穴龍の里

穴龍がr6sのSSをupする欲望の吐き捨て場。

小さな幸せ

【小さな幸せ】


四月の夜明け前は少し冷え込む。二人分の体温で温まったベッドの中でグラズは身じろぎをする。

「…ん…、まだ夜明け前か…」

外を見れば群青の空、まだまだ太陽は昇らない。グラズはベッドの近くに落ちていたシャツを着て立ち上がる。

「っ、痛っ…、優くんったら…」

同じベッドで眠る恋人の名前を呟きながらグラズは腰を摩る。昨夜の交わりの名残が鈍痛として腰に残っていた。

激しく抱いてきた歳上の恋人、エコーこと、江夏優はグラズの最愛の人だ。スヤスヤと穏やかな寝息を立てる彼を見てグラズは微笑んでキッチンへと向かう。

寝起きの江夏は眠気覚ましにコーヒーを好む。それも飛び切り苦いブラックを無糖でだ。グラズは江夏の為にコーヒー豆を炒り、そして淹れたてを用意する。

「…優くんのマグカップは…」

食器棚を見て二人分のマグカップを手に取れば、グラズは嬉しそうに湧き始めたコーヒーをマグカップに注いで行く。

グラズと江夏が初めてお揃いで買ったマグカップだ。特別な物ではなく、シンプルなデザインの物を共に暮らし始める時に選んで江夏が買った物だ。

『…お前が好きそうだからこれにした』

照れて顔を赤くする江夏を思い出しながら二人分のマグカップを手に取って寝室に向かう。

江夏は無糖、グラズはミルクと砂糖を加えた甘いカフェオレだ。寝室に戻れば江夏はベッドから身体を起こして外を眺めていた。

「優くん、おはよう」

「…ん、ティムール…?」

江夏は眠たげに瞳を擦りながらグラズの顔を見つめた。ベッドの近くに付いているデスクライトが暗い部屋を淡く照らす。まだ部屋に朝日は漏れていない。

「コーヒー淹れたから飲む?」

「…ん、ありがとう」

江夏はグラズからマグカップを受け取り口に淹れたてのコーヒーを含む。苦味が眠気覚ましになり江夏の思考を目覚めさせていく。

グラズもベッドに座りカフェオレを飲みながら江夏を眺めていた。ふと時刻を見ればまだ夜中の三時、目を覚ますには早すぎたようだ。

「ティムール」

「優くん?」

「…頼むから、勝手に居なくなるな」

「どうしてそんなことを…」

「…お前の温もりが無いと俺は酷く不安になる。ティムール、俺はお前が大切だから、だから…」

マグカップを置いた江夏はグラズを背後から抱き締めながら呟いた。グラズも飲みかけのカフェオレが入ったマグカップを置き、江夏の手を取りながら言葉を返す。

「優くん、俺は何処にも居なくならないよ?だから不安になんてならないで欲しい」

「…分かってる、だけど…」

「俺たちはいつ死んで、いつ逝くか分からない世界の前線で戦ってる。だけど優くん、俺と君がこうして共に暮らして朝を迎えられる小さな幸せは無駄なことだと思う?…俺は思わない」

「…あぁ、そうだな。悪い、少しナーバスになっていた。ティムール、キスしたい」

「俺に拒否権なんて一度も与えてくれなかったでしょう?だけど俺は優くんが大好きだから構わないんだけどね…」

「…生憎お前を手離してやるほど、俺は人間出来ていないんでね。ティムール、夜明けはまだだ。な?もう一回、お前を…」

江夏はグラズの手首を掴んで背後から抱き締めたままベッドに沈めた。やがて互いの顔を見つめ合って唇を重ねて行く。

グラズの透き通る瞳は江夏をしっかりと捉えていた。そして与えられる彼からの愛情を感じながら瞳を閉じていった。

夜が明けるまで、二人は身体を重ね合いながらお互いの思いを再確認し合うのだ。小さな幸せを噛み締めながら、体温を感じ合いながら…。