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想いがそこにあるのなら

グラズとIQのお話

【想いがそこにあるのなら】

 

穏やかな太陽の光が優しく照らす街の外れにある墓地に私は足を運んでいた。

「エリアス、あなたが亡くなってもう十年の月日が経つの。私ももう30過ぎのおばさんになっちゃった。そっちはどう?…元気に過ごしてますか」

街の花屋で買った花束を手向けて天に祈りを捧げた。エリアス・ケッツは私の戦友であり相棒であり、そして恋人だった大切な人だ。

十年前に起きたテロ事件で私を含む数人の仲間を敵の凶弾から庇った彼が最期に発した言葉を今でも私は覚えている。

『モニカ、俺を忘れて幸せになれ』

最期に発した言葉の意味も、
目の前で失われていく命の重さも、
彼を忘れなければ行けない理由も。

この十年間でずっとずっと考え抜いて来た。

本当に忘れなくちゃ行けないの?
私にとってあなたは恩人であり恋人で。何よりも大切な人だった。

簡単に忘れることなんて出来なかった。

「この十年間、私はあなたのことを思い出しては感傷に浸っていた。忘れようともした。…あなたが『忘れろ』と最期に発したから。だけどあなたの想いは言葉とは正反対だったのを私は覚えているわ」

エリアスの遺品から出てきた小さな箱を当時見て私は驚いた。小さなダイヤモンドが埋め込まれていた銀の環。

「…生きて帰れたらプロポーズするつもりであなたはこれを用意してくれていた。この指輪は私を今日まで守ってくれた。…でもこれをあなたに返す。もう、エリアス、私はねー・・・」

「モニカさんっ…!すいません、遅くなりました。道に迷っちゃって。あ、花を俺も買ってしまいました。エリアスさんはここに?」

「ティムールくん…、うん、エリアスはここに眠ってるわ」

「…エリアスさん、初めてまして。俺の名前はティムール・グラズコフです。俺はあなたの活躍をレインボー部隊に入る前から知ってました。『ドイツの英雄エリアス・ケッツ』…そんな英雄が守り抜いたモニカさんを今度は俺があなた以上に守ると。ずっとずっと誓おうと考えていた。…英雄のあなたから見たら俺は未熟だと思うけど絶対に誓いは破らない。ここに誓います」

ティムールくんもまたロシアから来た軍人の一人であり、そして今は私の隣に並び立って一緒に道を歩んでくれる大切な人だ。

花を手向けて静かに祈りを捧げる彼を見つめて私は澄んだ青空を見上げた。

…柔らかな風が吹いていく。

「…エリアス、この指輪をあなたに返す。もう私がこれを持つ必要は無いと思うから。今日まで私を…、私を愛してくれて、そして守ってくれてありがとうー・・・」

首にぶら下げた指輪を外し、彼のお墓にそれを置く。頰を伝って落ちる涙、私にとってこの涙が何の意味を持つかなんて頭の片隅で分かっていた。

そう、これが私なりの覚悟でありあなたに出来る最期の恩返し。あの時私を庇って逝ってしまったエリアス、あなたに出来る最期の恩返しなの。

「モニカさん、あなたに涙は似合わない」

ハンカチを手渡してくるティムールくんの瞳を見つめれば彼の澄んだ水色の瞳は私を捉えていた。

「…ありがとう」

「俺はエリアスさんと比べたらまだまだ未熟です、あなたの側に居る資格もないかも知れない。だけど必ずあなたを幸せにする。…エリアスさんを想っていた十年間を無理に忘れようとしないで下さい。…絶対に忘れちゃ駄目だ。今のモニカさんが居るのもエリアスさんが道を切り開いたからだと俺は思うから…」

「ティムールくん、私は彼が遺した唯一の指輪を彼自身に還した。私も彼を忘れはしないしこの命を大切にして生きていきたい。これから有るのは未来だけなの、ねぇ、ティムールくん。私はもう前に進もうと思うんだけど聞いてくれる?」

涙を拭ってティムールくんの手を握りながら小さく言葉を洩らした。

 

 

 

 


「…あなたが好きです、一人の男性としてティムールくん、あなたを愛してる。もう過去を振り返ることはしない、前を見てこれからを生きて行くと決めたの。私の側に居て欲しい。先に私が逝くこともあなたが逝くことも職業柄あるかも知れない。だけど最期まで私はあなたを愛し続けるから…」

この想いをティムールくんに伝えられるまでにどの位の時間がかかったのだろうか。

…君は目を細めてゆっくり微笑んでくれた。あぁ、あなたに出会えて良かった。こんなにも優しくて穏やかなティムールくんに出会えて私は良かった。

エリアスが眠る墓地には二つの銀の環と花束が手向けてある。柔らかな風が舞って花びらが一枚だけ頰を掠めていった。

 

 

 

墓地をあとにして私とティムールくんは街に向かって歩いて行く。ようやく握ることが許された手を繋ぎながら私と彼はゆっくりと歩いて行く。

「モニカさん」

「どうしたの?」

「…基地に戻ったら話をしたいんだ」

「…話?」

「あなたと俺のこれからを。…モニカさんと歩む未来の話をあなたとちゃんとしたいんだ」

「…えぇ、私も君ともっと話をしたい。これから先のことを。未来のことを」

交わされた笑みと穏やかな陽の光が心地良く私とティムールくんを包み込む。握られた手を二度と離しはしない。

もう後悔をしない為に。

そしてあなたが繋いでくれた命が尽きるまで、私は彼と共に未来を歩んで行く。