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堕ちた恋の足跡

ドクとルークのお話。

【堕ちた恋の足跡】

 

月明かりが入り込む部屋の片隅でギュスターヴ・カテブは煙草に火を灯しながら眩しそうに暗夜が広がる空を見上げた。

「…君はかつて私の側に居てくれた亡き恋人に瓜二つだよ。ジュリアン・ニザンくん。私に近付くなとあれ程警告したのに…。君は忠告すら無視して私を求めて来たね」

ベッドルームで眠るチームメイトの名前を呟きながら煙草の煙を口から吐き出した。

 


ギュスターヴにはかつて永遠を誓った男の恋人がいた。しかし任務で行った国で帰らぬ人となり、ギュスターヴの生きる道は奈落の底へと沈んでいった。

そんな暗闇の底にいたギュスターヴに手を差し伸べたのは他ならぬ相棒だったジュリアン・ニザンだ。

『俺が貴方の恋人の代わりになります。暗い顔をしたら貴方の恋人だった彼に示しが付かない』

ギュスターヴの恋人だった男とジュリアンは親友同士で、年齢も近く、そして出身が近いのか顔立ちも似ていたのだ。

『私は君を欲求のはけ口にしてしまうかもしれない。それでも構わないのか?構わないのなら私は君を利用させて貰うよ』

『構わない、それで貴方が楽になるのならー・・・』

気が付けばギュスターヴはジュリアンを自室に呼び付けて無理やり身体をベッドに沈ませた。

部屋の照明は暗いまま、ベッドのランプだけが二人の顔を照らしていた。ギュスターヴに押し倒されたジュリアンの青い瞳は真っ直ぐとギュスターヴだけを射抜くように見つめている。

『俺は貴方の恋人の代わりです、好きにするといい…』

ジュリアンの言葉にギュスターヴはなけなしの理性を取っ払って彼の薄い唇にキスを仕掛けていく。

君は私の愛した『彼』ではないー・・・。

なのにどうしてこんなにも胸が痛いのだろうか。私は逝ってしまった『彼』だけを見ていたはずなのに。

あくまでもジュリアンは彼の代わりなんだからー・・・。

ギュスターヴの心には焦燥に似たような焦りと不安が流れ込む。唇を離せばジュリアンはギュスターヴの頬に手を伸ばし、切なげに微笑んだ。

『好きにすればいい、俺はあくまでも代わりなのだから。ギュスターヴ、貴方の気が済むまで俺を抱いて。貴方が幸せになるのならそんなに嬉しいことはない』

ジュリアンの言葉と、青く輝く瞳はギュスターヴの胸を強く強く締め付けたのだった。

ギュスターヴはジュリアンに再び強引なキスを仕掛けて彼の熱を求めるかのように身体を弄っていった。

 

数時間前の交わりの記憶を煙草を吸いながら思い出していたギュスターヴはようやく煙草の火を消して月明かりを見上げた。

「君が逝ってしまって、私はジュリアンを君の代わりに抱いてしまった。まったく、私は最低な…」

「…自分自身を卑下するのは罪悪感から逃げたいからですか?ギュスターヴ」

「っ…!起きたのか」

「貴方が煙草を吸うなんて初めて知りました。長年貴方の隣で相棒として立ち並んで来たけれど、煙草を吸う貴方を初めて見ました」

「…私だって君に言えないこと、言いたくないことの一つや二つあるさ。君はあくまでも代わりだ。これ以上私の懐に入ろうとはするな、忠告すら無視して君は私に抱かれたんだからな」

ギュスターヴは目を細めながらジュリアンの顔を見つめた。ジュリアンはただただ真っ直ぐにギュスターヴのブラウンの瞳を見つめる。

「…俺は確かに『彼』の代わりになると自ら貴方の懐に飛び込んで行った。だけど本当はずっと前からー・・・」


ーーあぁ、それ以上ーー・・・

私をーーー・・・

苦しめないでーーー・・・

 

「ずっと前から貴方に恋をしていたんだ。貴方の恋人が亡くなったことを聞いて俺は狡い人間だから…。弱っている貴方に抱いて貰えば俺を見てくれると考えた。ギュスターヴ、俺は狡い人間だよ。周りが見ている『ジュリアン・ニザン』はもう居ない。ギュスターヴ、夜が明けたらもう忘れて。今日俺を抱いたことも、代わりになったことも、全部」

ジュリアンは切なげに、そして苦しげな表情と笑みを浮かべてギュスターヴを見つめる。ギュスターヴは唇を噛み締めながらジュリアンを見つめ返して言葉を洩らす。

「…また私を独りにするのか」

「…え…」

「…君は何も分かって居ないじゃないか!!」

ギュスターヴは声を荒げる。

「私が『彼』に永遠を誓ったのも、君を代わりとして抱いたのも…、全てはジュリアン、君が私から離れて行ったからだろう?!数年前、君は私以上に愛する人が出来たと私から離れて行った。ずっとずっと私は君を待っていたのに何年も何年も私を独りにしたじゃないか…!だから、だから私はっ…!」

「ギュスターヴ」

「…またそうやって、私を独りにするのならもう忘れる。何もかも、全部要らないっ…」

「ギュスターヴっ…、ごめん、ごめんね…」

気が付けばギュスターヴは瞳から涙をぼろぼろと流して壊れたように泣いていた。ジュリアンはそっとギュスターヴを抱き締める。

かつて、ギュスターヴとジュリアンは恋人同士であり一度は別々の道を歩むために離れてしまったのだ。

「あの頃の俺は貴方に見合う男ではなかった。だから俺以上に貴方を幸せに出来る『彼』に貴方を託した。だけど何年も黙って相棒として側に居るのは本当に辛かった。ギュスターヴ、彼は逝ってしまったし、貴方の側にいるのはもう俺だけだ。貴方を独りにはしない。…ギュスターヴ、俺を幾らでも『彼』の代わりにしてはけ口にしても構わない、だから貴方の側に居させてっ…、もう一度だけ貴方と恋に堕ちたいんだ」

ジュリアンの言葉を聞いたギュスターヴは必死に嗚咽を堪えながらジュリアンの腕の中で彼を見上げて呟いた。

「…君は本当に馬鹿だ、そして私はもっと馬鹿だ」

「自分を、自分自身を卑下しないで。貴方は優しい人なんだから」

「独りが怖かった、だから『彼』に永遠を誓って君を忘れることによって楽になれると思った。だけどそれは違ったんだ、結局また私は君を傷つけて同じことを繰り返す所だった。…もう一度、私から言わせて」

…月明かりがギュスターヴとジュリアン、二人を淡く照らす。

 

「…ジュリアン、もう一度私と恋に堕ちて。私を二度と独りにはしないで、独りなるのはもう嫌なんだ、ジュリアン、お願いだ…、私を二度と離さないでっ…!」

ずっと抱えてきた胸の奥底に沈んでいた秘めたる想い、それはジュリアンを忘れる事が出来なかったギュスターヴの数年分の想いの重みだった。

ジュリアンはただただ黙ってギュスターヴを抱き締めていた。

それはもう、たった一つの『答え』だと言わんばかりに力強く、そして穏やかに。

 

やがてジュリアンはギュスターヴから身体を離して静かに微笑んだ。

「もう、迷わないよ。俺の居場所は貴方の隣であり、貴方の居場所は俺の隣なのだから。ギュスターヴ、『彼』を愛した時間を無理に忘れる必要はない。だけどこれからは俺だけを見て欲しい。俺も貴方に誓う。もう二度と貴方を独りにはしないと。…今宵、月明かりの下で貴方に永遠を」

「…あぁ、私も二度とジュリアン、君から離れない。君が好きだ、君の隣にずっとずっと私をーーー・・・」

 


君の隣に、ずっとずっとー・・・

ジュリアン、私をーーー・・・。

 

 

二度と私を独りにはしないで。

もう迷わないように足跡を辿って君と歩んで行くと決めたのだから。