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壊れた心

【壊れた心】


望んだのは僕だった。

欲しがったのも僕だった。

求めたのも、受け入れたのも、全ては僕の意志だった。

田波先輩、僕はあなたのせいで壊れたんだ。

許さないよ、絶対に…。


***

 

夜がまだ明けていない深夜、僕は隣で眠る大好きな田波先輩の顔を見つめて微笑んだ。

「先輩、大好き」

入隊した時から好きだった田波先輩。

男らしい顔立ち、
褐色の肌、
逞しい腕。

僕はこの人に抱かれることに幸せを感じて毎晩過ごしてきた。突かれる度に感じる快感も、汗ばむ身体も、全てがたまらなく愛しかった。

「田波先輩…、愛してるよ」

眠る田波先輩は綺麗だ。

顔を見つめて慈しむように触れていけば、田波先輩は目を覚まして僕の顔をまじまじと見つめてきた。

 

「江夏…」

「先輩?目が覚めたんですね、お水でも…」

「江夏、こんな関係なんて続けても意味が無いことくらいお前は分かっているだろう?」

 

…???

ねぇ、田波先輩…。

あなたは何を…。

何を言っているんですか?

「どうしておかしなことを」

「江夏、俺には奥さんだって子どもだっているのを知っているだろう?!酒で酔った勢いでお前を抱いたことは謝るさ。だがもう限界なんだ、こんな関係間違ってる…!お前はおかしい…!」

おかしい?

可笑しい?

オカシイ…?

ねぇ、田波先輩。

おかしいのは…。

オカシイノハアナタデショウ…??

「田波先輩のお子さんはもう少しで小学生、奥様はもう少しでお誕生日なんですよね?はは、二人ともおめでたい日まで生きているといいですね♪」

「…江夏、脅しなら…」

「最近、この警察署内で話題になっている怪奇殺人事件ありますよね?死体はバラバラで生首だけが晒されているっていう事件。担当は確か、田波先輩ですよね??」

「…何が言いたい」

「ここまで言って、まだ分からないんですか?」

田波先輩、そんなに顔を真っ青にしなくても大丈夫だよ??

僕がすぐに楽にしてあげるから。

ね??

 

 

 

 

 

「大好きな奥さんと、お子さんと、田波先輩、三人一緒になれるように晒し首にしてあげるから…。ふふ、僕からの恩返し。僕の心を壊してくれたお礼だよ…」

ねぇ、田波先輩。

僕はあなたが大好きだったよ。

あなたも、好きだったんだよね?

だから僕の心を壊してまで抱いてくれたんだよね?

…またいつか、またいつか逢えるといいな。

次会うのは、現場検証の時だね。

 

***

 

雨が降る山奥、家族仲良く並んでいるのを僕は見た。死体が壊死しないように厳重に保管をし、僕は毎日それらを見つめて幸せに浸っていた。

「田波先輩、あの世はどうですか?奥様もお子さんも一緒だから一人じゃないですよ。幸せですか?…いや、幸せになる権利なんてあなたにはないよ」

閉じられた瞳は二度と開くことはない。望んでいた明るい未来は閉ざされたのだ。そう、全ては自業自得ですよ。

「今、怪奇殺人の犯人探しで愛知県警は大騒ぎだよ。何せ被害者は田波先輩の一家で犯人は僕なんだから。ねぇ先輩、僕も家族の中に入れてくれますか?せめてあの世では僕を見てくれますか?」

並べてある首のうち、僕は田波先輩の首を抱いて山奥の崖の下を覗き込む。足を一歩踏み出せば全てが終わる。

そう、全てが終わるんだ。

「僕は田波先輩、あなたを愛してた。大好きだった。僕の全てを奪ったのはあなただったよね?壊れた心はもう、元どおりには出来ないんだ」

躊躇いはなかった。

田波先輩の首を抱いて足を一歩踏み出した。数百メートル下の崖まで落ちて行く中、不思議と心が軽くなって行く気がした。

あぁ、ようやく楽になれる。

だけど僕が望んだ結末はもっと明るくて、隣にはあなたがいて、笑っていて…。

何でだろう、瞳からは涙が止まらない。

腕に抱く田波先輩の首はこちらを見ていた。安らかな表情だがもうその顔が笑顔を見せることはない。

「…ごめんなさい…」

遠のく意識の中、僕は田波先輩の顔を見て言葉を漏らした。僕は空を見上げて瞳を閉じた。

あぁ、太陽ってこんなにも眩しかったんだなぁ。

田波先輩の笑顔と同じだね。

命が尽きるまでの数分間、僕は少しだけ後悔をした。だけどやはりこれが最善なんだと最期まで思ってしまったのが僕らしいと思う。

田波先輩、大好きでした。

ありがとうございます、そして。

さようなら。