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穴龍の里

穴龍がr6sのSSをupする欲望の吐き捨て場。

狂気の雨

【狂気の雨】


曇天の空の下、バンディットは敵の額に向けて躊躇いもなく引き金を引いた。目の前で倒れこむ男の鳩尾に蹴りを入れればバンディットは冷たく吐き捨てる。

「お前みたいなゴミはな、生きている価値なんて無いんだよ」

地面に流れ出る血を見ながらバンディットは懐から煙草を取り出した。丁度最後の一本だったようで、ライターを取り出して火を灯す。

雨なのに傘も持たず、薄暗い空の下で人を殺める彼を見つけたイェーガーは傘を差し出しながらポツリと死んだ男に目線を落とす。

「…何人目だよ」

「ん?何の話?」

「だから、今月何人目だよ?人を殺したの…」

「まだ今月が始まって一週間しか経って居ないが七人目だ。イェーガー、お前がこんな薄汚い路地裏に居るなんて珍しいな」

バンディットは煙草を吸いながらイェーガーの顔を見つめた。イェーガーはバンディットの肩が濡れないように傘を差しながらポツリと漏らす。

「…上からの指示でお前が街に潜む害虫駆除をしてるって聞いたから。昔からお前は躊躇なく人を殺めるから心配で」

「心配?…どうして心配するんだ?」

「お前の心がいつか壊れちゃうんじゃないかって。バンディット、お前は優しい反面、一人で抱え込むだろう?だから俺は…」

イェーガーの言葉にバンディットは溜息を吐きながら煙草の吸殻を地面に落としてくしゃりと足で踏み潰す。

バンディットとイェーガーの近くにはバンディットが殺めた男の死体が転がっている。バンディットは無感情な色を浮かべた瞳で地面と死体を交互に見つめた。

「…イェーガー、俺の心は数年前からずっと壊れているよ。スパイをやっていた数年前からずっとな。…今だって上は俺が壊れているのを分かってこき使ってんだ。ブリッツやIQ、そしてイェーガー、お前には向いていない汚れ仕事をするのは俺だけで充分なんだ」

スニーカーは血で汚れていた。イェーガーは死体に布を掛ければ、バンディットの服をキュッと掴んで呟いた。

「…お前も…止めようとは思って居ないんだろう」

「…どうしてそう思う?」

「…人を殺める事が本当に嫌ならお前は泣いているはずだ。本当に『嫌』ならな。だけどバンディット、いつからかお前にとって人を殺めることは…娯楽と同じになっていた。違うか?」

イェーガーの言葉にバンディットは瞳を細めながらポツリと言葉を漏らす。

「お前がそう思うのならそうなんじゃないか?」

「っ…!」

「イェーガー、もう俺の心は壊れたままさ。戻りたいとも思わない、戻したいとも思わない。心の隙間には狂気の雨だけがポツリポツリと落ちてくる。ただそうだな…隙間を埋めて欲しいとは思うけど。イェーガー、お前が埋めてくれるのか?」

バンディットの言葉にイェーガーは手にしていた傘を地面に落としてしまった。曇天の空の下でバンディットとイェーガーの視線は静かに絡み合う。

「…俺がお前の隙間を埋めてやれるなら、埋めてやるよ…」

「じゃあ、瞳を閉じろ」

イェーガーはバンディットに言われた通りに瞳を閉じる。バンディットの手袋に覆われた手はイェーガーの顔を撫でて行き、やがてイェーガーの唇に自身の唇を重ねていった。

驚くことも、
騒ぐことも、
拒否することも。

全部許されないこの雰囲気の中でイェーガーはバンディットの唇の体温を受け入れることしか出来なかったのだ。

雨が強くなり始めた頃、ようやく離された唇を名残惜しそうに指で撫でるイェーガーをバンディットは瞳を細めて見つめる。

「…イェーガー」

「何だよ…」

「…俺はもう少しだけこの狂気の中に身を沈めたいんだ。心が壊れようがそんな事どうでも良いんだって改めて分かった。お前の体温は俺には心地良すぎたんだ」

「手をこれ以上汚すのかよ…?!」

「…所詮俺はそういう男だよ、イェーガー、お前は俺の近くに居ない方がいい。死体の処理は俺がしておく。だから傘を持って早く帰れ…」

バンディットの言葉にイェーガーは唇を噛み締めながら彼に背を向けて歩き出す。華奢なイェーガーの身体が微かに震えていたのをバンディットが見落とす筈もなく、ただ黙って彼の背中を見送った。

泣きそうだった。

今までに見た事のない彼の顔を見てしまったようでバンディットの心には僅かな罪悪感が流れ込む。

「イェーガー、お前には俺の汚い姿を見て欲しくは無いんだ。俺のせいでお前が辛い思いをする所を見たくは無い、だから俺はお前を突き放す」

雨で濡れた手を真っ直ぐとバンディットは見つめる。先ほどまでイェーガーに触れていた手はもう振り続ける雨のせいで冷え切っていた。

俺はお前が大切で
俺はお前を汚したくなくて
俺はお前が愛しくて堪らない。

「…だからこそ、俺は狂気の中で生きることを望むんだ。イェーガー、出来ることならお前と同じ道を歩いて笑って生きて行きたかった。だけどそれは叶わないだろうな。俺自身がその道を絶ったのだから…」

懐からバンディットはP12を取り出して弾倉を込める。弾が込められた愛銃の引き金に指をかけてバンディットは口元に笑みを浮かべた。

凶悪なまでに冷酷なその笑みと共に彼は引き金を引く。パァンっと響き渡る音と共に弾薬は地面に転がって落ちて行った。


「本当の狂気はこれからだ、終わることを知らないこの雨のようにずっと続いて行くんだ。イェーガー、お前に暗闇は似合わない。どうか幸せになれよ。…唇の体温は絶対に忘れないからな」

バンディットは死体を鞄に詰めて歩き出す。もう振り返ることはしない。もう二度とイェーガーの隣に立つことも、彼と歩む幸せも。望まないと弾丸に誓ったのだから。

地面に転がる弾丸は血に濡れて汚れて行く。曇天の空の下、バンディットは雨に濡れながらゆっくりと歩き出した。

…口元に冷え切った笑みを浮かべながら彼は狂気の雨に身を沈めていった。