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穴龍の里

穴龍がr6sのSSをupする欲望の吐き捨て場。

名を付けるなら

【名を付けるなら】


*【恋と君と思いの三角形】のスピンオフ。ミラさんとルークの話。

 

 

引っ越してきたばかりのこの街で分からないことばかりの私に優しく微笑みかけてくれたのは君だった。

 


「…あの、大丈夫ですか?」

「え?」

「このマンションってレインボー部隊の隊員しか住めないはずなんですけど。貴女は引っ越して来たばかりの方ですか?」

私は引っ越して来たばかりの人間で右も左も分からない人間だった。母国スペインからレインボー部隊に引き抜きをされて数週間。

住まいとして与えられたマンションに私は越して来たのだ。初めて見た君の顔を私は忘れないだろう。

「えぇ、スペインから来たエレナ・マリア・アルバレス。通称・ミラよ。坊やはドアでも開けてくれるのかしら?私は両手が塞がっているのだけれど…」

「ご、ごめんなさい!隣に越してきた方がまさか女性だとは思わなくて!荷物持ちます、あ!俺はフランスのGIGNから引き抜きされたジュリアン・ニザン。通称・ルークって言います。宜しくお願いします」

通る声、
明るい海のようなブルーの瞳、
そして大きな手。

私はたまらなく胸が高鳴ることを覚えた。三十年以上生きてきて感じた事のないこの気持ちを…。

自覚するのが怖いのだ。

「…ルーク、自己紹介ありがとう。済まないがドアを開けてくれるかしら?荷物を…」

「あっ、はい…!すいません!!」

これが君と私の初めての出会いであり、運命を変えてしまうことになるとは思わなかったのだ。

 

 

「おはようございます!」
「…休みなのに、何の用よ…」

初めて会話をしてから一週間が経ったとある朝。ルークは私の部屋の前に居たのだ。

朝から元気な子だと思ってしまう。私が朝早いのが苦手だということをぽつりと漏らしたのが原因で朝食に誘いに来たのだろう。

「朝ご飯、一緒に食べませんか?」

「坊や、料理できるの…?」

「…………いや、あまり」

「女性を食事に誘うのなら作れるようになったら誘いなさい。ま、私もそこまで鬼じゃないから行ってあげる。モーニングは何かしら?」

「コーヒーとパン、スクランブルエッグとウインナーを炒めた物です…」

「合格、君の部屋に行くよ」

「…良かった、ありがとうございます!朝が苦手だと大変ですけど朝ご飯くらいは仲間と食べたいじゃですか。それに一人で食べきれないのでミラさん誘っちゃったんです」

「ありがとう」

「…喜んでくれた貴女の笑顔が眩しいです。さあ、俺の部屋に行きましょう?」

「身なりを整えてから行くわ」

「あっ…!すいません、寝起きですもんね」

「えぇ、坊やはレディに対しての心得がなってないわ。ま、行くから先にコーヒーを用意して頂戴」

「分かりました」

ルークは私の部屋の前から自室に戻って行った。部屋は隣同士なのだから歩いて数秒だ、私は洗面台に向かって歩いた。

こんなにも顔に笑み浮かべる朝は久々だと私はルークの顔を思い出しながら感じていたのだ。

 

 

「中々美味しそうじゃない」

「まあ、一人暮らし長いですから」

「コーヒーありがとう」

「食べましょうか」

「えぇ、いただきます」

「…いただきます」

身支度を済ませた私はルークの部屋に朝食を食べに来た。単身で住むには十分すぎる彼の部屋は若い男の子の部屋だった。

鮮やかなブルーで統一された部屋に、家族と写る写真、そしてもう一枚、気になる写真を見つけてしまう。

「…家族写真以外にある写真に写ってる人って、ドクでしょ?」

「へ?!…あぁ、そうです!」

「仲良しなの?」

「大切な相棒なんです、俺より歳上で頼りになる良い人ですよ。そう言えばミラさんはドクに会いましたか?」

「いいえ、まだ会えてないわ。彼は多忙なのかしら?」

「そうですね、レインボー部隊以外でも軍医として様々な人を治療してるから…。俺にとってドクはかけがえのない存在です」

ドクのことを話す時の君の顔は輝いていた。本当に大切なんだと、本当にドクを大切に思っているのが分かってしまうくらいに輝いていた。

ねぇ、その瞳で私を…。

「ルーク、こっちを見て?」

「ミラ…さん…?」

気がつけばルークの唇を奪っていた。薄くて綺麗な唇を奪ってしまった自分がいた。穏やかだった二人きりの空間が静かに震えていた。

「んっ…?!」

「坊や…」

唇を離せばルークの青い瞳は困惑していた。あぁ、私は取り返しの付かないことをしてしまったんだ。

…罪悪感ばかりがジワジワと私の心を覆っていく。

「…ごめん、今日は帰るっ…!」

「ミ、ミラさん?!」

折角作ってくれた朝食を残して私は自分の部屋に戻ってしまう。彼と同じ空間に居るのが辛かったのだ。

 

 


自室に戻り、私は口元を手で押さえながらルークの顔を思い出す。彼の驚いた顔以外に思い出すのは唇の体温だ。

「…嫌になる」

薄くて柔らかな唇、
海のように鮮やかな瞳、
そして太陽のように温かい唇の体温。

こんな気持ちになったことは生まれてから一度も無いのだ。自分自身の物にしたい、こんな気持ちになったのは初めてで。

胸を打つ鼓動の速さと、締め付けられるこの気持ちに名前を付けるのなら…。

私はこれを『恋』と名付けよう。

遅過ぎる初恋を自覚したのは引っ越して来てから約二週間後の朝だった。