穴龍の里

穴龍がr6sのSSをupする欲望の吐き捨て場。

もしも貴方の隣に居られるなら

【もしも貴方の隣に居られるなら】


俺が貴方の隣に居た時間は一瞬に等しいくらい切なくて、儚くて、そして心地良かった。

「田波…さん…」

病室で息を引き取った貴方の顔は色が白くて綺麗で穏やかだった。手は冷たく、顔に刻まれた皺は俺よりも長く生き抜いた証であろう。

俺よりも十は歳上の田波さんは人生を全うしたのであろう。まるで悔いがないようにこの世を去る前の数秒間、俺を見つめて微笑んだ。

『またお前と出逢えると信じてるよ』

柔らかく微笑んだ貴方の笑顔は何よりも綺麗で、何よりも美しくて、何よりも儚かった。

『俺も同じ気持ちですよ、田波さん…』

握り締めた手が震えるのを俺は黙って見ることしか出来なかった。本当は居なくなって欲しくない、ずっとずっと側にいて欲しい。

俺の手を離す事なんて無ければいい、そんなことばかり思ってしまったのだ。

貴方はもう戻らない、逝ってしまった貴方はもう二度と俺の前で微笑んでくれることはない。

「田波…さん…」

貴方と寄り添って過ごした数十年間を忘れない為に冷えていく貴方の手を取り俺は小さく口付けた。死人に対して無礼な行為だと頭では充分分かっていた。

だけどこれが最期だから。

貴方に対して最期の俺の気持ちを伝えるにはこの方法しかなかったんだ。ねぇ、田波さん、俺ねー・・・。

「貴方に出会えて幸せだった、貴方に愛されて本当の幸せってのをようやく手に入れたんだ。もう一度貴方に逢えるなら心の底から笑ってこう言うよ…」

頬を一筋の涙が伝って落ちて行く。

 

 

「『愛してくれてありがとう』って、面と向かって貴方に伝えたいよ、なぁ、田波さん、目を開けてくれ、もう一度俺の名前を呼んで下さいっ…!大好きな貴方が居ない未来なんて考えたく無いのに…」

無駄な事だって分かってはいる、だけど俺は貴方が大好きで愛しくて何よりも大切な存在だった。だからこそ俺は貴方の隣に居られる事が出来るのならー・・・。

 

 

 

 

 

「俺もすぐにそちらに逝きますね、田波さん、貴方が居ない未来なんて考えたくはない。俺は貴方の隣だけが居場所何です…、愛してます、田波さん…」

安らかに眠る田波さんの手を離し、俺はピルケースを懐から取り出して口に錠剤を含む。

睡眠薬だ。

何錠も口に含めば安らかな睡魔が俺を迎えに来てくれる。そう、田波さんがいる『あっち側』へと連れて逝ってくれる。

「…もう少しで貴方に会えますよ、だからもう少しだけ待っていてください…」

この世に未練はない、俺は貴方に出会えて幸せでした。田波さん、貴方に愛して貰った時間は二度と忘れない。

だから貴方も俺を忘れないで…。

涙が乾く頃、俺の意識は真っ白な世界に覆われて行く。あぁ、もう少しだ。だから待っていて下さい。

愛した貴方の手を握りながら手離す意識の中、見えたのは愛した貴方の若き日の笑顔だけだった。