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笑みの本質

スレッジとサッチャーの出会った頃のお話。サッチャーが少しだけ自暴自棄というオリジナル設定が付いてます。

 

【笑みの本質】


スレッジは毎朝欠かさずに朝のランニングをこなしているが、彼が鍛錬を欠かさずに行うのには理由があった。

(あの人、公園に居るかな?)

ランニングコースの中に含まれている公園のベンチで座っている『あの人』は自身の上官であり、憧れだった人だ。

スレッジの朝の楽しみは上官であるサッチャーと公園で他愛のない話をして笑みを交わすことだった。

***


いつものように自宅から公園まで約5kmの距離を走り切ったスレッジは朝の爽やかな風を感じながら公園のベンチに向かって歩いていく。

初夏である今の時期、汗で冷えた身体には爽やかな風が妙に心地が良い。タオルで汗を拭いながらサッチャーが座っているであろうベンチに辿り着いたスレッジはサッチャーに声をかける。

「おはようございます、サッチャー

「…おう、スレッジか」

「今日は非番ですか?」

「…あぁ、ちっとな」

「隣、座ってもいいですか?」

「構わない、好きにしろ」

スレッジはサッチャーに断りをいれて彼の隣に腰を下ろした。サッチャーが自身の上官になったのはつい最近のことだった。

毎朝公園のベンチに座っていたサッチャーを見たことがあったスレッジが勇気を振り絞り、『あの公園に毎朝いるのはあなたですよね』と声をかけたのが始まりだった。

スレッジもサッチャーも普段はガスマスクを身に付けているからお互いの顔など殆んど見たことがなかった。

しかし朝だけは違った。

サッチャーの横顔は年相応に深い皺が刻まれてはいるが男である自身から見ても端正で綺麗な顔立ちである。今日だってそんな彼の横顔を見ながらスレッジは口を開いた。

「…朝から元気が無いようですが、何かありましたか?」

「…どうしてそんな事を聞くんだ」

「普段のサッチャー、あなたはいつも朝から気丈に振る舞って居るから。それに笑顔が無いんで。何かあったなら話を聞きますが」

スレッジはサッチャーの顔を覗き込んで呟けば、心配そうな表情を彼に見せた。サッチャーは少し苦笑いをしながら言葉を返す。

「…なぁ、愚痴を吐いてもいいってことか?」

「まあ、それであなたが楽になるのなら。俺も今日は非番ですから」

「そりゃありがてぇな…」

サッチャーは澄んだ青空を見上げながら小さく溜息を漏らして呟いた。

「俺には離婚した奥さんと、一人娘が居るんだ」

「…はぁ、なるほど…」

「元奥さんとも娘とも一ヶ月に一回会ったりはしてるから仲が悪いわけじゃねぇ。ただ今朝な、娘から来たメールを見て俺はショックを受けちまった」

そう言うとサッチャーは携帯のメールボックスを開いて、今朝娘から来たというメールをスレッジに見せた。

「どれどれ…」

 


『大好きなパパへ。
おはよう。朝からごめんなさい。パパにも直接言いたかったけれど、仕事で忙しそうだからメールでごめんね。ママにはもう報告をしたんだけれど、私、お腹の中に赤ちゃんがいるの。パパ、私結婚することになったから。挙式とかの日取りが分かったらまた連絡するね。お仕事頑張ってね』

…あぁ、なるほど。

この人が元気ない理由は実に明確だった。

スレッジはサッチャーに携帯を返して彼の肩をポンと軽く叩いた。

「おめでたいことじゃないですか、何が不安なんですか?」

「…小さな頃から俺の後ろを付いて来て『パパ大好き』って言ってた娘が母親になるのが信じられないんだ」

「あなたは本当にご家族を大切にされているんですね」

「あ、当たり前だ!離婚しちまったのは俺が昇進しちゃって家に帰れない事が多かったから。元奥さんとも娘とも会えば仲良しさ。だからこそ、娘が結婚することも母親になることも、色々急過ぎて頭が追いつかないんだ」

普段なら余裕溢れるサッチャーですら、自身の大切な家族について悩むのだとスレッジは初めて知ったのだ。

スレッジはサッチャーの顔を見て微笑みながら呟いた。

「あなたの想いをそのまま伝えれば良いじゃないですか。お祝いにお花とメッセージカードでも贈って差し上げればお嬢様も喜ぶと思いますよ。悩んでいるだけじゃ何の解決にもならない。宜しければ俺も一緒に花屋行きますから!即行動ですよ」

スレッジはベンチから立ち上がり、サッチャーに手を差し伸べた。サッチャーはポカンとした顔をした後に、くくっと声を漏らしてスレッジの手を掴んだ。

「…花を買うなんて、プロポーズ以来だ」

「俺は家で花を育ててますから良くお世話になってます。この公園の近くに良い花屋がありますから案内します」

「意外だぜスレッジ、お前の趣味が花を育てることなんて」

「良い趣味でしょう?」

「…あぁ、そうだな」

サッチャーはスレッジの手を掴んでベンチから立ち上がり、スレッジと共に花屋に向かうために公園を後にする。

先ほどまでの暗い表情は消えており、サッチャーの口元にはいつもの笑みが戻っていた。

スレッジはそんな彼の表情を見て安堵の表情を浮かべると共に、初夏の爽やかな風を感じて心を躍らせていった。

 

***

おまけ。

【贈り物】


サッチャーとスレッジは公園の近くにある花屋に来ていた。花屋の店員は品の良い笑みを浮かべてサッチャーに尋ねた。

「花を贈る目的はどんな感じですか?」

サッチャーは小さな声で言葉を返す。

「娘の結婚祝いだ」

「そしたらこちらなんかは如何がですか?」

店員が持って来たのは青と白の花が詰まった花籠だった。

「これは…」

「サムシングブルーって言うんです。サムシング・フォー (Something Four) のうちの一つ、サムシング・フォーとは、結婚式における欧米の慣習で、結婚式で花嫁が以下の4つのものを身につけると幸せになれるというものです」

花屋の店員は一枚の紙をサッチャーに手渡した。

 

『なにかひとつ古いもの (Something Old)
なにかひとつ新しいもの (Something New)
なにかひとつ借りたもの (Something Borrowed)
なにかひとつ青いもの (Something Blue)』

「これはどう言う意味なんだ?」


「はい、このうちの『なにかひとつ青いもの』と花嫁さまの幸せを祈る気持ちを込めて、ブルーのお花を贈ることが今人気となってます。お客さまにぴったりかと思いますよ」

サッチャーは娘の顔を思い出しながら花籠を手に取り、愛しく思う気持ちを堪えながら呟いた。

「ではこちらを。…華やかにしてやって下さい。大切な娘に贈るんで」

「任せて下さい」

サッチャーと花屋のやりとりをスレッジは遠目から見ながら自身も観葉植物などをいくつか手に持って会計を済ませていった。

***


「ありがとうな、スレッジ」

帰り道、目的を果たせたサッチャーはスレッジにお礼を述べた。スレッジは微笑みながら呟いた。

「喜んでくれると思いますよ。あなたの家族を思う気持ちは本物なのだから」

「そうか?…そう言って貰えると肩の荷が降りるぜ。俺も爺さんか、孫が生まれてデカくなったらお前、遊んでやってくれよ」

「…はい、喜んで」

帰り道、歩きながら交わす言葉も笑みも細やかな幸せだとスレッジは身をもって感じていた。

「あ、サッチャー…」

「どうした?…って花?」

スレッジはサッチャーを呼び止めて一輪の花をサッチャーに手渡した。

赤いカーネーションだ。

「あなたにあげます、これは『敬愛』の花言葉を持ってるんです。サッチャー、今日はお疲れ様でした。あなたを敬愛している俺からしたら、今日の半日が楽しかった」

「そうか?何だが非番なのに付き合わせて悪かった。いずれきちんとお礼をさせてくれ」

「…気にしないで下さい、それじゃあ俺はまたトレーニングに戻りますね。また明日」

「あ、あぁ…」

一輪のカーネーションを受け取ったサッチャーはスレッジを見送った後、カーネーションを見つめて言葉を漏らした。

「…キザな奴」

受け取ったカーネーションを活ける花瓶を家に帰ったら探さないと。

僅かに感じる顔の熱は決して初夏の陽気の所為だと、サッチャーは自身に言い聞かせながら帰路を歩んでいった。