた。

「グラズ、好きなんだー・・・」

今ようやく口にした思いを聞いたであろうグラズは顔を赤くしながら呟いた。

「…俺はつまらない人間だ。あんたが思うほど心は広くないし、好きになったら自分だけを見て欲しくて堪らなくなる。それでもカプカン、あんたは俺を好きでいてくれる?」

…答えなんて、最初から決まっている。

手を重ねて、ぎゅっと握りしめた。

「…あぁ、当たり前だろう?『惚れた弱み』って奴だ。最初は本当に弟に重ねて見てたけど気がついたら可愛いと想っていた俺の負けなんだー・・・」

俺が重ねた手にグラズの手の体温がじわりと重なっていく。

「答えをあげるから、目を瞑って?」
「…あ、あぁ…」

目を閉じて待てば、唇にはグラズの温もりが直に伝わってくる。形の良い薄い唇に口付けされれば、気持ちはたまったもんじゃない。

 


「…俺の答え、分かってくれた?カプカン、俺もあんたの優しい所とか家族思いな所。半年近く隣で見て来て『良いな』と想ってた。気がついたら惹かれていたよ」

「…っ、そうか…」

今度は真正面から抱きしめれば、
グラズの口からははっとした息が漏れ出てくる。

「…今日は一緒に寝てくれるか?嬉しいんだ、本当にお前が好きだと答えを返してくれたことが、たまらなく嬉しい…」

「うん、俺も同じ気持ちだよ、カプカン…」

 

 

この日の夜、俺は初めて心から想っていた人間と眠りを共にした。横で眠る歳下の恋人を頭を撫でて、瞳の下に口付けを施した。

「…おやすみ、グラズ」

温もりと幸せを抱きながら俺は瞳を閉じた。明日も明後日も、お前の笑顔が見れるようにと小さく祈りを捧げながらー・・・

 

4.『青が君らしく煌めくとき』

 

 

冬の冷たい空気も、
朝の静かな風景も、
すべてサマルカンドの青い街並みの中に静かに溶けていく。

「…グラズ、起きたのか?」

共にフューズの母国であるウズベキスタンサマルカンドにグラズは来ていた。里帰りをするというフューズにグラズはスケッチブックと色鉛筆、そして僅かな荷物を持って付いて来ていたのだ。

「うん、おはよう。フューズ」
「あぁ、おはよう」

二人は少しばかりの有給を共に過ごしている。フューズが一人で暮らしていたアパートはそのままの状態であり、二人はそこで寝泊りをしていた。

「今日はどこに行きたい?朝ごはん食べたらお前が行きたいところに連れて行ってやる」

台所で眠たそうな瞳を開きながらフューズの話をグラズは聞いていた。グラズの瞳は透き通ったブルー。まるで宝石のようだ。

「うん、そうだなぁ…。絵を描きたいからサマルカンドの青いモスクを見たい。良いか?」
「…いいよ、お前が行きたいところに行こう。グラズ」
「うん…」

フューズは慣れた手付きで台所で朝食の用意をしていく。一人暮らしが長かったフューズは料理が得意のようだ。

グラズはそんなフューズの広い背中が大好きで彼の背中をまじまじと見つめていた。

「グラズ、俺を見つめて楽しいか?」
「ご、ごめん…」
「謝るな、お前に見られるのは悪くない。さて、朝食出来たから食べるだろう?」
「うん、食べる」

フューズはグラズを見つめながらグラズが座る席の前に半熟の目玉焼きとトースト、サラダを並べる。

「半熟の目玉焼きだ…」
「お前はこれじゃないと全部食べないだろう?ずっと昔から変わらないから」
「フューズの作るご飯は美味しいよね…俺はずっと隣で食べたいなぁ…」
「朝から可愛いことを言う。ほら、早く食べよう」
「ん、いただきます…」

二人は共に席につき、朝ごはんを食べ始めた。黙々と過ごすゆったりとした時間こそ、二人にとっての有意義な時間なのだ。

「一人暮らし長いと付き合っていた彼女とか沢山いたでしょう?フューズかっこいいし」
「まぁ、それなりには。だけど今の俺にはグラズだけだ。いや、ずっとお前だけだ…」
「…ムカつく。もっと早くあんたに出会っていたら良かった」

トーストに半熟の目玉焼きを乗せながらグラズはフューズの顔を見つめる。端正な顔立ちが少しだけ嬉しそうなものへと変わっていく。

「俺の方が長生きなんだから仕方ないだろう?ただそう言ってくれるだけで嬉しい。ありがとう」
「そうやって、さり気なく優しい所もムカつく」
「…ムカつくのか?」
「…好きだ」
「嬉しい」

こんな似たようなやり取りをフューズの母国に来てから何回したことか。たまらなく好きな彼と過ごす時間ほど、グラズにとっての有意義な時間はなかった。

 


「今日も美味しかった。ご馳走さま」
「あぁ、食べてくれてありがとう」

食器を片しながらフューズは穏やかに目を細めていく。グラズはフューズの一つ一つの動作や仕草に弱い。

「フューズ、あんたが生まれ育ったこの街は綺麗だよね。…『青の都』と呼ばれているくらいには」
「そうだな、グラズの瞳と同じくらいには綺麗だよ。だからお前をここまで連れてきた。お前の瞳で見たこの街を、絵で描いて欲しくて」

食器を洗い終えたフューズはグラズの隣に腰を下ろして青い瞳を見つめながら手に触れてくる。

「フューズって本当に不器用だよね。あんたのお願いなら聞かないわけないだろ?…描かせて欲しい、あんたが生まれ育ったこの地の風景を…」
「ありがとう」

フューズはグラズにお礼を述べて、そっとグラズの薄い唇に口付けを施していった。

 


冬の風は冷たいが、どこか懐かしい気持ちにさせて行く。フューズとグラズは暖かい服装でサマルカンドの街を歩いていく。

カモフラージュ用のフェイスペイントがされてない状態で街中を歩くのはやはり気恥ずかしい。

グラズは片手にスケッチブックとお気に入りの色鉛筆を持っていた。もう片方の手はフューズの手を握っている。

「寒くないか?」
「うん、大丈夫、ありがとう」

白い息はどれだけこのサマルカンドの地が寒いかを分からせるのには充分だった。

握るフューズの手は無骨でグラズよりも大きくて立派で。グラズはそんな彼の手が好きなのだ。

「本当に俺の母国は綺麗な所ばかりだ、きっとグラズの筆が弾むんだろうな」

どこか楽しそうなフューズ。
まるで自分のことのように話す隣の彼を、グラズが見つめないわけなんてなくて…。

「フューズは何で自分のことのように楽しそうに話すんだ?」
「大事な奴のことを話して悪いのか?」
「無意識…だよな」
「俺はいつだってグラズが一番だ」
「あんたって人は本当にかっこいいんだから」

青いモスクの近くの公園に辿り着き、二人は公園のベンチに腰を落とす。グラズは辺り一面に広がる青い建物に目を輝かせる。

「フューズ、本当にこれは昔からある建物なのか?」
「そうだよ、何年経っても色褪せることのない青が綺麗だよな。なぁ、グラズ。俺は気の利いたことがあまり言えないがこれだけは言える」

フューズはグラズの顔を何とも言えない表情で見つめながらやがて彼の頭を優しく撫でた。

「この街の青はお前の瞳のように青い。グラズ、俺はお前を心から大切に思っているしこれからも隣に居たいと思ってる。だから何年経ったとしても俺の思いは消えないから…な…」

あぁ、不器用でカッコよくて大切なこの人が俺は…。

心から好きで好きでたまらないんだー・・・。

「フューズ、俺はあんたを思ってる。色褪せることのないこのサマルカンドを俺らしい色で描くよ。だからフューズ、あんたも俺の隣にこれからも。自分らしく居てくれ…」

 

 

フューズはふと、今までに見せたことのない微笑みを浮かべてグラズの顔を引き寄せる。

重ねられる唇の熱、
撫でてくる手の大きさ。
全部全部、愛しくてたまらない。

 


「グラズ、お前が隣で居てくれて本当に良かった。俺は俺らしく、これからもお前の隣でお前を思い続けるよ…」

青く透き通る瞳は嬉しそうに細められる。

 


数日後、共にレインボー部隊の宿舎に戻った二人の部屋にはある一枚の絵が飾られていた。

『青い街並み、煌めきは色褪せず。最愛の人へ』

 

5.【赤い跡】

 

 

グラズは目の前に座るカプカンに鋭い視線で睨みつけられていた。大人しいグラズの性格は冷徹で非情なカプカンとはある意味正反対であり、相性も悪かった。

「俺が何をしたって言うんだ?!あんたには口が付いているだろう、俺に言いたいことがあるのなら…」

「お前は本当に何も分かってないんだな、鈍感なガキめ。色気づいて調子に乗っているから痛い目に合うんだ」

カプカンはそういうと何枚かの写真を机の上に投げ捨てるように置き始めるではないか。

机の上に置かれた写真を見ればグラズは言葉を失い唖然とした顔をカプカンに向けて呟いた。

「…俺だ…」

カプカンが差し出した写真に写るのは、自分自身の姿ばかり。プライベートで出掛けている写真や、任務帰りのラフな姿、絵を描いている姿など多数に渡る。

グラズの背筋には冷や汗がたらりと流れていく。最近、やたらと物が無くなったり視線を感じていたことを思い出したのだ。

(…あぁ、これで合点が行く…)

ストーカーされていたのだ。

「…何であんたが俺の写真なんて持ってるんだ?」

ふと不思議に思ったグラズはカプカンの顔を見つめる。するとカプカンはより鋭い瞳で眉間に皺を寄せながら静かに怒り始めた。

「お前をストーカーしていた奴が内部の女だった。言い値で写真を買えばストーカーを止めると言ったから買い取った。グラズ、お前はもう少し自覚した方がいい。…分からないなら教えてやる」

そういうとカプカンはグラズに近付いて彼を強引にテーブルに押し倒す。ひらりと落ちる写真たちには目もくれず、カプカンはグラズの首に顔を埋めた。

「…ちょっ、何っ…」

「お前は『こういう目』で見られていたんだよ。なぁグラズ、この意味が分かるか?」

カプカンの熱い吐息はグラズの首を掠め、彼の体温を上昇させるのには十分すぎた。グラズはカプカンを睨みつけながら目に涙を浮かべて反論する。

「い、意味が分からない…、何なんだよ!あんた俺が嫌いだからからかってんのか?!ふざけるな、カプカンの馬鹿っ…」

「…お前が嫌いならストーカーしていた女からお前の写真なんて買わないし、豚箱送りにもしない。分からないガキめ。俺はお前が心配なんだ、可愛いお前がな」

カプカンはそういうとグラズの首筋を舌でつぅっと舐めたあとに白い肌に鬱血の跡を残していく。

色白なグラズの首には赤い跡が残っていく。与えられるぞくりとする感覚を覚えたグラズはカプカンを睨みつける。

「離れろっ、このケダモノっ…!」

グラズは顔を真っ赤にしながらカプカンを突き飛ばして涙を拭う。そんな彼の顔を見てカプカンはニタリと微笑んだ。

「…くく、お前って本当に可愛いんだなぁ。グラズ、その跡を見て俺を思い出せ。お前を『そういう目』で見てる男の存在をな…」

そういうとカプカンはグラズを抱き起こし部屋を出て行く。彼の口元に浮かんでいるのは妖しげな笑みだけだった。

赤い跡が残った首を押さえながらグラズは顔を俯かせる。俯いたグラズの顔は今にも蕩けそうなほど真っ赤に熟れていた。