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last・game《後》

もしも生まれ変われるのなら俺は何度だって願うだろう。

『お前の側で笑って生きたい』

俺が背負った罪は俺だけが背負えばいい。

笑って生きることをどうか赦して。

それが俺のー・・・

 


【last・game】

 


3.真実を背負う夜

 

馬鹿な奴だと思う。

スモークの目撃情報があった街や滞在したと思われるホテルを虱潰しにあたったがやっぱり痕跡は消えていた。

「何処に行ったんだよ、馬鹿野郎…!」

海が見渡せる街はかつてスモークと歩き、一緒に景色を目に焼き付けた記憶がある思い出の場所だった。

あの日見た海の色も、
あの日話した内容も、
あの日交わした唇の体温も…。

全ては色褪せず、俺の記憶に鮮明に焼き付いていた。国際指名手配されたお前は何故俺を、仲間を裏切ったんだ?

教えてくれよ…、スモーク…!

柄にも無く浮かぶのは涙。

もう、あんたに会えないのか?
もう、あんたを求めることはできないのか?

居場所さえ分かれば俺はあんたを直ぐにでも皆の所へと連れて帰るのに。悔しさから溢れる涙を堪えながらきっとあんたが歩いただろう砂浜を俺は歩いていった。

***


《同時刻・某所》


「俺はあんたらの為にここまで動いて来た。頼むからもう…あいつの命を狙うのはやめてくれ…」

「フン、裏切った奴の言うことなど信頼出来るか。出来るわけないだろう、お前は馬鹿なのか?」

「…じゃあどうしたらお前らは…お前ら『ホワイトマスク』はミュートを、そしてミュートの周りの奴らの命を狙わなくなる?!」

海岸の先にある古い倉庫にて俺はは一人の男…、テロリスト集団『ホワイトマスク』のリーダーと対峙していた。

…気持ちわりぃ、ぶっ殺してやりたい。


俺を見た男はニヤリと歪な笑みを浮かべて囁いた。

「お前が持っている生物化学兵器…『Z8コンパウンドグレネード』の機密情報だ。SASに居るあの若造はさぞ優れた奴みたいだな。お前の開発したガスグレネードは幾多の人間を死に至らすことが簡単に出来る。なぁ、お前は『こちら側』の人間なんだ。スリルを求めるばかりにお前は一度我々に手を貸しただろう?…忘れたとは言わせないよ」

あぁ、そうだな。
俺は確かに破壊と戦争のスリルに身を沈めたくてあんたらに兵器を提供したさ。

…だけど気がついた。

俺があいつと過ごす中で一番大切なのはー・・・

「俺が本当に望んでいたのはつまらなくてもいい、ただの平凡だった。あんたらには一生分からないだろうな。絶対にこの情報を渡すわけには行かない。俺の命に代えてでも絶対にあんたらには渡さない」

全ては俺のせい。

俺がくだらない快楽の為にこいつらに手を貸したことが原因だった。なら俺自身の手で全てを…。

「全てここで終わりにしてやるよー・・・」

俺は隠し持っていたP226を向けてトリガーを引いた。

***


夕闇に染まった海岸の先に見える古びた倉庫に歩いて行ったと目撃情報をくれたホームレスに俺はチップを幾らか渡し、きっとスモークがそこに居てくれると信じて走っていった。

「…まだ…お願いだから…!!居なくなってるなよ、スモークっ…!」

あたりは夜になろうとしている。今行かないと二度と会えなくなる、そんな予感しかなかった。

倉庫の前に着けば僅かに香る血の匂いに俺の背筋には寒気が走った。絶対にあいつじゃない、お前は…、スモーク、あんたはこんな所じゃ…!

ドアを開き銃を構えながら辺りを見渡せば見たことのある弾倉…。イギリス陸軍で支給されている銃に装填されている弾だ。

倒れる男の額からは血が溢れ、すでに絶命しているようだった。そしてその近くには…。

 

 

「なんでー・・・追いかけて来たんだよー・・・」

 

腹を押さえながら俯くスモークがそこにいた。

 


「…スモークっ…!!くそっ…、今は何も聞かない。止血を…」

「…何でここに来たんだよ…馬鹿…」

苦しげに呟いたスモークの顔色は失血のせいで酷く青白くなっていた。俺はありたっけの布を腹に巻きスモークの腹から流れ出る血を抑制した。

「…あんたが、あんたが黙って居なくなったから!だから俺は国際指名手配になってるお前を必死に追って来たんだ!…サッチャーやスレッジは絶対にあんたを連れて帰ることを条件で出廷要請された俺を送り出してくれた。立てるか」

「愚かな俺を…お前はまだ見捨てないのかよ…」

肩を貸しながら小さく声を洩らすスモークに俺は僅かばかりだが小さな怒りを感じた。だけど今はこの人を…。


「あんたは俺の恋人だ。大切な奴を簡単に見捨てるほど俺は愚かでも馬鹿でもない。話は後で聞いてやる…」

「ふっ、そうかよ…少し疲れた…」

俺は海沿いの倉庫をこの人と後にする。

夜になった空は俺たちを静かに包み込んでいった。

***

 


近くの寂れたモーテルに怪我をしていたスモークを連れて行き、ゆっくりと寝かせて俺は包帯を巻いていく。

幸いにも弾は掠っただけだったようで大事には至らなかったようだ。スモークはゆっくりと目を開けて俺に向けて呟いた。

「もう二度、お前の顔を見るつもりなんてなかった。どんな理由があるにしろ俺がお前を裏切ったことには変わりは無いんだから」

…ほら、あんたはそうやっていつも一人で抱え込もうとする。俺はあんたのそういう所がずっとずっと…。

「…最低だよ、ずっとあんたの自分勝手な所が俺は嫌いだった。いきなり黙って居なくなる馬鹿がいるか?!俺がどんな思いであんたを、ジェームス、あんたを探したかと…!」

涙で視界が歪んでいく。

俺はいつの間にこんなにも弱くなったのだろうか。

裏切りの朝よりも酷く滑稽な自分がそこにはいた。柄にもなく涙は頰を伝って落ちていく。

「…マーク…ごめん」

「…謝るくらいなら二度と離れるな…!」

「なぁ、言い訳を聞いてくれるか?これから話す真実を…。お前にしか話せない真実を聞いて欲しいんだ」

身体を起こしたスモークは俺の顔を見つめながら言葉を小さく呟いていった。


***


「このチップの中にあるデータが全ての原因なんだ」

スモークはミュートの前に小さな媒体を差し出した。かつてミュートがスモークに頼まれて簡単に情報を読み取れないように細工を施した物だった。

「…これって…」

「あぁ、俺が開発した『Z8コンパウンドグレネード』の機密情報だ。ミュート、これに仕組まれた暗号を解除出来るのはお前だけだ。かつて俺は自身の求める快楽のためにテロリストに一度手を貸した。俺が作ったこいつは簡単に幾多の人間の命を奪うことが出来る。お前も知っているだろう、数年前に起きたバートレット大学の毒ガス散布事件を…。あの事件に使われたのは俺が開発して提供したZ8コンパウンドグレネードだ。…この機密情報を元にあいつら国家クラスの戦争をするつもりだったようでな。ミュート、お前のことを守るにはこれしか方法がなかったんだ。俺があいつらの所に出向けばお前の命を守れると判断したんだ。…だけど意味なんてなかったな。また俺はお前に悲しい顔をさせちまった。本当に…悪かった」

スモークはミュートの顔を見つめて暗い表情を浮かべながら呟いた。ミュートはスモークから受け取った小さな媒体を見つめて吐き捨てるように言葉を洩らす。

「…こんな物があるから。こんな物があるからあんたはいつまでも罪人のままなんだ。なぁ、スモーク。俺が全部終わりにするよ、それで全てが片付く。あんたはもう手を汚さないでいい、俺はあんたの相棒であんたを愛してる。だからあんたの罪もこれからも。全部俺が背負ってやるよー・・・」

スモークは目を見開きながらミュートの揺るがない瞳を見つめて声を震わせた。

「お前…」

「二言はない。やるならさっさと終わらせたいのが俺のモットーだ。スモーク、あんたを連れて帰るのが俺の役目でそして…あんたの隣で笑って過ごすのも俺の役目だと思う。違うのか?」

「俺はもう、『ジェームス・ポーター』としては…」

「生きられないって?…ふん、幾らでも何とかしてやる。俺があんたを生かしてやる。どんな手を使ってもな」

ミュートは鞄からモバイルデバイスを取り出し、機密情報が入った媒体をそこに差し込めば手慣れた手つきで操作をしていく。

「…あんたがどんな事をしてきたか俺もまったく知らない訳じゃなかった」

ミュートはぽつりと呟きながらデバイスを操作して行く。

「知っていて俺を側に置いていたのか」

「あんたが俺と過ごして行く中で求めていたのが平凡だと。スモーク、あんたは悪い奴じゃない。俺もサッチャーもスレッジも。皆分かってる。…だからこそあんたは死んでいい人間じゃない」

「…マーク」

「もうこれが『最後』だ。あんたを苦しめてきたこれとお別れだ。後悔も後腐れも。…何も残すな、あんたはもう罪人じゃない」

「あぁ…」

ミュートは『delete』キーを押し、何重にも細工を施した媒体の暗号を解除していき、そして最後にはZ8コンパウンドグレネードのデータを消し去った。

 


「…真実はいつだって一個とは限らない。スモーク、これで全て終わりだ」

P226にサプレッサーを装備させて正確な射撃でミュートは媒体を撃ち抜き壊した。

元凶となった媒体は見事粉々になり跡形もなく消えていった。スモークは少し安堵したような表情を浮かべてゆっくりとミュートの背中に腕を回した。

「…ありがとう、マーク」

「これからあんたは違う人間として生きて行くんだ。名前を…新しくあんたに名前をやるよー・・・」


真実を背負ったミュートから紡がれた言葉にスモークは嬉し気に目を細め、やがて静かに涙を流していった。


最終話.『last・game』

 

「まずしばらくは謹慎だ。…サッチャーが自身の地位を投げ捨ててまでスモーク、お前を庇ったんだ。これからはきちんと…!」

「スレッジ、傷心状態のスモークにそんな言葉を浴びせないでやってくれ。俺の地位一個でまぁ良く赦された。ミュートもスモークも無事で何よりだ」

「…二人とも本当にありがとう。あんたらのサポートが無ければ俺もスモークも生きては帰還出来なかった。感謝しきれない」

ミュートは深々とサッチャーとスレッジに頭を下げた。サッチャーはそんなミュートのことを労うかのように肩を優しく叩いた。

「まあしばらくは休養しろ。大変なのはこれからさ。消えない傷を背負ったのは他ならぬスモークだろうからな」

「…俺が出来るだけあいつの側にいる。じゃあとりあえず俺とスモークは部屋に戻る。二人とも本当にありがとうな」

目を細めながらスモークの腕を掴みミュートは二人の前を後にする。

 

 


スモークはかつてテロリストに加担した罪に問われ本来ならばSASに残ることなど赦される存在ではなかった。

しかし本人の意思とテロリスト集団を壊滅させた功績、そしてサッチャーが地位を投げ捨てたことにより本人は謹慎処分および監視下の中で軍に残ることが赦された。

スモークは一生消えない傷を自身で背負って生きると決めたのだ。『ジェームス・ポーター』という人間はすでに死んでいる。

この世には居ない人間としてこれからは歩んで行く…。

そんな傷を背負って生きて行くと決めたはずだった。


ミュートは傍を歩くスモークを見つめて小さく笑った。

「…スモーク、あんたはこれからどんな未来を歩んで生きたい?」

その言葉を聞いたスモークは瞳を細めて穏やかな視線をミュートに向けた。

「お前の隣で許される限り笑って生きていたい。人並みの幸せを得られなくても愛しいお前の隣でどうか、並び立って笑って生きて行きたい」

その言葉を聞いたミュートは子どものように笑ってスモークを抱き寄せた。歳下だけど自分よりも10cmほど身長の高いミュートをしっかりと抱きしめて愛しげな声で名前を呼んだ。

「マーク」

「何だ?」

「…もしお前があの時俺を探してくれなかったら俺は本当に暗い中に一人ぼっちだった。お前は俺を見つけてお前の隣で生きて行くことを赦してくれた。マーク、ありがとう」

「あんたらしくないじゃないか、スモーク…」

「そうか?…確かにそうだな」

「なぁ、空を見ろ。空はこんなにも明るくて広い。俺にとってスモーク、あんたはこれと同じだよ。生きて行くにはあんたが隣に居ないと意味がない。『ジェームス・ポーター』はもう居ないが『スモーク』は居る。それだけで充分だ」

空を見上げれば雲一つない青空が何処までも広がっている。スモークは少し背伸びをしてミュートの唇に優しくキスを施した。


「…マーク、愛してる」

柔らかな風は二人を優しく包み込む。

ミュートはあどけない笑みと瞳に小さな涙を浮かべながら微笑んだ。

「あぁ、俺もだー・・・」

今度はミュート自らスモークの唇にキスを施した。これ以上にない程の愛しさを噛み締めながらそっと唇を這わせて行く。

 

 


スモークのポケットからは一枚のメモが落ちていく。

 

『I die James porter, here.And…which catches the life as "smoke R Chander"』

 

【ジェームス・ポーター、ここに死す。そして…『スモーク・R・チャンダー』として生を受ける】

 

もう迷わない。

俺の居場所はお前の隣なのだから…。