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シリアスなお話まとめ。(過去作)

 

1.【籠の中の鳥は羽ばたくことを望まない】

 


籠の中の鳥は羽ばたくことを望まない。

理由は簡単だ。

囚われたままの身の方が楽だから。

考えることをやめた方が幸せだから。

俺はもう、逃げることを諦めた。

***

 

 

「お目覚めかい、私の可愛いジュリアン」

目の前の男、ギュスターヴ・カテブは恋人であるジュリアン・二ザンを監禁して何日が経つだろうか。

ベッドのみがジュリアンの唯一の居場所で、身動きが許された場所なのだ。

「ギュスターヴっ…、もう、こんな意味の無いことをやめてくれっ…、仲間に会いたい、部屋から出してくれっ…!」

泣き腫らした青い瞳で乞うジュリアンを、ブラウンの瞳で見つめたあとギュスターヴは口元に薄っすらと笑みを浮べた。

「嫌だ、君は籠の中の鳥だ。…私から逃げることは許さない。…躾が必要なようだ。朝から私を怒らせた罰だよ、ジュリアン、私を受け入れなさい」

「ひっ…、嫌だっ…!」

「『嫌』?…ふん、どの口が言って居るんだろうね」

「あっ、痛いっ、痛いよっ…!!うっ、ぐっ…」

ギュスターヴは泣き叫ぶジュリアンを無視して彼の尻に自身の反り立った性器を押し込んでいく。

「ジュリアン、君の中は相変わらずきついね。当たり前か、いつも泣き叫ぶ君を見たいから。私は慣らさないからね」

「っ、抜いてよっ、痛いのやだっ…」

「痛いの?…あぁ、可哀想に。ジュリアンの可愛いアナルから血が出てるね?でもね、私から逃げようとした罰だ…」

両手首をベッドに縫いつけられたジュリアンはさらなる恐怖を感じていた。

 

 

「痛いが好きだよね?淫乱な身体になるように私が仕立て上げたんだからね。さ、私をしっかりと受け入れなさい。君に拒否をする権利なんて無いんだから」

「やだぁっっ、うっ、ひっく、抜いてよぉっ…、あっ、うっ、…」

「可愛いなぁ。もっとボロボロにしたい。さ、私の性器をしっかりと締めけるんだ。あぁ、すごいよ!気持ちいい、いいよっ…」

「うっ、うぅっ…、ギュスターヴっ、やらぁぁっ…!!」

「嫌なの?私が嫌いなら私のペニスを美味しそうに飲み込むんじゃないよ。変態なジュリアン、私だけを見ていなさい。…一生、手離してあげないから」

「うっ、ひっ、あぁっ…」

「たっぷり種付けしてあげるからね?君が泣いて乞うまで犯し続けてあげるよ」

ギュスターヴはより一層、泣き叫ぶジュリアンを犯すように激しく抱いていった。

 

 

***

泣き叫び、そして気を失うまで彼を抱いたギュスターヴは満足げに微笑んで眠るジュリアンの頭を撫でた。

「私だけのジュリアン、君はもう、この檻(部屋)からは出られないよ。一生私だけを見るまでは、永遠にね」

眠る彼の手首と、ベッドは再び鎖で繋がれていく。

頭をひと撫でしたギュスターヴは部屋を後にする。

 

 

 


彼が部屋から出て行ったあと、気怠げにジュリアンは目を開けて思考を巡らせた。

「あぁ、俺はまた逃げることが出来なかったんだな。…もう、何もかも、どうでもいい…」

ぐったりとしながら力なくジュリアンは声を漏らした。

締め切りの部屋、手枷の鎖、そして隠しカメラ。

『自由なんて、もう無いのだ』

ベッドの上が自分だけの居場所、
そして人の温もりを与えてくれる場所、そして。

…唯一、ギュスターヴが俺を人間扱いしてくれる場所。

「羽根があれば、逃げられたんだろうな…」

だけど逃げることはもう出来ず、
自身も諦めていたのだ。

 

 

「…俺はもう、この『場所』から逃げないよ。籠の中の鳥だから。…あなただけしか望まないから」

虚ろな青は、静寂をただただ見つめて羽根を休めていた。

もう、何処にも羽ばたくことが出来ないのだから。

…完…

 

2.【2分間の衝動】

 


靄がかかる意識の中、俺は考えていた。

例えば、俺が死んでしまったら?

カプカン、
フューズ、
グラズ…。

そしてレインボー部隊の仲間たち。

みんな悲しんでくれるのだろうか?

『守ってくれてありがとう』

俺の命一つで助かるのだったら、
安いものだと…、そう思うのさ…。

 

 

***

 

 

テロリストたちとの激しい戦闘が行なわれるなか、敵の放つ銃弾がスペツナズの狙撃手、ティムール・グラズコフをめがけて放たれた。

(…っ、俺は死ぬのか…、あれ…?)

グラズは自身に放たれた筈の凶弾が、自身に撃ち込まれていないことに安堵した。

…そう、仲間であるタチャンカが自分自身の身体を盾にしてグラズを敵の凶弾から守ったからだ。

「…タ、チャンカ…?」

「男前が、泣きそうな顔をするんじゃない…っ」

グラズの目の前でタチャンカは崩れ落ちていく。

崩れ落ちていく身体を受け止めれば、タチャンカの身体からは生温い赤い血が流れていくではないか。

「…っ、俺を庇ったから…!あ、あぁ、どうしたらっ…」

グラズの腕の中でだんだん真っ青になっていくタチャンカを見ては、グラズの身体の震えが止まらない。

「俺を置いていけ、…仲間の元に、早くっ…!」

「あ、あんたを置いてなんてっ…!」

「お前はそれでも、レインボー部隊の隊員なのかっ?!甘ったれるんじゃねぇっ…!」

タチャンカはありたっけの声でグラズを叱責した。

普段どんな時でも明るくて、時には辛辣なことを言うタチャンカが声を荒げるのは実に珍しいことだった。

…止まらない血が、タチャンカを死へと追い込んでいく。

グラズは唇を噛みながらトランシーバーで仲間のメディックである、ギュスターヴ・カテブに助けを求めた。

「…ドク、ドクっ…!」

『グラズくん?!どうしたんだ?!』

「どうしようっ…、タチャンカが、俺を庇って…血が…」

『…助けに向かう、そこに居るんだ。出来るだけ止血して身体を動かすな。敵が来たら君がタチャンカを守れ』

トランシーバー越しのドクの声は冷静だった。

グラズは瞳に涙を浮かべながら己の行いを悔いた。

「…タチャンカ、俺はあんたを置いて行かない。あんたが守ってくれたように…俺はあんたを守りたい」

薄い瞳から涙を零しながらグラズは呟いていく。

朦朧とする意識の中、タチャンカはグラズの手を握りながら口元に笑みを浮かべた。

「お前は本当に…、強くなったな」

スペツナズに入隊したばかりのあの頃、最年少だったグラズは毎日愛銃を片手に泣いていた。

(…泣き虫な小僧だったお前が強くなっていく所、もう少し一緒に見たかった)

薄れ行く意識、
抜けて行く身体の力…。

 


「タ、チャンカ…?」

閉じられた瞳、呼吸音は一切なく。

グラズはタチャンカの身体が冷たくなっていくのを感じた。

「どうして…、どうして俺を庇ったんだよ?あんたが死んだら、誰がスペツナズをまとめるんだ…、お願いだから、目を開けてくれよっ…!」

顔に塗られたフェイスペイントが落ちようが構わない。

涙を拭いながらグラズはタチャンカのヘルメットを外し、彼の唇に人工呼吸を施していく。

(…あんたが居なくなるのは、絶対に駄目だっ…!)

どんなに息を吹きかけても、
どんなに心臓マッサージを施しても。

タチャンカが目を開けることはなく。

 

 

「…っグラズくん、タチャンカはどこだ?!」

「ドク…っ、タチャンカが死んじゃった…、俺の、俺のせいで…」

グラズから助けの要請を受けたドクは自身の戦っていた場所の制圧を急いで終わらせたのか、アサルトスーツには返り血がついている状態で、息を切らしてここまで来たようだ。

「…人工呼吸も、心臓マッサージも、全部やったんだ。だけど、もうタチャンカが息をしなくてっ…、俺のせいでっ…ぐすっ…」

「グラズくん、歯を食いしばりなさい」

いつも優しいブラウンの瞳には怒りの色がわずかに浮かんでおり、次の瞬間、ドクはグラズの頬に平手打ちを食らわせた。

 

 

グラズは驚いた顔でドクの顔をまじまじと見つめてしまう。

「君は子どもでも何でもないだろ?!たくさんの命を抱えてそれを守らなくちゃいけない立場なんだぞ、グラズくん、君が冷静でいないと一番駄目なんじゃないのか?!」

「…っ!!そんなの、そんなの俺が一番分かってる…!」

「だったら泣いている暇なんかないだろう、私は医者だ。絶対にタチャンカを死なせはしない。助けてやる」

ブラウンの瞳を細めたドクはグラズにタチャンカを背負うように指示を出す。

「…絶対に助けてくれるのか」

「私はどんな手を使ってでも仲間を助ける。グラズくん、タチャンカを背負っていてくれ。とりあえずここからが勝負だ。私が先陣を切るから」

「分かった」

残りの敵を確実に倒しながら、二人は失われた命を助けるために再び走り出した。

 

 

 


***

 

 

(…あれ、ここは…)

見慣れた場所のそこはヘレフォード基地の中にある医務室だった。

腕には点滴の針がぐさりと刺さっており、意識を取り戻していけば身体中が悲鳴を上げ始めた。

「いってぇ…、あれ、グラズ…?」

タチャンカは自身が眠っていたベッドの横にある椅子に座って眠っていたようだ。

「おーい、グラズ?童顔だな、フェイスペイントないと…」

身体を起こせない状態なので、タチャンカは眠るグラズの手にそっと手を重ねてみた。

その動きにピクリと反応したのか、グラズは閉じていた瞳を開けてタチャンカを見た。

「…タチャンカ…?」

「お、おう。…おはようございます」

「…生きてる…?」

「身体は痛いが生きてるよ」

「っ…、うぅ、良かった、ちょっとドク呼ぶね…」

「うん…」

(何だ、まるで俺が死んでいたみたいな言い方しやがって。…まあ、いっか…)

タチャンカは一人きりになった医務室の、無機質な白い天井を見つめていた。

何でこんなに大変なことになったのか、正直記憶があやふやだったのだ。

「んー、なんか夢見てた気がするな」

一瞬だけ、一瞬だけ死んでしまっていた夢を見たような気がする。

 


「目が覚めたんだね、アレクサンドル・セナフィエフさん」

「本名で呼ぶなよドク先生。…グラズもお帰りって、何で泣いてんだ」

「…タチャンカが目を覚ましたからだよ。実に一週間ぶりにね。ずっと彼、あなたが目を覚ますまでそばに居たんだから」

ドクの隣に立つグラズはタチャンカの顔を見て、泣きながらぽつぽつと話始めていった。

「あんたは一週間前に行われた掃討作戦で俺を庇って…、その、一時的に死んだんだ」

「そうなのか…、でも俺は生きてるぜ?」

「ドクが早く処置してくれたおかげなんだ。…本当にありがとう、俺の仲間を助けてくれたこと、心から誇りに思う」

「…グラズくんがあんなに泣いているのを私は初めて見たんだ。タチャンカ、グラズくんにとって君は本当に大切な仲間なんだね。あと一週間は安静にしてくれよ」

清潔な白衣を翻しながらドクはタチャンカとグラズがいる医務室を後にする。

二人きりになった医務室では妙な雰囲気が二人の間に流れていた。

「…グラズ、お前を庇って死にかけたことを悔いたりはしてないぞ」

タチャンカが重い空気を破るかのように呟いた。

「大事な仲間を守るのが年長者の役目でもあるからな。俺は今生きてるし、ちゃんと手足もある。…グラズが助けてくれたんだろ?」

その言葉を聞いたグラズは涙で濡れていた青い瞳を見開いて涙を拭った。

「俺は最年少で、弱くて、自分に自信がなかった…」

あんたの背中ばかりを追いかけて、目標にしていたから。

「大切な仲間であるあんたが『死んでしまったらどうしよう』、そんな気持ちばかりが俺の頭の中に浮かんでいたんだ…」

俺を庇うくらいなら、自分が死んだ方が良かったんじゃないだろうか。

「…だけど俺は色々な物を背負ってる、仲間の命や、母国の平和…。だからもっともっと強くならないといけないと、あんたを見て思ったんだよ」

自らの命を投げ捨ててまで立ち向かうその強さが自分にも欲しいと。

そんなグラズの気持ちを聞いたタチャンカはグラズの手に自身の手を重ねながら静かに呟いた。

「グラズ、お前は出会ったばかりの頃よりも確実に強くなっている。俺なんかの真似事をして、たった一つしかない命を捨てるなんてこと、絶対にするなよ」

「っ…だったら、なんで俺を庇って死にかけたりしたんだよ?!もう、守られるばっかりは嫌なんだっ…!」

「グラズ、お前が大切だからだよ。だから必死に守ったんだ…、あれ、何だか告白みたいになっちまった。入院中もずっとそばに居てくれてありがとうな」

「あんたって人は無茶ばかりするし、だけど格好良くてずるい。タチャンカ、今度はあんたの背中を…」

重ねられた手をしっかりと握り返しながらグラズは呟いた。

「俺が守るから、だからもうあんな無茶はしないで欲しいんだ」

『守られる側』から『守る側』として、あんたの役に立ちたいんだ…。

「グラズ、俺の隣にずっと居ろよ。お前には笑顔が良く似合う。守ってやるし、たまには守られるからさ」

「早く元気になって、俺の隣に立ってくれよ。…サーシャ」

「はいよ、ティムール」

 

 

2分間、タチャンカは生死の境を彷徨っていた。

だけど仲間の力と彼自身の生命力で息を吹き返すことが出来たのだ。

(…もう二度と、お前に悲しい顔はさせたいからな。グラズ)

大切な人をもう二度と泣かせない為に。

その2分間の衝動は、タチャンカの全てを変えていくことになったのだ。

 

 

3.【…またいつか。】

 

 

「死ぬな、あんたはこんな所でくたばって良い人間じゃない!目を開けてくれ、お願いだっ…!!」

エコーの腕の中は血の海。
止血をしても止まることはない…。
泣いては駄目なのに、瞳から出るのは大粒の雨だ。

「エコー、っ、泣くんじゃないっ…」
「っ…、バンディット…あんた何で俺を庇った?!馬鹿だろう、本当にっ…」
「死にそうな奴に、馬鹿は酷いだろっ…、なぁ、お前を庇った理由を教えてやるよ…」

エコーを敵からの凶弾から守る為に庇ったバンディットの身体からは血が止まらないのだ。

己の死期を悟ったのだろうバンディットはエコーの袖を摘んでくいっと引き寄せた。

耳を寄せるように促されたエコーはバンディットの口元に耳を寄せて彼の言葉を聞いた。

その言葉を聞いたエコーはバンディットの身体をより一層強く抱きしめる。

「何でっ…、本当にあんたは馬鹿な男だよ…っ」

バンディットは口から血を零しながらエコーに乞うような表情を向けてきた。

「…俺が居なくなったとしても、お前は独りにならない。だから、だからどうか…必ず生き延びろ…」

やがてバンディットの身体からは鼓動と体温がすぅっと消えていく。エコーは唇を噛み締めながら、自分を庇ってくれた恩人をめいいっぱい抱きしめてその死を悼んだ。

 


「あんたは僕の思いを一つも聞かずに逝ってしまうんだな…。本当にあんたって奴は…」

どうか、どうか今だけは泣くことを赦して欲しい。

 

 

「…馬鹿な男だよ…、ドミニク…」

エコーの瞳からは涙が止まらない。
腕の中で安らかな顔をして眠る男を見つめながら泣き続けたのだ…。

 

 

 


『エコー、俺はお前を愛していたよ。だからまた、生まれ変われたらお前の隣に立ってもいいか?…これが、俺の最期の願いだ』

 

 

4.【盗賊と欲情】

バンディットは怪我をするたびに基地の中に併設されている医務室へと顔を出す。

常連になりつつあるバンディットを見て、軍医であるドクは目の前に座るバンディットを見ては顔をしかめる。

「君は何だってそんなに怪我をするんだ、自身の身体を大切にしないと仲間が傷つくよ」

「…さすがは軍医さまだ、ドク、俺の『心の傷』をいつも見たいに癒してくれないか?」

黒々とした瞳は、ドクの瞳を射抜いて真っ直ぐに見つめてくる。ブラウンの瞳に欲情の色を浮かべたドクは、バンディットの頬に手を伸ばす。

「私には大切な恋人が居るのを知って居るだろう…?そうやって私の心の隙間に入り込んで…。そんなにバンディット、君は爛れた関係を続けたいのか?」

バンディットは頬に伸ばされた手に自身の手を重ねてそっと囁いた。

「俺にはあんただけだ、ドク?『恋人』ね。あんたの飼い犬の、青い瞳の坊やが俺たちの関係を知ってしまったら泣いちゃうんじゃないのか?」

「…ルークは関係ない、私を脅しているのならっ…!」

「俺は生憎、口は軽い方でね。ドク、俺を抱いてくれたら黙っていてやるさ。何度だってこんなやり取りしているんだ、さ、俺を求めろよ。あんたの中の本能が『欲しい』と求めてるんだから。欲には素直になった方が身体の為だ」

「…黙れ、この盗賊っ…」

ドクはバンディットの唇を荒々しく奪い、近くに有る医務室のベッドへと彼を押し倒して行く。

***

 

 

「っ…、あ、ドクっ…」
「淫乱な身体だな、本当に。はは、バンディット。今の気分はどうだ?私に尻を犯されている気分はっ…」

何度身体を重ねたか分からないくらいに爛れた二人の関係は、身体を繋いでは快楽に溺れるという不毛な関係だった。

「ん、足りないっ、もっと犯せよ、ドクっ…!あんたの『それ』で俺をぐちゃぐちゃにして…っ?」

医務室のベッドには二人の体重がギシリと音を立てて、シーツに皺を作っていく。

ドクはバンディット自身に己の昂りを押し進めれば何度も何度も腰を打ちつけて中を犯していった。

「バンディットっ、締め付けるなっ…、は、ん、…」

背後から攻めるたびに口から漏れるのは否定でも拒絶でもなければ、ただの甘い声だった。

ドクは頭の中で恋人のルークの事を思いながら何度も何度も、盗賊の異名を持つバンディットを掻き抱いた。

….ごめん、ごめんなルーク……

爛れた関係を断ち切れないのは、
『本当の私』が快楽に弱いからだ。

心の中の、ほんの僅かな隙間に盗賊のこの男が入り込んで来たからー・・・。

「…ド、クっ…、良いぜ、あんたの硬いのが、良い所を…突いてるっ、は、うっ、んっ…!」

「そんな声で、そんな甘い声で呼ぶんじゃないっ、指を咥えて私の手を舐めろ…っ!」

焼き切れそうな僅かな理性と、
崩れそうな心を静止するためにドクはバンディットの口の中に指を押し込んだ。

ゴム手袋越しに咥えられる指も、バンディットの口内の温もりを感じて卑猥な感覚に溺れていく。

「犯されて、喘いで、快楽に溺れて私に抱かれたことを恨めばいい…、バンディッ…トっ、ん、あっ…」

ドクの昂りは締め付けに耐えられず、バンディットの中に精をたっぷりと注ぎ込んで行く。

「はっ、んっ、あんたは本能で俺をっ…て、挿れたまま大っきくするんじゃっ…!」

「…足りないんだ、飽くまで抱かせろっ…」

精を注ぎ込んで、己を引き抜くことなくドクは再び飽きるまでバンディットを抱き殺していったのだった。

 

 

***

先程までの着衣の乱れが嘘のように、ドクは清潔な白衣に着替えてバンディットを見つめる。

「…はっ、あんたやっぱり二重人格だよな。何事も無かったかのようにこれから『飼い犬』に笑顔振りまくんだろう?」

ブラウンの瞳を見つめ返し、バンディットは自身の服を手繰り寄せていく。胸元、そして首元には赤い花びらが咲いていた。

「…これ以上、私の心に入って来ないでくれないか。バンディット、君の心を私に癒すことは出来ない。爛れた不毛な関係など、互いのためにならない。私を求めないでっ…!」

「そりゃ無理なお願いだなドク、あんたの心はもう俺に傾いている。一緒に堕ちる所まで堕ちているんだから。…また来るよ、『ドク先生』?」

バンディットは脱いでいた洋服を着て、手をひらりと振りながら医務室を後にする。

「…もう二度と、私の前に現れないでくれ」

ドクはバンディットの背中を見てぽつりと言葉を吐いた。

「………、またな、ギュスターヴ先生?」

医務室から出る前に、バンディットはドクの腕を掴んで耳元で言葉を囁いた。

 

 

あぁ、私は何処までもー・・・

哀れでどうしようも無い男だ。

 

 

 


『…あんたを愛しているんだ、ギュスターヴ先生?』

バンディットの悪魔のような甘い囁きは、医務室に残されたドクの頭を支配していったのだった…。

 

5.【狩人と熱情】

 

 

青い瞳からはぽろりと涙が零れて、ルークの視界を歪ませて行く。ただ一人の想い人に会いに医務室に行けば、ドアの隙間から見えたのは、恋人であるドクが他の男を愛しそうに医務室で犯している所だった。

(…俺のこと、好きだったんじゃないのか…?何で、何でよりによって同僚のバンディットを…!)

ルークとドクは同僚の時を経て、恋人同士として幸せな時を共に過ごして来た『筈』だった。

『愛しているよ、ルーク』

穏やかなブラウンの瞳、優しい声。
そして温もりは自分だけのものだと思っていたのに。

(バンディットとドクはずっとずっと爛れた関係だったのかな。俺とドクが恋人同士になる前からずっとそうだったのか…?!だったら俺はっ…)

ルークは医務室の前から立ち去り、何処か一人になれる場所を探して涙を零しながら歩いて行く。

基地の中には会議室や資料室など、空室になっている部屋も幾つかあるのだ。

 


「…余所見していると怪我するぞ、ってお前は…」

下を向いて涙を拭いながら一人になれる所を探し求めて歩いて行けば、ルークは前方から歩いている男とぶつかってしまう。

「…すいませんっ、あ、カプカン…?」

ぶつかってしまった相手を見つめれば、そこには同じレインボー部隊に所属するスペツナズのカプカンが立っていた。

いつものような迷彩の塗料は塗られておらず、ラフな服装で基地の中を歩いていたカプカンにルークはじっと見つめられる。

「お前、何で泣いているんだ?」

深緑の瞳は普段よりも幾分か鋭さは抜けて居り、ルークを案じるような優しい視線を彼に向ける。

「…だ、大丈夫だからっ…!ぶつかってごめん。一人になりたいんだ」

ルークはカプカンの横を通り抜けようとする。しかしカプカンはルークの腕を力強く掴んで離そうとしない。

「俺がそんな薄情者に見えるか?話くらいは聞いてやる、一緒に来い。お前に否定権はやらん」

「〜〜…っ!」

力強く腕を掴まれた所が、熱を帯びていく。青い瞳は目の前を行く狩人の広い背中を見つめて後を着いていく。

 


「ここは…」
「誰も来れないし、誰にも教えたことのない秘密の場所だ。空が綺麗だろう?」

カプカンはルークから手を離して、懐から煙草を一本取り出して火を灯す。

(…この人は何がしたいんだろう…)

ゆらりとカプカンの口から吐き出された煙は空へと上っていく。ルークはそんな様子を真っ直ぐと、ただ無表情で見ていた。

「ここで見える青い空はまるでお前の澄んだ瞳と同じだ。ルーク、お前はどうして泣いていた?」

煙草の火はぽろりと地面へと落ちて消えていく。灯火のような小さな火種のように、静かに消えていった。

「…俺がGIGNの軍医・ギュスターヴ・カテブと恋人同士なのは皆知っているよね?」

「そうだな、お前とあの軍医はお互いを大切にしているように見える。まるで穢れがない花のような関係だ」

カプカンは淡々と話を聞きながら煙草をポケット灰皿にしまう。

「俺はずっと今の関係に『噓偽り』は無いと思っていたんだ。だけどね、結局俺とドクの関係はただの偽善だった。彼に会いに行こうと医務室に足を運んだら、まさか…。同僚のバンディットを平気な顔して、愛しそうに抱いていたんだ…。そんな所見たら平気で居れるわけっ・・・ー」

「それ以上、お前が泣く必要はない」

ルークの瞳には再び沢山の涙が浮かんでは零れ落ちそうになる。カプカンはルークを己の腕の中に強く強く閉じ込めて、ぎゅっと抱き寄せた。

カプカンの匂いがルークの鼻腔をくすぐる。無駄のない、石鹸の匂いがルークを優しく包んでいく。

「.…離して、お願いだっ…」
「悪いがその願いは却下だ。ルーク、お前は今でもあの軍医が好きなのか?お前を裏切ったあの男はもう、お前を見ては居ないだろう」

二人が居るのは屋上で、少し離れた医務室の中を見ようと思えば屋上から覗く事も可能だった。

ルークの瞳をカプカンは自身の手で覆い隠し、今まさに医務室の中で行われている情事を見せないように視界を遮断する。

…哀れな軍医と隙間に入り込む盗賊とはとんだ酔狂だよ、まったく…。

カプカンはルークの瞳の瞳から流れる涙を嫌でもその手で感じ取る。遮断された視界の外、医務室で繰り広げられている情事はルークにとって非情とも言える光景だった。

「…カプカン、もう良いんだ、俺はもう大丈夫だから…」

「だったら何で泣いている?大丈夫なら、身体を震わせて泣くのを止めてから強がれよ。…ルーク、俺にしておけ。俺ならお前に哀しい思いなんてさせないし、裏切らない。そして何よりも…」

身体を離して、ルークの涙だらけの顔をそっと大きな手の平で包み込む。

「泣き顔じゃなくて、笑顔だけを浮べさせてやる。ルーク、俺はずっとお前の綺麗な瞳と笑顔に心惹かれていたんだ。俺には無い、澄んだ瞳が俺にとっての道筋だった。それでもお前は偽善者を選ぶのか?」

深緑はルークの心を射抜き、そしてルークもまた青い瞳を涙で揺らしながら彼を見つめた。

「…簡単に忘れることなんて出来ない」

「構わないさ、俺はお前を待ち続けてやる」

「…優しくしてくれるのか?」

「善処してやる」

「…裏切らない?俺だけを見てくれる?」

「俺はお前に分かりやすく好意を向けた筈だ。ルーク、俺に全てを委ねろ。お前以外見ないと、一生を賭して誓ってやる」

カプカンの広い背中にルークは腕を回す。

もう、心の中にある全てを捨ててしまおう。

ルークは近づいてくる狩人の温もりを求めるかのように瞳を閉じて、降りて来る温もりを待っていた。

 

 

 


「…っく、んっ…カプ、カンっ…」
「随分と良い声で啼くんだな」

屋上でカプカンに跨りながらルークは腰を下ろして行く。ズプリと卑猥な水音が二人の耳を犯していく。

「…気持ち良いな、好きな奴を抱くってのはっ…!」

「ひゃっ、だ、駄目っ…、そこ、ぐりぐりしちゃ嫌っ…!」

下から突いてしまえば、ルークの口から漏れるのは甘い声だけだった。中の秘部を抉られれば、先端からは甘い蜜が垂れ流される。

「お前の中最高だっ、… 締め付けるなって。俺は逃げないからなっ…、ルーク、口を出せ…」

カプカンはルークの顔を引き寄せれば、唇を強引に奪って口内を犯していく。舌が絡めば唾液がルークの唇を伝って糸を引いていた。

「ひゃっ、だ、め…もう、無理だからっ…!」

「接吻だけで蕩けそうな顔しやがって…。俺も限界だっ…、ん、ルーク、くっ…!」

カプカンはルークの腰を思い切り突き上げて、限界を迎えた自身の精をルークの中に吐き出していく。

「…ん、お腹いっぱい…」
「とんだ淫乱な男だな、可愛い奴…」

限界を迎えて、快楽の名残が残る身体を手繰り寄せて互いに唇を重ねて抱き締めあっていったのだった。

***

「ルーク、お前あの軍医と別れたと聞いたがそうなのか?」

「…あ、当たり前だ。俺とあの人はもう、別々の道を歩んでいるからな…」

後日譚。

初めてカプカンに慰められ、そして求められたその日の夜に、ルークはドクへと別れを告げに行った。

『私には君だけなんだ』

そんな甘い偽物の言葉を何度聞いたか分からないルークはあの日、バンディットを抱いていた所を見たということと、自身もまた、それに絶望してカプカンに抱かれたことをドクに告げたのだ。

『私の所為だ。ルーク、私を好きで居てくれた時間を忘れないよ。…どうか、幸せに…』

別れはあっさりと。
そしてルークもまた心が多少軽くなったのを感じた。

「俺にとってドクはただの依存相手だった。カプカン、あなたは俺を裏切らないと誓ってくれたよね?一生をかけて俺を幸せにしてくれる?」

青い瞳は、深緑の瞳を見つめる。

「…俺に二言は無い、ようやく手に入れたお前を易々と手離しはしないさ。ルーク、俺が愛し続けるのはお前だけだよー・・・」

深緑の瞳が細められれば、青い瞳は嬉しそうに閉じられて行った。ようやく訪れる小さな幸せに心を躍らせて行く二人が居たのは、ここだけの物語…。

 

 

6.escape

 

『あなたが居なくなるくらいなら、俺はこの命を絶ち切るよ。愛していたよ、俺だけの、俺だけのギュスターヴっー・・・』

 

 

今ひとつの思いが終焉を迎えようとしていたー・・・。

 

 

【escape】

真夜中に見る夢は悪夢ばかりだ。

ギュスターヴ・カテブは真夜中、
無駄に大きいベッドの真横を見つめて深いため息をついた。

(…君が居なくなって何ヶ月経つんだろうな。私はジュリアン、君に囚われて居るんだろうか?)

かつては広いベッドで二人で眠りを共にしたことをギュスターヴは思い出す。

『ジュリアン』

ギュスターヴを深く愛し、
そしてまた、彼に病むほど依存していた恋人の名前である。

ジュリアンの青い瞳は酷く儚げで、
そして何処か闇を抱えているようイメージがずっとギュスターヴの中では印象強く残っていた。

「…私は本当に最低な男だよ、ジュリアン…。君の愛、そして闇を抱えてやれなかった私を赦して…」

目が覚めてしまったギュスターヴは無理矢理眠るため、再び広いベッドへと横になり瞳を閉じる。

***

時は遡ること、半年前。

いつものように穏やかな朝を迎えられる。そんな気持ちを抱きながらギュスターヴは先に起きているであろうジュリアンを探しにリビングへと向かう。

「ジュリアン、おはよう…、って君は何を…!?」

「あぁ、ギュスターヴ。おはよう、良い天気だね。そんな顔をしてどうしたの…?」

「…今すぐ手に持っているナイフを置きなさい、ジュリアン…!!」

朝一番、リビングに向かえばジュリアンは果物ナイフを手首に当てがい、切り傷を作っているではないか。

「…ふふ、別に大丈夫。生きてるから、まだ死んでないよ??…血を見ると安心するんだ。ギュスターヴ、止めないで?」

ジュリアンの声も、視線も、心此処に在らずという状態だった。

ギュスターヴはジュリアンの手首を背後から掴み、ナイフを無理矢理奪って手首の止血を試みる。

「君は馬鹿かっ…!!こんな自分自身で傷を付けるなんて馬鹿げてる。私がこんなことをして喜ぶと?ジュリアン、お願いだからこんなこと…」

「…ギュスターヴ、何をそんなに怒っているんだ?俺はあなたを傷つけていないじゃないか」

「ジュリアン…」

止血されていく手首をジュリアンは、無感情な瞳で見つめていた。これで何回目なのだろうか。

ここ最近、
ジュリアンは自傷行為に走ってはギュスターヴに手当てをして貰うという不可解な行動ばかりとっていた。

ギュスターヴは包帯を巻きながら、ぽつりとジュリアンに一言だけ言葉を言い放つ。

「君はどうして自傷行為を繰り返すんだ、何か悩んでいるのなら私にちゃんと話してくれないと分からないじゃないかっ…」

ブラウンの瞳を揺らし、ギュスターヴは苦しげに呟いた。ジュリアンは空いている手で彼の頬を撫でる。

「俺はこうして痛みを感じれば生きていると実感する。ねぇ、ギュスターヴ。あなたは俺が大切で愛しているだろう?俺はね…」

ジュリアンはそっとギュスターヴの耳に口を寄せて、悪魔の囁きとも言える言葉を解き放つ。

「…痛みで感じるんだ。ねぇ、ギュスターヴ?俺を痛めつけて、骨の髄まで犯してよ。あなたもそれを『望んで』いるのだろう?」

「…私はっ…!!」

「黙って」

儚げな青い瞳が、ゆっくりとギュスターヴの顔へと近づいて、やがて唇の体温が降りてくるー・・・。

 

 

 

「…はっ、ギュスターヴっ、良いよっ、気持ち…いいっ…!!」

「嫌だっ、私はっ…」

二人分の体重がベッドへ沈んでいく。ジュリアンはギュスターヴの手首を掴み、自身の首へ嬉しそうに誘導していく。

「…内心、ギュスターヴ…、あなたは俺を痛めつけて弄んで犯して滅茶苦茶にしたいんだ。ふふ、締めて…っ」

力を込めて首を絞めるように促されたギュスターヴはブラウンの瞳からポロポロと涙を零しながら腰を押し進め、首に手をかける。

「はっ、ジュリ…アンっ、嫌だっ、こんなことしたくは無いんだっ…!!君を傷つけてたく無いんだっ…ん、あっ…」

ジュリアンは首を締め付けられながら、与えられる快楽に溺れていく。口からは唾液、青い瞳は何処か虚ろげな目線だった。

「…んっ、くっ…、は、駄目、気持ちっい…」

口からは声にならない喘ぎ声が漏れ出てくる。ジュリアンは苦しげに、そして切なげな表情を浮かべくる。

「締め付けないでっ…、出ちゃうからっ…!!」

ギュスターヴは締め付けが強くなるたびに与えられる快楽に溺れそうな感覚を覚えていた。

無理矢理、ギュスターヴの手を誘導し、首を絞められるジュリアン。

こんな愛の無い行為に意味なんてあるのだろうか?

 

 

「ふっ、…くぁっ、出るっ…!!」
「孕ませてっ…、ギュスターヴっ…んぁっ…」

ギュスターヴは涙で濡れたブラウンの瞳を閉じながらジュリアンの中で熱を解き放ったのだった。

 


「ギュスターヴ、気持ち良かったよ。『生きてる悦び』を感じさせてくれてありがとうね」

愛のない行為に身を委ねたあと、
ジュリアンは青い瞳をうっとりと細めてギュスターヴの手に自身の手を絡めてくる。

「…君は間違っているよ、私はあんな風に君を抱きたいなんて思ってはいない。ジュリアン、正直もう、私には耐えられない…!あんな風に、自傷する君を見るのも暴力的な交わりも。別れて欲しいんだ…」

ギュスターヴは声を震わせながらジュリアンの青い瞳を見つめた。その瞳には光なんてものは映ってはおらず、無感情な色へと変わっていった。

「あなたと俺が別れる?おかしな事を言わないで?ねぇ、ギュスターヴ…。あなた、本当は俺以外に人が好きなんじゃないの?自傷なんて生きているだけの存在証明だ。ねぇ、気持ち良かったから中で出したんでしょう?ギュスターヴ、あなたは酷い人だよ…」

ジュリアンはギュスターヴに馬乗りになり、彼の首に手をかけて首を締め付ける。

「ジュ、リ、アンっ…!」
「一緒に死んじゃおうよ。あなたが悪いんだ、愛していないんだろうっ…?!俺のこと好きで好きでたまらないんじゃないのかよっ…!!」

ギュスターヴは必死に抵抗して、ジュリアンから逃れる為にもがき続ける。

 

 

「こんな、こんな行為に意味なんて無いだろうっ…!!離してくれっ、」

「ギュスターヴ、俺だけの、ギュスターヴっ…」

見下ろしてくるジュリアンの瞳にはもう、苦しむギュスターヴの姿なんて映ってはおらず、ただただ愛に飢えた男の姿だけがそこには在った。

しかし、ジュリアンはふとギュスターヴの首から手を離して、馬乗りになったまま彼を見つめる。

 


「….私が、君の前から姿を消す。もう、痛々しい毎日に耐えられない。ジュリアンっ…、お願いだ、私と別れてくれっ…!!」

ギュスターヴは悲痛な叫びをジュリアンに向けて言い放つ。ジュリアンはふっと哀しげな笑みを浮かべて一言呟いた。

 

 

「あなたが居なくなるくらいなら、俺はこの命を絶ち切るよ。愛していたよ、俺だけの、俺だけのギュスターヴっー・・・」

そう言うと、ジュリアンはギュスターヴから降りてとぼとぼと部屋から出て行く。

「ちょ、待ってっ…!!ジュリアンっ…!」

「…止めないで」

否定の言葉は何よりもギュスターヴの心に棘となって突き刺さる。ジュリアンは無表情で部屋から出ていった。

一人きりのベッドの上、
ギュスターヴは己のせいだと自身を悔やむように、瞼が腫れ上がるまで泣き腫らしたのだった。

 

 

***

 

 

気が付けばお昼だった。

ギュスターヴは真夜中に少し前の『記憶』を夢で見た事を思い出す。窓から漏れる光はギュスターヴを眩しく照らす。

「…半年も経っているのに君は何処に居るんだ…?」

重い身体をベッドから引きづり、
リビングへと足を運ぶ。悪夢だった半年前。このリビングでジュリアンは自傷行為を繰り返していたんだ。

 

 

ジュリアンは携帯も財布も持たず、
半年前の夜に身体一つで家から姿を消してしまった。ギュスターヴもここ半年で警察などに捜索願いを出したが、これといって、手掛かりは何も無い。

ギュスターヴはコーヒーを一口飲みながら、ふと玄関に落ちいる一枚の封筒を見つけた。

「…宛先も、差出人も何も無い…?悪戯か…?」

郵便物の取り忘れなのか、昨日には無かった封書をギュスターヴは拾い上げて見つめた。

ちょっとした悪戯心がギュスターヴの心に宿ってしまう。封書は今にも開きそうだった。封筒を開けて、中を見ればそこには一枚の写真があった。

「…これはっ…」

それを見てギュスターヴは言葉を失ってしまった。見慣れた公園の写真、その写真の場所は『彼との始まり』の場所だったからだ。

写真を良く見ると、そこには小さくメッセージが添えられていた。

 

 

『…I wait for you here…』

(…あなたを、ここで待つ…。ジュリアンが居るのか…っ?!私は君を守ってあげられなかった。闇を共にすることが出来なかった。だから…、贖罪のために私は君に会いに行く)

ギュスターヴは二人の思い出の公園へと足を運ぶ為に、ジャケットを手に取り羽織って外へと歩き出す。

 


二人が初めて愛を誓いあった公園はギュスターヴの自宅から比較的近居場所に存在する。春夏秋冬、季節を問わずに様々な花たちが綺麗に植えられていて綺麗な場所である。

季節は冬。

ほんのりと花壇には霜が降りているくらいには冷え込んでいた。ジュリアンは半年前、身体一つで飛び出した。

所在も、安否も分からない状態ではあるが唯一の手がかりであるこの手紙を頼りにジュリアンの居るであろう公園にギュスターヴは足を運んだのだ。

公園の奥の方に歩みを進めれば、
ベンチに座っている男が一人居たのだ。

ギュスターヴは男に近寄り、
その顔を見つめて堪らない気持ちになって行くのを感じてしまうではないかー・・・。

 

 

「〜〜…ジュリアンっ、ジュリアンか?!私だ、私だよっ、ギュスターヴだっ!!」

青い瞳の持ち主はブラウンの瞳を見つめてくる。そして一言、ギュスターヴの顔を見て男は呟いた。

「…あなたは誰?」

(…今なんて、言ったんだ…)

聞き間違えで無ければ、ギュスターヴの耳を疑う一言が彼の口から放たれてしまった。

「…ジュリアン、私だよ、ギュスターヴ・カテブだ。なぁ、半年前行きなり君が居なくなってしまってから私はずっと君を探していたんだっ…」

ジュリアンが座るベンチにギュスターヴも腰を下ろして、ジュリアンの手を握りながら必死に青い瞳へと訴えかける。

しかしジュリアンはきょとんした瞳をギュスターヴに向けて彼に向かって衝撃的な言葉を吐いて来た。

「…あなたが誰か分からないんだ。ごめんなさい、ギュスターヴさん。…俺はあなたを知らないんだ」

「…そんな、ジュリアンっ…」

ギュスターヴの瞳には悔し涙がじわりと浮かんでくる。ギュスターヴがジュリアンの顔を良く見ると、首には締め付けた跡が痛々しく残っているではないか。

(…私が、私があの時、君の闇に気づいてあげられていればこんなことにはっ…。私から別れたいと言ったことが原因だ、全部私が悪いんだっ、ジュリアン…ごめんな…)

半年前からジュリアンは自傷行為を繰り返し、そして脳の能力低下にも繋がる首締めを快楽のために何度も強要してきたのだ。

そして恐らく。

ジュリアンは心中を図ったのであろう。ではないと、あんなに首に跡ははっきりと残らないはずなのだから。

ギュスターヴの様子を見たジュリアンは無垢な笑みを浮かべて、ギュスターヴをそっと抱きしめた。

「泣かないで、ギュスターヴさん。俺にはあなたの記憶が無いしあなたとの関係なんてまるで思い出せないんだ。でもね…」

ジュリアンは弱々しくなってしまったギュスターヴの頭をそっと撫でて優しく囁いた。

「この温もりだけは何だか懐かしいと思うんだ。ねぇ、ギュスターヴさん。あなたのことを教えて欲しいんだ」

 

 

…やり直せるのなら。

…もう一度だけ、やり直せるのなら。

神様、どうか…。

ギュスターヴはジュリアンを見つめて、涙を浮かべながら抱き締め返した。

「私の名前は、『ギュスターヴ・カテブ』だよ。"初めまして"、ジュリアン・ニザンくん…」

 

 

冬の風が、ギュスターヴとジュリアンの頬を掠める。

ギュスターヴは涙を拭って切なげにジュリアンの青い瞳を静かに見つめ続けていた。

 

 

7.雨音、そして

 

しとしとと落ちる雨音に、ドクは目を覚ます。

「ルーク」

愛しい者の名前をそっと口に呟いて、
眠るルークの頬に軽く唇を落とす。

「ん…、ドク?」

鮮やかな青い瞳はゆっくりと開かれ、
柔らかく微笑みを向けてくる。

「済まない、雨音で目が覚めてしまったみたいだ」

窓の外を見ると、僅かな月明かりが部屋を照らし、そして雨音が外の木々を震わせていた。

ドクは昔から雨音や騒音に敏感だった。

ルークはドクを優しく見つめて頬に手を伸ばし、ゆっくりと彼の顔を大きな手で包み込む。

「怖いのなら、もっと近くに来て欲しいな…、震えているよ」

ドクのブラウンの瞳は外に響き渡る雨音に反応して、いつもの穏やかな色では無く少しだけ暗い光彩を放っていた。

「あ、ありがとう…」

ルークの手に頬をすりっと軽く触れ、そして強く強く抱きついた。

震える身体はどこか、いつか何かに絶望した彼を思い出させた。

「ドク、あなたは何に怯えているんだ」

大切な人が何かに脅えるかのように震えて、そして温もりを求めるかのように抱きついてくるのだ。

ルークの青く透きとおった瞳をドクは暗いブラウンの瞳で真っ直ぐと見つめてくる。

「…私は軍医で、人の命を救う立場だろう?」

ぽつりとドクはルークに言葉を投げかける。

その言葉はどこか哀しさと、そして諦めを含めた声に聞こえて仕方なかったのだ。

「…昔、こんな雨が酷い時に赴いた戦場で、私は救えたはずの命を見捨てたんだ…」

…あなたは、何も悪くはない…。

ルークの頭の中に思い浮かんだ言葉はこの一声だった。

「ドク、あなたはそれでも救おうとしたんだろう?戦場では誰にだって…」

「君に何が分かるんだ?!」

声を荒げる恋人の姿をルークは初めて見てしまった。

穏やかで、誰よりも他人を大切にする彼の激昂を。

ドク自身もハッと我に帰り、ゆっくりとルークの瞳から視線を外す。

「…君に八つ当たりしてしまうなんて、私は最低だ」

声は涙にくぐもって、掠れて震えていた。

そんな様子を見たルークは一度身体を離し、そしてドクの唇に噛み付くような口付けを落とす。

 

 

「…んっ…!」

その口付けはルークの見えない怒りと、悲しみの気持ちを伝えるのには充分過ぎた。

舌を絡めは熱い吐息だけが唇から漏れ出る。

そしてほろりとドクの瞳から涙が零れればルークは指で優しく拭う。

唇を離された時にはドクの瞳からは大量の涙が顔を濡らしていた。

 

 

「…ドク、俺はあなたにとってどういう存在なんだ?」

ルークはドクをただただ真っ直ぐと見つめる。

ドクはルークの青い瞳を見つめて、震える声で呟いた。

「君は誰よりもかけがえのない大切な恋人だよ」

ルークはドクを有りっ丈の力で強く掻き抱いた。

「だったら一人で抱え込まないで、俺はあなたより年齢だって下だ。だけど、だけどドク。あなたを思う気持ちは誰よりも負けない…!」

その『言葉』はドクの心の影を取っ払うのには充分だった。

「私は怖かった、ずっとずっと。こんな雨音の中で私は過去のトラウマにずっと苛まれ続けていたんだ。ルーク、君が私の隣から居なくなってしまったらどうしようとか。…そんなことばかり、毎日考えていたよ」

隣に居て、愛を囁いて身体を重ねて、そして共に過ごしてきた時間は長かった。

だけど、心に潜んでいる影までは気がつけなかったのだ。

ルークはドクの身体をただただ黙って強く抱きしめていて。

そして、ルークはぽつりとドクの耳元で言葉を囁いた。

「…………」

その言葉を聞いたドクは瞳を閉じて、一筋の涙を穏やかな光彩を放つブラウンの瞳から流した。

雨音はやがてゆっくりと静音となって夜に消えて行く。

 


「…例え、あなたの心が闇に蝕まれても。俺があなたを照らし続けるよ」

愛しい、青く輝く瞳は優しく優しく。

ドクを見つめ続けていた。

 

 

8.さよなら、愛した人

 

裏切られたことは何度だって経験をしているし、辛くはないのだ。どうしてかと言われてしまえば、それは《職業》のせいかもしれない。

レインボー部隊に招集される前はスパイをやっていた。手を汚すこと、人を殺めること、陥れそして最後には裏切って、裏切られる。

 

 

そんなことが日常のように繰り返されていき、気がついたら必要な感情自体も押し殺し、何も感じなくなってしまっていた。

俺の心、そして気持ちはただただ無機質な塊へと変わってしまって、人の想いすら理解なんて出来なくなってしまったのだ。

『バンディット!お前は相変わらずいたずら好きだよな、俺を困らすんじゃねぇ』

頭の中の、断片的な記憶だけが俺の心に呼び掛ける。これは大事で愛しくて、そして守ってやりたい大切な人の声だ。

…名前が出てこない、大切な人なのに、俺が死んでも守ってやりたいと思っている唯一無二の人なのに。

大切な人は性格こそ荒いが、好奇心旺盛で俺なんかより、感情が豊かな人間である。笑顔が可愛くて、時には喧嘩したりして。

長い期間、生活を共にしてそれこそ仕事も、プライベートもずっとずっと一緒に過ごしてきたはずなのに。

『一度しか言わねぇよ、俺はお前が世界で一番大事なんだ。一人で闇を抱え込むんじゃねぇ』

…あぁ、何だか懐かしい。俺が悩んでいた時にこの人は励ましてくれたんだ。初めて自分から好きだと言ってくれたんだ。なのに、なのに……。

 


…俺にはこの人の名前が、ワカラナイ…。

必死に俺は思い出す。だけど記憶というのはどうしても断片的な残像しか出てこないのだ。

いつだって隣合わせで戦ってきたこと、いつだって隣合わせで助け合ってきたこと。…いつだって、俺が守ろうとしてきたのに。

『俺がお前を照らしてやるから、側にいてやるから。だから俺の前から消えないでくれ』

大切な人は何度だって俺に呼び掛けてくれる。その声はずっとずっと耳の中で響き続けている。

名前を…………、

大切な人なんだ…………、

………………、

…………だ、俺の名前は………

 

 

 

 

 

「この馬鹿野郎っ…、!!」

瞳を開けると白い天井、腕に刺さる管が自らの目に飛び込んでくるではないか。

隣には大切な人が大粒の涙を浮かべて、そして涙を瞳からボロボロと溢していたのだ。手を握られていて、温もりが肌に染み渡っていく。

 

 

「どうして突入の合図を待たないで勝手に攻撃をしたんだ?!この死にたがり!大馬鹿野郎………!

大切な人は怒っているようだ、そして悔しそうな何とも言えない表情を浮かべていた。

俺は何とか手を握り返し、口を開いて言葉を出す。

「…すまない、お前の名前が思い出せないんだ。大切な奴で仲間で恋人だって事までは分かっているんだ」

大切な人は一瞬無表情になり、そして悲しそうに笑った。手は優しく握りしめたままである。

「…良いんだ、俺はお前の意識が戻っただけで良いんだよ。バンディット、任務のときに合図を待たずに突入して怪我を負ったんだ。それで怪我をした箇所が頭で、そこで恐らく記憶喪失になってしまったみたいだ」

大切な人の話によると、俺は何かの作戦中にヘマをしたようで、それで怪我を負ったせいで一部の記憶が欠損してしまったようなのだ。

考えてみるとここは恐らく病院の個室で、俺は治療中のようだった。そして頭には包帯が巻かれている。

「そうなのか、俺のせいなんだよな。誰も死んでないよな?」

「…その点は問題はねぇ。少なくとも、お前が生きているだけで俺は十分なんだ。…とにかく、一ヶ月は入院が必要だから安静にしておけよ。俺もできるだけ毎日会いには来てやるからよ」

大切な人は俺から手を離し、悲しさとなんとも言えない表情を浮かべて病室を後にしようとした。

今度こそ名前を聞かなければ……。

俺は病室を後にしようとする彼の腕を掴み、一言尋ねていたのだ。

 

 

「名前を、名前を教えてくれないか…?」

「…イェーガー、だよ。バンディット」

彼は手をヒラリと上にあげ、病室を後にしたのだ。その背中を俺は食い入るようにずっとずっと見てしまっていた。

…イェーガー、それが俺の大切な人の名前でずっとずっと守ってやりたいと思っていた人の名前だったのだ。

断片的なことでもいい、できれば全部を一気に思い出したい気分にかられ、動かない頭を名一杯フル回転させてみる。

しかし何も変化はない。今はただ、自分の怪我を治して早くイェーガーの側に居られるようにしよう。

俺の目的はそれだけだったのだ。布団にはずっと横になっているから再び瞳を閉じて、睡魔が訪れるのをその日は待っていた。

瞳を閉じて、暗闇の中でイェーガーの悲しそうで、今にも泣きそうな表情が脳裏に焼き付いて離れなかった。

 

 

***

それからほぼ毎日イェーガーは俺が退院するまで何度もお見舞いに来てくれたのだ。

「だいぶ動けるようになったのか?」

イェーガーは病室に備え付けられているベッド横のイスに腰掛け、俺の顔をまじまじと見つめてくる。

「まあ入院してもう少しで一月だしな、それに身体もリハビリしているお陰で動くよ。ありがとうな」

「…いいんだ、俺にできることはこのくらいだから」

「なんでそんな暗い表情を浮かべるんだよ、確かにイェーガーのことはまだちゃんと思い出せないけど…断片的には覚えてはいるから。だからそんな暗い表情を見せないでくれ、頼む。…お前の明るい笑顔が、俺は好きなんだよ……」

イェーガーの暗い表情は俺の心までを暗くしてしまう。こんな表情を俺は好きじゃない。お前に似合うのは笑顔だよ。

俺はベッドから少しだけ身を乗りだし、イェーガーを抱き寄せてしまう。

「…な、なにするんだよ…っ?!」

「お前がそんな表情を浮かべるから抱き締めたくなったんだ。悪いのか?」

イェーガーを腕の中に閉じ込めてしまうと、それ以降彼は何も言葉を言わない。

鼓動はいつか彼を抱き締めたときと同じくらい、煩くて仕方なかった。遠い記憶のどこかで俺はイェーガーを抱き締めたことを思い出した。…身体が、心が、イェーガーの温もりを覚えているのだ。

「悪くなんてない。…お前は俺のことを思い出したらきっと俺から離れたくなる」

「なんでそんなことを言うんだ」

イェーガーを尚更強く抱き締め、瞳を閉じる。少しだけ俺は思い出してしまう。断片的には頭に流れるのは、恐らく記憶喪失になる原因になった任務のときに記憶だ。

 

 

頭にはズキズキ、っと頭痛が響き渡る。

…あぁ、また俺はお前に暗い顔をさせてしまってたんだな。

「イェーガー、お前を守るために怪我を負ったんだ。何もお前は悪くなんてない」

俺は確かに突入の合図を無視して敵に銃弾を撃ち放った。それはイェーガーを守るために取った行動だったのだ。イェーガーは敵に狙われていることにまったく気がついていなかった。

敵に銃弾を撃ち放ったときに敵と乱闘になり、俺は強く頭を打った。幸いにも記憶を少しばかり失う程度で済んだんだ。

「思い出したのか、俺の、俺のせいで…………」

強く抱き締めた腕の中でイェーガーは涙を溢して震えた声で呟いた。袖口は涙で濡れてしまう。

「少しだけ思い出した。だけど俺にとってお前は自分の命に代えても守ってやりたい奴なんだよ…。泣かないでほしい。俺は幸いにも全部を失ってはいない。足だって目だって腕だって。イェーガー、お前を抱き締めて近くに見てやれるものはちゃんと機能してるんだ。…責めるなよ、自分を」

「…バンディット……っ…、俺、お前が目を覚まさない間本当に悔やんでた。《俺なんかと出会わなければ》とか、お前にとって俺なんか居なければ良かったんじゃないかとか………。一番俺にとってバンディット、お前はかけがえのない存在なんだよ……っ、だからせめて……」

イェーガーは涙を浮かべたまま、俺の頬を両手で掴みそのまま自身の顔へと近づけさせる。

重ねられたのは唇、そして温もりだった。これも覚えてはいたのだ。身体がイェーガーの温もりをきちんと記憶していた。

「…思い出すまで、いや、一生側に俺を置け。死にたがりだったお前をもともと一人にさせるつもりなんて毛頭ねぇけど。せめてもの償いだ。…今まで守ってくれてた分俺がお前を守ってやるから」

イェーガーの言葉は今までに聞いたことのないくらい、力強い心の籠った言葉だった。

離された唇、そして温もりを名残惜しく感じながら俺はイェーガーの涙を拭う。

「…分かった。俺もできるだけ思い出すようにするから。だから、二度と自分を責めないと誓ってくれ。イェーガー、お前の悲しい顔は嫌いだよ」

「…っくそ、お前には敵わない」

病室の窓には夕陽が入り込み、俺たち二人の姿を照らし出す。

明日はようやく退院出来る日である。

…未だにイェーガーの記憶はきちんと戻らないけれど。

***

 

 

ようやく退院する日がやってきて、病院から自宅へと歩いていく。

隣にはイェーガーがいて、荷物を持って隣を歩いていた。あまり多くはないが、必死に持ってくれている彼が可愛くて仕方なかった。

「ちゃんと歩けるようにもなってよかったな」

自宅へと共に歩くなか、隣を歩くイェーガーはぽつりと呟いた。心なしか、昨日よりも彼の声は明るかったのだ。

「そうだな、もう目の前だから荷物貸して。…上がらないのか?」

自宅の入り口まで着くとイェーガーは立ち止まり、俺の部屋に来ようとはしなかった。

「…良いのか、お邪魔して」

「別に構わないさ、せっかくだから上がっていけ」

「…わかった」

イェーガーから荷物を受け取り、自室がある階までエレベーターで移動をする。また、ここでもぽつりと記憶が甦る。

「一番始めに来たとき、お前はエレベーターの中で顔を真っ赤にしてたのを思い出した」

「いつの話だよ、もう5年くらい前の話だろ?馬鹿バンディット」

「…可愛いな、イェーガーは」

「うるせぇ、まったく」

そんな話をしているうちに部屋の前まで着き、ドアを開けるために鍵を取り出す。そして、ドアノブを回し、イェーガーを部屋の中に押し込んだ。

「とりあえずソファにでも腰を落とせば」

「…ん。とりあえずお前の近くに居させろ」

イェーガーは俺のとなりにぴたりと寄り添うように腰を落とし、ソファーに座り込む。

「退院できて本当によかった。部隊への復帰は当分先なのか?」

「いや、一週間だけ休養してそのあとはもう復帰するつもりだが。何かあるのか?」

イェーガーは俺の瞳を見て、そして俺を強く抱き締めた。彼から抱き締めてくるのは非常に珍しいことだった。

「…何もない、だからこそ心配なんだよ。バンディット、お前は部隊の中でも暗殺も任務もきちんとこなせるやつだ。一部記憶が欠損してるなかで俺は正直、また何かお前にあったらって考えると胸が痛いんだ」

 

 

頭の中、ズキズキと痛むのは失われた記憶が甦ってくるときに限るのだ。俺はイェーガーの肩に寄りかかり、必死に目を瞑る。

「…だ、大丈夫か?!」

「…ま、マリウス………」

俺は目の前にいる彼の名前を、本名を口走っていたのだ。記憶は糸が切れたように頭の中に流れ込んでくる。

「思い出したのか、俺のこと」

「…悪いな、マリウス…。遅くなった、やっと全部思い出せた………。突発的だけどお前のこと、ようやく思い出せた。…悲しい思い、させて済まなかったな」

「…バンディット、お前って奴は本当に…」

 


イェーガーは俺の瞳をまっすぐに見つめて、顔全体をぐちゃぐちゃにして涙を溢した。それこそ、今までに無いような泣き方だったのだ。

「…馬鹿な奴、記憶なんて思い出さなくてもずっとずっととなりに居るつもりだったのに。思い出したら尚更だ。俺を一生側に置いてくれ、二度とお前に辛い思いをさせないと天に誓うから。…こんなこと、俺に言わせんなよ…っ!」

「…答えなんて、yes以外何もない。ようやく思い出せたこの思いを俺だって二度と忘れたくないんだ、イェーガー…。いやマリウス………」

 

 

 


俺は目の前にいるイェーガーにそっと耳元で囁いた。

 

 

「俺と生涯を共にしてくれ、この先どんな辛いことがあっても俺たちなら乗り越えられると思う。さっきまでの俺たちに『さよなら』だ。…思い出せなかった時間以上にこれからを俺と生きてくれよ」

「……もう、離れてなんかやらねぇ。覚悟してろ、バンディット」

「望むところだよ、イェーガー………」

 

 

 


「…愛してる…」

 


そっと抱き寄せて、腕の中でイェーガーを閉じ込める。

そしてイェーガーもまた抱き締め返してくるのだ。

『さよなら』を言わなくてよかった。

命があって、記憶があって、相手を思いやれるこの気持ちがあったからこそ、幸せはなりたっているのだ。

…さよなら、昨日までの愛しい人。

 

 

思い出した記憶と共にまた、俺は新しい未来をイェーガーと共に歩んでいく。

 

 

 

9.【歪んだ愛は蜜の味】

 

 

朝八時

ジュリアン・二ザンはいつものように目の前に座る恋人、ギュスターヴ・カテブに手作りの朝食を振る舞う。

温かい野菜スープ
サラダ
トースト
ホットコーヒー

健康重視の食事にしたいと言い出したのはギュスターヴからである。ジュリアンはニコニコしなから彼の顔を見つめる。

「ギュスターヴ、おいしい?」

青く潤んだ瞳で大好きな彼を見つめればギュスターヴもそれにつられてジュリアンに穏やかな視線を向ける。

「おいしいよ、ありがとう」

「あなたに喜んで貰えて嬉しいな、俺は非番なんだけどさ。ギュスターヴはお休み?シフト揉めていただろう」

「今日は仕事だよ、なーに、早く帰れるように頑張るから。あ、そろそろ急がないと。ジュリアン、ホットコーヒーおかわり貰える?」

「…はい、どうぞ」

何気ないやり取りのはずだった。

 


昼十二時

 

 

ジュリアンは自室のベッドで携帯端末を見ながら唇を噛んで苛立ちを露わにしていた。

「あなたは『嘘つき』じゃないか!!何が仕事だよ、俺に黙って知らない奴の家に遊びに行くのが『仕事』なのか?!ギュスターヴ、俺から逃げられると思うなよ…」

携帯端末に映るのはGPSによる位置情報とマップ。そう。ギュスターヴの現在地が分かるようにジュリアンは朝食に小型GPSを混ぜてギュスターヴに食べさせていた。

「俺だけのギュスターヴ…、ギュスターヴ、ギュスターヴ、ギュスターヴ、ギュスターヴ…、ギュスターヴ、好き、好き、ふふ、はははっ…!!!」

自室にギュスターヴを入れたことはない。ジュリアンの自室にはギュスターヴの写真が壁一面に貼られており、またギュスターヴが留守にしているときに盗んだ彼の下着や使用済みストローなどが綺麗に飾られていた。

「もう、あなたは逃げられない。俺だけのギュスターヴ。あなたが帰って来たら嫌味ったらしく聞いてあげる。『俺に黙って何処に行っていたの?』って。愛してるからね、愛してるから、あはは…」

狂気に満ちた笑いが部屋に響き渡っていた。

 


夜十八時

ジュリアンは玄関にて彼の帰りを待っていた。

手にはナイフ、
携帯端末、
そして二人が写る仲睦まじい写真が入ったパスケース。

狂気に囚われたジュリアンの口には歪んだ笑みが浮かんでいた。

「早く帰って来て?俺、ずーっと待ってるんだから。俺より他の奴がいいの???ねぇ、ギュスターヴ、早く…」

ジュリアンは虚ろな目で玄関を見つめる。するとドアがガチャリと開き、意中の人物が帰って来たのだ。

「遅くなってごめん…、ってジュリアン、君は何を…」

「嘘つきギュスターヴ、おかえり。仕事だと嘘ついて何処に行ったのかなぁ。他の男に愛想でも振りまいてきた?俺ね、今日一日あなたが何処に居たか知ってるんだから。俺に黙って勝手なことをしないでよっ…!」

ジュリアンはギュスターヴの腕を掴むとそのまま玄関に押し倒して手に持っていたナイフを彼の首筋にあてた。

「や、やめっ…」

「動くと俺あなたを殺しちゃう。今すごいイライラしてるんだよ?ギュスターヴは俺だけの物だ、他人に掘られた?何で何も答えないの?無言は肯定か?ねぇ、ギュスターヴ、ギュスターヴ、ギュスターヴ…、答えてよ、ギュスターヴ」

ジュリアンの瞳には光はなく、ただただギュスターヴの顔をまじまじと見つめてくる。ギュスターヴは何とかジュリアンの腕の中から抜け出そうと抵抗するが、彼の腕力はかなり強い。

「…君は狂ってる…!確かに仕事だと嘘ついたことは謝る、だが君にっ…!!」

うるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!!!!!!俺以外のところに行こうとした時点で浮気だ、あはは、あなたはやっぱり俺なんか好きじゃないんだ。俺はあなたが大好きだからあなたの下着やストロー、それに使用済みのコンドームだって残してる。あ、俺の部屋には一度も入れたことないよな、それが理由だよ!あなたは俺の物なんだ、あ、いいこと思いついた」

ジュリアンはそう呟くとナイフをギュスターヴに目掛けて振り降ろす。

「あなたを殺して飾ればずーっと側に居れる。俺の為に死んで?何で思い浮かばなかったんだろう」

「…私は簡単に死ぬわけには行かないんだ、ジュリアン、こんなのは間違って…」

「あなたは本当に俺が嫌いなんだな、もう、もういいよ…!!!俺が死ねばいいんだ。ギュスターヴ、後悔するといいよ。あなたを愛した俺があなた自身の前で死ぬんだから。ふふ、あはははははははははっ……、バイバイ」

ジュリアンは振り降ろしたナイフを引き抜き自身の腹へと思い切り突き刺した。どさりとギュスターヴの上に重なるように倒れてきた彼の体重は軽かった。

「…君は本当に馬鹿だ、今日は私と君の大切な記念日だった。だから…」

サプライズで指輪を用意していたギュスターヴは仕事だと嘘を付き、出来上がったペアリングを取りに行っていた。

「…だけどもう、これは意味を成さないんだな。君の狂気に気がつけなかった私を許して…。私も君の所にすぐ逝くよ」

ジュリアンの冷えた身体を抱き寄せて落ちていたナイフを喉に当てがった。事切れる刹那は一瞬だ。

ギュスターヴはジュリアンへのお詫びと共に自ら命を絶ってしまった。二人が共に倒れた場所の近くには小さな紙袋と幸せな笑みを浮かべた二人の写真が入ったパスケースが血に染まって落ちていた。

夜十八時。

二人が初めて想いを伝えあった大切な時間だったことは誰も知らない。

 

 

10.【血と灯火と温もりと。】

 

 

『死ぬときはあなたの腕の中がいい』

いつか、こんなやり取りをしたことを思い出す。私の腕の中で青い瞳を持つ彼は震えながら私の手を握り締めてくる。

「…ド、ク…あなたに怪我が無くて良かった…」

「…君が庇ってくれたからだ。ルーク、止血を…」

「もう、間に合わない、俺はもう消えかけの灯火状態だっ、かはっ…」

私を庇って敵からの凶弾に倒れた君は私の腕の中で赤い血を流して震えている。

消えかけの灯火、私も君も分かってはいるさ。長い間共に相棒として君と時を共にして来たのだから…。

「長くは持たない、そう言いたいんだな?…ルーク、君はかつてこんなやりとりを私としたことを覚えているかな。『死ぬときはあなたに腕の中がいい』と。…ルーク、私はメディックだ。例え消えかけの灯火だろうが仲間を見捨てたりはしない。私は戦場に立ち、命を救うために此処にいる。少しだけ我慢して居なさい。すぐに助けてやる」

私は腕の中で失血により青白くなっていく相棒をありたっけの包帯と薬剤で止血を施していく。

そして最後の一本であるスティムピストルを打ち込み、ルークを抱き寄せた。

「…どう、して…あなたを庇って死ねるなら本望だったのに…なんで助けたんだ、スティムピストルだって最後の一本だっただろう…」

「君は馬鹿なのか」

私は彼の身体を離し、そして透き通る青い瞳をきつく睨みつける。

「…簡単に死んでもらっては困る。私はね、君みたいな若い子が英雄を気取るのが一番嫌いなんだ。…大っ嫌いなんだよ!!」

「…ドク…」

「それにな、君は私を置いて先に逝くのが趣味なのか?だったら許さない。私の隣に立つのも、背中を預けたいと思うのもルーク、君だけなんだから。ほら、私の肩に身体を預けろ。君を支えながら此処を出る」

敵は他の仲間が殲滅してくれた。

私はルークの体重を支えながら歩き始めていく。ルークの失血は応急処置とスティムピストルのおかげでだいぶ治まって来たようだ。

 

 

 


歩きながらルークは小さな声で呟いた。

「ドク」

「なんだ?」

「…俺、やっぱりあなたの側に居たいんだ」

「また死にたがる気か?」

「違うよ、あなたの隣で生きて行きたい。ドク、あなたは強くて気丈で優しい。俺が死にかけていたあの一瞬、あなたは酷く泣きそうな顔をしていたんだ。『守られる存在』から『守る存在』になりたい。俺はあなたが大切なんだ…。この命に替えてもな」

「…私の腕の中で死にたいなんて二度と口にするな。戦場に立つ度に君を思う、『私の目の前で傷つかないで欲しい』と。ルーク、私は君を…」

彼の青い瞳と視線がぶつかり、やがて外に出れば仲間が待っていた。ルークはバラクラバを外し一瞬だけ唇を重ねてくる。

 


「…な、何を…」

「あなたがして欲しそうな顔をしていたから。…俺は怪我人だからこれしかあなたを労う方法が分からなかったんだ。ドク、俺はあなたが大切なんだ。誰よりも、ずっとね」

もう、本当に…。

君は心臓に悪いんだから。

 

 

「…ルーク、今日は私の部屋に来なさい。怪我の状態をちゃんと見るから。それに君にきちんと伝えたいんだ。私の気持ちを…」

青い瞳は優しく、そして穏やかに細められていく。私は君が先に逝くのが許せないんだ。

大切な君を失いたくはないのだから。

…私には君しか居ないんだ。